手紙
高田 朔実
第1話
今夜もまた、恋人同士でもないのに私たちはどうして二人で夜の街を歩いているのか疑問を抱きながら、隣を歩くあなたの横顔を盗み見ていました。ついでにあなたの心も盗み見れたらどんなにいいだろうと思っていましたが、そんなことができるはずはありません。「好きです」と言ってしまえば、状況が変わることは確かです。たとえそれが、私が望まない結果につながっているにせよ。
私の中にはいつも、“なんで言えないんだろう?”という問いと同じ重さで、 “何故言わないといけないんだろう”という問いもまた存在しています。そう、無理に言う必要なんてないのでしょう。卒業するまでのあと数ヶ月間は、なんだかんだいいながらも、なんの努力も苦労もなく、こうしてあなたに近い場所で、つかず離れずぬくぬくしていられるのですから。「どうかしたの?」とあなたが言うので、「なんでもない」と答えました。この想いを抱えている間だけ、私はなんとか今の状態を保っていられるのです。殻など破らなくていい。山など越えなくていい。私にとって今一番大切なのは現状維持、これだけです。
電気スタンドの青白い光が便箋を照らしています。ところどころに光る繊維が織り込んである、銀松紙という紙は、薄い灰色の罫線が引いてあるだけの簡素なものです。十代の頃読んだ本に、大人びた女子高生がラブレターを書く場面がありました。彼女はひどく地味な便箋を用いて、「書く言葉が情熱的だからこれぐらいが丁度いい」という趣旨の発言をするのです。私の言葉はどうなのか。彼女よりも私のほうが自信がないのは確かですが。
便箋に書いた文字をもう一度じっくり眺め、破り捨てます。私はこんなことを書くべきではないのです。
直接目の前に出て告白する勇気のない私は、このように出来るだけ傷つかない方法を選ぶ臆病者、一たび手紙を使うと決めたのなら、同じことをしてはいけないのでしょう。なるべくストレートな言葉は避けて、含みを持たせながら、駆け引きを試みるべきなのでしょう。気にも留めていなかった相手でも、真意の明らかでない手紙を幾度ももらううちに、相手に心引かれていくこともあるかもしれません。手紙というまどろっこしい手段を用いるのなら、それくらいの面倒は覚悟しなければいけない、いや、それを面倒とすら感じない人でないと、手紙を用いる方法は上手くいかないのかもしれません。
“ずっとあなたのことが好きでした。”などと書かれた手紙をもらって、もし相手のことをなんとも思っていなかった場合、どうすればいいのか。私がしていることは、まるで返信用ハガキで「yesかnoに丸を点けてください」と言っているかのような、無骨で無神経で考えのないことなのです。わかってはいるけれど、どうしようもないのです。
ものの本によると、今私があなたに対してかなり個人的で特別な感情を抱いている、このようなときには、その相手に自分にはないものを求めているということです。そうだとすると、あなたが持っているものはなんなのか。特に何かありそうでもないあなたの顔を思い浮かべて、考え込んでしまいます。一方、自分にないものについては、多すぎて連想するのも嫌になります。私は自分のことが好きではないのです。
自分も人もそれほど好きにはなれない私は、本気で必要以上に人と仲良くすることはありません。研究室のお茶部屋などで嫌な人に会ってしまったら「あ、先生と約束が……」などと適当なうそをついてさっさと抜け出してしまうような人間です。そうやって注意しているのにも関わらず、いつしか疲れ果て、四年生に上がる前の春休みは、丸まる一月アパートに引きこもっていたくらいでした。恋愛云々となると、話はさらにややこしくなります。あまりに誰かに夢中になってしまうと「気の利いた話をしなくては」と気負ってしまう、もしくは「後で一緒にいた時のことを思い出して、取り残されたような気になって途方に暮れてしまうのでは」と心配になり、この人といるのは正しいことなのだろうか? と疑問を抱き始めてしまうのです。「そんなことまで心配してんの?」と呆れるあなたが目に浮かびます。私がこうして日々苦悩していることなど、あなたは知る由もないでしょう。しかし、「あの人ちょっといいな」「なんかちょっと楽しかった」くらいでは、一緒にいてもただの時間の浪費としか思えない。完璧なものを求めすぎ、といえば聞こえがいいですが、単にわがままなだけなのでしょう。
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