12/17 パン食う男
整った顔立ちのその男は、仕立ての良さそうなスーツを一部の隙もなく着こなし、あきらかにモテそうな雰囲気を醸していた。
「だからさ、レディ。君さえ良ければ、俺はいつでも“独身”の称号を捨てる覚悟はあるんだよ」
男はレディを壁際に追い詰め、いわゆる壁ドンの姿勢で迫る。
「はぁ。悪いけど、トミー、アンタとそうなるくらいなら橋が崩壊した方がマシ」
スルリ。レディは男の下から抜け出し、僕の隣に移動した。
「ひどいなあ、俺はずっと待っているんだよ。君がこの熱い想いに応えてくれるのを。なのに君と来たら、こんな何処の馬の骨かわからない若造を毎日連れ回しちゃってさ。俺には目線一つよこしてくれないのに。正直、妬けるね」
そういうとトミーと呼ばれた男は、僕の方をギッと睨んだうえ、なぜか恫喝してくる。
「君、厚かましいにもほどがあるぞ。レディの横に対等がごとく並びやがって……! 今すぐ地面にひれ伏せぇ!!」
なんなんだ、この人。突然やってきたかと思えば、このセリフ。
自由すぎる。
「……ごめんなさいね。嫌って言ったのに、ついて来ちゃって。この人、昔からこんな感じで話が通じないの」
レディが、申し訳なさそうに囁く。
「アタシ、コータのこと手伝ってるのよ。25日までにクリスマス・プディングを作らなきゃいけないの。ほら」
と、壁に貼り付けておいた例のサンタクロースからのメッセージを指さした。
「コータ? もう下の名前を呼ぶようなステディな関係に……?」
ブツブツ言いながら、トミーは紙を目を細めて眺める。ひとしきり読み終わったあと、今度は僕のことを舐め回すように見た。
「……メッセージは本物のようだ。サンタクロースも暇なのかな。俺が知る限り、こんなことは初めてだよ。ふん……でも、まあ、これではっきりした。コータとやら、君がきっちりクリスマス・プディングを作りさえすれば、君はこの世界からいなくなる。ならば、俺としては君のプディング作りを応援せざるを得ない。絶対に、消えて、ほしいから」
「なんて小さな男なの……」レディが小さく悪態をつく。が、トミーには聞こえていない。
「さあ、なんでもいいたまえ! 君が消えるためなら、俺は何でもする!」
見当違いの熱量に、何だかこちらも頭が痛くなってきた。でもちょうどよかった。さっきから、お願いしたいと思っていたのだ。
「そしたら、その……パンを一つもらえませんか? パン粉にして使いたいんです」
実際のところ、トミーの周りには、大量のスライスされたパンが蝶々のようにパタパタと羽ばたき舞っている。
「ああ、それはいいかも。この人、パンが好きだから、いつもこうやって引き連れてるのよ」
レディがめんどくさそうに、パンを払い除けながら言った。
「ハッ、勘違いしないで欲しいな。俺がパンを好きなんじゃない。パンが、俺に、喰われたがってるのさ」
言うなり、トミーは顔の横に飛んでいたパンを一つ掴み、パクりと口にする。次いで反対側の手で、飛ぶこともままならず下で這いつくばっていたパンの蝶を拾い上げて「ほらよ」と、僕に投げてよこした。
慌てててキャッチして「ありがとうございます」とお礼をいうと、彼はちょっと変な顔をしたあと、山高帽を上にひょいとあげて、そのまま出て行ってしまった。
◇
もらったパンの蝶は、水をあげるとたちまち元気になって、シャキンと羽根と脚をのばす。嬉しそうに僕とレディの周りを飛び回ったあと、クルリと一回転して、大きな食パンに変わった。
きめが細かく、しっとりとしたこのパンは、きっとよいパン粉になるだろう。
「いじわるしようと一番貧相なやつを渡して来たけど、素敵なパンじゃない。アイツ、見る目ないわね」と、レディはクスクスと笑う。
でもその見る目のない彼が好きなのは、レディなわけで……。
僕は、のちのちの火種にならないよう、曖昧にほほえみを返すだけにしといた。
*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*
以下、登場したマザーグースの紹介
『Little Tommy Tucker』
(小さなトミー・タッカー)
Little Tommy Tucker,
Sings for his supper:
What shall we give him?
White bread and butter.
How shall he cut it
Without a knife ?
How will he be married
Without a wife?
小さなトミー・タッカー
夕食にありつこうと唄を歌う
何をあげましょう?
白パンとバターにしましょう
どうやってそのパンを切るのだろう?
ナイフも持っていないのに
どうやって結婚するのだろう?
相手もいないのに
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