蜘蛛の糸殺人事件

@mia

第1話

 カンダタは激怒した。自分の極楽行の邪魔をした地獄の罪人たちに復讐することを誓った。皆殺しにすると誓ったのだ。

 地獄の獄卒の責め苦で罪人たちは死ぬがすぐに生き返る。それが果てしない年月繰り返されるのだ。だが、罪人が罪人を殺したらどうなるのであろうか。考えても分からないので、カンダタは復讐を始めることにした。

 どうやって復讐相手を見つけるのであろうか。カンダタも他の罪人たちも皆、同じ姿だ。獄卒の責め苦でボロボロになり、血の池の血にまみれている。復讐の標的も関係のない者も区別のつけようがない。

 しかし、カンダタには考えがあった。簡単なことだ、罪人たちの会話を盗み聞きすればいいのだ。極楽に行けなかったことを愚痴っているのが標的だ。

 標的探しは、カンダタが考えたほど簡単ではなかった。罪人たちの会話は不平不満、愚痴ばかりなのだ。しかも、生きていた時のことから地獄に来てからのこと、思いつくままに吐き出しているようだった。関係のない話ばかりを聞かされてカンダタは腹を立てていた。これで腹を立ててしまう自分勝手な性格がカンダタを罪人にしたのだが、今は関係ないので置いておこう。ついでにいえば、不平不満、愚痴などない人間は、地獄には来ないのではないか。

 しつこく盗み聞きを繰り返し、標的を定めた。そして、標的が一人になるのを待った。長い時間、待った。

 やっと復讐の機会が訪れた。標的である罪人が一人になったのだ。カンダタは静かに後ろから近付いた。後ろから近づいたのは、顔を見られないためだ。もっとも、顔も汚れていてカンダタと他の罪人と区別などつかないだろうが、念のためだった。生きているときに、この用心深さを発揮していたら人を殺すことなど無かったかもしれない。だが、過去を無かったことにはできない。

 カンダタが近づいているのに気が付かない標的の首に、美しい銀色の糸が巻き付けられる。気が付いた時には、もう遅かった。どんなにもがいても、銀色の糸が緩むことはなかった。カンダタの極楽行の邪魔をした罪人が一人は死んだ。カンダタは何かをつぶやくと、糸を残して立ち去った。

 なぜカンダタは証拠となりそうな糸を残したのか。それは自分の復讐の正しさを訴えたかったのだ。極楽へ行くのを邪魔した罪人は罰を受けなければならない。罪人を殺しても問題ないというカンダタの思いだった。

 

 獄卒たちは混乱していた。死んでも生き返るはずの罪人が死んだままなのだから。初めてのことに、どうしていいのか分からない。右往左往するばかりだ。手がかりになると思われるものは残されていた。銀色の糸が残っていたのだ。だがその糸は手がかりなどではなく、獄卒を余計に混乱させた。糸の太さは罪人の首の絞め跡と同じだった。しかし、長さが足りなかった。糸が何本か残されていたが、首を絞めるには全部短かった。

 ある獄卒がひらめいた。短い糸を結んで一本の長い糸にすればいい。そうすれば首を絞めるのに十分な長さになる。しかし、別の獄卒が否定した。首の絞め跡はまっすぐな跡で、結び目の玉の跡など見当らない。前の獄卒が反論する。絞め殺した後に糸を切ったのだと。反論しつつ糸をつかみ切ろうとする。しかし、獄卒がいくら引っ張っても糸は切れなかった。二人で引っ張っても結果は同じだった。何百何千という罪人がのぼっても切れなかった糸なのだ、切れるわけがない。獄卒はそれにきづいてはいないが。しかし、どうやって切ったのか解明しないと長い糸など無かったことになる。凶器が存在しないことになってしまう。

 訳のわからぬまま時間は過ぎていった。過ぎていく時間の中で一人、また一人と罪人が殺されていった。地獄は広い。獄卒のいないところでまた一人。いつもそこには糸が残されていた。短く美しい銀の糸が。


 カンダタは笑っていた。復讐がうまく進んでいることに。カンダタ以外にはどうやって糸を切ったかなんてわかるわけないのだ。カンダタにしか分からないし、カンダタにしかできない。

 カンダタはいま絞め殺すのに使った糸を、のぼっていくときと同じ様に両手でつかんだ。そして、つかんだまま「これはおれの糸だ。下りろ。下りろ」と言った。すると、つかんだ糸が両手の上のところで切れたのだ。それを何回か繰り返す。そうすれば、首を絞めるのには短い糸が何本かできる。その糸を残していく。

 復讐相手の罪人はまだまだ残っている。だが心配はない。糸はまだたくさん残っているのだから。



 

 


 

 


 

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