茶蕎麦

 泥濘啜って花は咲く。

 私は汚れ一つ見せないそのひとひらに、土に埋もれる根の深さを覚えてならない。

 果たしてここまで育つのにどこまで、と。


 だから私は、美しさを嫌う。


 それでも、花は咲く。無数に、見てよ見てよと左右に揺れて。

 そして、私もそんな花々の中の一輪だった。その内でも、反吐が出るほど可憐な一つ。


「見目がいくら綺麗でも、心根が汚れていて本当にいいの?」


 私は鏡に向かって、そう問いかける。しかし、そんな愚問に答えを示すのは、精緻に人間の基調にならんとし続ける己の無表情。


 こんなものを美しいと、誰かが言ったのだ。


「それでも、私は見難く汚れている」


 ただ口を開けていれば愛を与えて貰える頃は、雛の間ばかり。

 だから、目に入れても痛くない――見難くないもの――になろうとした。

 そのために、私は沢山の泥を踏んだ。痛い痛いよ、を無視して。

 そのことを、私は嫌う。


「ああ。端から綺麗な石であれば良かったのに」


 それこそ、鋭くも何も要らない輝石のように。私は花になんてなりたくなかったのだ。

 だから、私は生きていることを呪う。花であり続けたがる自分の希望にも、泣きたくなるのだ。



「それでも、泣かない君は偉い」


 誰かが、私にそんなことを言った。それはきっと風によって寄りかかってきたばかりの一輪。

 だから、言の葉は掠めるばかりで響かない。

 けれども、どうでもいいとはならなくて。


「私は、涙を流せる皆が凄いと思う」


 本音を口に、しかし決して艶を忘れることもなく。

 こんな時だって口の端の綺麗を気にする私の心はきっと見難い。


 けれども。


「何から何まで自分のためになる、人のため。そんな君のどこが見難いのだろうね」


 私はそんな言葉に、再び無表情で返すことは出来なかった。だから堪えるために、重い頭を持ち上げ空を見て。


「綺麗」


 久しぶりに燦々としたものを見つけ、一滴を輝かせてからはらりと落とすのだった。



「あはは」


 笑みが、零れる。破顔。頑なな整いは脆くも崩れた。しかしそれで良かったのかもしれない。

 萎れても可憐な花はある。けれども、もし元気だったら果たしてどれほどまで。私はそんな想像すら、忘れていた。


「そう、私は生きてしまっているんだった」


 日の下に輝くことばかりが全てではない。でも、光を求めるのもまた私の生き方。


 なら、それでいいじゃないか。私は頬を緩める。


「ごめんなさい。ありがとう」


 ああ。これから私はきっと、引きずる影が重かろうとも背筋を伸ばすことにするのだろう。



 とある花が風に傾いで、戻った。これはただそれだけの、お話。

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茶蕎麦 @tyasoba

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