第4話

 一通り園内を見終えて、帰りがけに売店に寄ります。こういうものは、大体女性の方が意味もなく時間をかけて見てしまうもの、あなたは興味がないのに、無理に私につきあってくれたのかと思っていたのですが、予想に反して食い入るように、とあるキーチェーンを見ています。手に取ったり、また戻したり、何かもの言いたげな表情を浮かべます。それは普段の落ち着いたあなたとはまた違う一面でした。「なに、それ」と訊くと、「メタルセコイアくんだよ」とのこと。この植物園にはメタセコイアという木がたくさん植えてあり、それをキャラクター化したもののようでした。金属でできた、木に顔がついた、どこにでもありそうな代物です。しかし、あなたは「いいなあ、これ」などと言い出したのです。あなたの目には、なにがそんなに魅力的に映っているのか。試しに「お腹すいたね。もうこんな時間」などと言ってみると、あなたは「これ買ってくるからちょっと待ってて」と言って、レジへと向かいました。それを見て、私も自然とメタルセコイアくんを手に取り、あなた同様レジへと向かいます。店員さんに促されるままに、七百二十円という決して安くはない料金を支払います。それを目にしたあなたは、「なんだ、白井さんも欲しかったんだ」と何故か得意気に言うのでした。

 外に出て、近くのファミリーレストランに入ります。料理を食べ終えてしまうと、後はよりどりみどりのドリンクを飲みまくるだけです。色んなドリンクを次から次へと持ってくる私を、あなたは半ば呆れた様子で見ていました。さっきから、十分に一度はお代わりをしているような気がします。うれしいのはドリンクバーに来れたからだけではありません。言うまでもなく、向かいの席に誰が座っているかが最も重要なのです。

 それから私たちは、月並みに、好きな音楽や本などについて話し合いました。普段は自分の趣味について、ほとんど口に出すことはないあなたでしたが、一風変わったものに興味を持っているようでした。そういう人はしばしば「このCDいいから聴きなよ」とか、「この本絶対面白いから読んでみなよ」と他人に薦める傾向が あります。しかし、あなたがそういった類の自己主張をすることなどないのでした。

 夢中になって話していると、ふと気になります。あなたは本当は、もっとかわいい女の子と話していたいのではないか、と。聞いてみたくはあるものの、それは無言で「そんなことないよ」と言わせるよう圧力をかけているように思えなくもありません。そんな考えが、浮かんだり消えたりしながら、なんだか楽しいはずだったのが、混乱した気持ちになってくるのでした。あなたはそんな私に気づく様子もなく、抹茶オレうまい、などと呑気なことを言うのです。

「最近聴いてよかった曲は、宇多田ヒカルの『Distance』かな」と言うと、あなたは、「ふうん。あれ、切ない曲だよね」と言いました。あなたの口から「切ない」という言葉が飛び出したのは、初めてのことでした。いつも朗らかなあなたは、一体どのようなときに切ないと感じるのでしょう。あなたを切ない気持ちにさせることができる宇多田ヒカルに、私は少し嫉妬します。

 話題は次第に、どんな高校時代、中学時代を送ってきたのか、ということになっていきます。私が中学時代のある友人の話をすると、あなたが興味をもってくれたようだったので、しばらくその話を続けることにしました。

 彼女は一見大人しそうで、ごく普通の人に見えましたが、これがなかなか、物事を穿って見るのが得意な子でした。かなりはっきりした性格で、興味が持てることには夢中になるのですが、興味のないことには全く関心を示しません。嫌いな人に話しかけられても「ああ」「そう」「それが」など、「あなたとは話す意思がない」と態度で示すので、自然と声をかけられなくなります。おそらくは、このクラスにおいては無理に隣人づきあいをしなくても集団無視などの被害を受けることはないと、事前に察知してのことだったのでしょうが、こういうのを生きる知恵というのだなと密かに思った覚えがあります。

 ある日、国語の作文の時間に「最近考えていること」をお題として書くように指示されたときのことでした。八割がたの人が、テレビの話や漫画の話、親がうざいとか、受験勉強がうざいというような、ありきたりな話題を選ぶ中、彼女の作文はこう始まっていました。「名前はその人の性質の逆を表すものである。」太君は細い。優子さんは優しいとは言い難い、強君は弱いなどの例が、原稿用紙にびっしりと書かれています。もちろん、例外は星の数ほどあるでしょう。しかし、少なくとも私たち所属するクラスにおいて、それはぴたりと当てはまりました。普段は必要以上にのろのろ振る舞う彼女が、実はこんなことを考えていたことを知り、私は仰天しました。「これ、先生以外の人には絶対見せられないね」。彼女は笑顔でそう言いました。あれは今でも忘れられない出来事のひとつなのでした。

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