第34話 親子喧嘩
エルザの家族や両親と話し合った結果、来週には王都に戻ることにした。
それまでは家族の手伝いをしつつ、俺は教えてもらったレシピと睨めっこしながら夕食の準備をしていた。
背後では俺の父さんが背中を睨みつけている。
いつものことなので無視だ、無視。
「なるほど……作ったソースは鍋肌から注ぐのは最後の仕上げだけ。香りが立つけど、やりすぎると焦げの原因にもなるから注意しなくちゃいけないんだな」
そうこうやっているうちに、エルザの大好物だという魚のムニエルが完成した。
ちょこっと味見をしてみると、なるほど確かに美味しい。
これならお店も開けちゃうんじゃないか。
「ふん、魚なんぞ軟弱者が食べるものだ。俺は嫌いだ!」
「父さんの好みなんて聞いてないよ」
「だいたい、家事なんて女がやる仕事だ」
「うっわ、メンドクセ……」
どうやら、今の父さんは不機嫌モードらしい。
うざい類の絡み方をしてきてはねちねちと過去のことを引っ張り出してくる。
下手に構うと面倒なことになるので、基本は酒を飲ませるか放置がベストだ。
「ただいま〜、あらいい匂い〜!」
「あ、おかえり母さん。ちょうどご飯が出来たところだぜ」
外に干していた洋服を取り込んだ母さんが家に戻ってきた。
俺が皿に盛っている間に、母さんはタオルや服を畳み終えていた。
「誰かの手料理なんて久しぶり〜! いただきま〜す!」
いそいそとテーブルについた母さんがムニエルを頬張る。
「ど、どうかな母さん? 塩胡椒は足りてる?」
母さんはもぐもぐと咀嚼すると、「ん〜!!」とほっぺを押さえてジタバタし始めた。
どうやら口に合う味付けだったようで、俺はほっと胸を撫で下ろす。
「バッチリよ〜! これならいつエルザちゃんのお嫁さんになっても問題ないわ」
「そうか!! 明日、エルザに手料理でも振る舞ってやろうかな……」
兎小屋の警備をしているエルザに、お弁当でも持っていこうかな。
パン、ハムと水筒は必須として……この前、村のトムおじさんから貰ったチーズも持っていってやろうかな。
そんな事を考えながら夕食を食べていると、不機嫌モード全開だった父さんがついにぶち切れた。
「いい加減にしろ、カイン! いい年した大人の男がみっともない!」
そう言って、俺が作った料理をゴミ箱へ放り捨てた。
手をつけることなく捨てられた料理を見て、父さんはフンと鼻を鳴らす。
「一刻も早く男に戻りなさい! まったく、魔術師だけでも忌まわしいっていうのに……!」
ゴミ箱に放り投げられた料理を、俺はぼんやりと見つめながら唇を噛む。
母さんも静かに俯いていた。
「それに、ミモラから聞いたがエルザは魔物なんだろう。人のフリをした化け物じゃないか! 息子も期待外れなら、連れ添うヤツもその程度だな」
俺の料理を捨てるのも、俺を馬鹿にするのもいつものことだから気にしない。
けど、エルザのことまで侮辱することだけは許せない。
「父さん、俺は絶対に男に戻らないよ」
「カインッ!」
元の性別に戻る方法ならある。
ガイストス博士から教えてもらった通りに魔法薬を作って服用すればいい。
材料を集めるのは大変だが、数年以内には完成させられるだけの実力が今の俺にはあると思う。
それでも、俺は今の父を見ていると男に戻ることがそれほど魅力的に思えなかった。
「俺は父さんみたいな男には死んでもなりたくない」
五年前、俺が家を出ていく時と同じようにきっぱりと告げると父さんはますます顔を赤くして立ち上がった。
そういえば、俺が【賢者】だと判明した時も父さんは怒ってたな。
その時と同じように、父さんは俺に大股で近寄る。
「このっ、親不孝ものがっ!」
ばっと拳を振り上げて、殴られると思った俺は反射的に目を瞑る。
覚悟していた痛みや衝撃はなくて、代わりに何か硬いものが壊れる音が家の中に響いた。
うっすらと目を開けて周囲を確認してみると、俺を殴ろうとしていた父さんの手を捻りあげる男の人がいた。
赤い髪に鋭い緑色の目、そして黒い尻尾。
信じられない気持ちで俺は呟く。
「エルザ、なんでここに……?」
俺の声が聞こえたのか、犬耳がぴこっと動いたがエルザは父さんから視線を逸らさずに答えた。
「叫び声が聞こえたから、慌ててやってきた」
エルザは確かに家から飛び出してきたような薄着で、頭にバンダナさえ身につけていなかった。
全力で走ってきたのか、肩が上下に動いていた。
「それにしても、カインの父さん。私の伴侶を殴打することはやめていただきたい」
俺の脳内で『伴侶』という言葉がエコーとなって鳴り響く。
伴侶、それは人生を共にするパートナー。
つまり、配偶者ってことでは!?
「う、うるさい! 放せっ!」
「それはできませんね。カインを殴るつもりだったんでしょう?」
「親が子を殴って何が悪い!」
「それなら、カインの代わりに私を殴ればいいでしょう?」
エルザは父さんの手を掴みながら淡々と答えた。
ぱっと手を放すと、父さんは手首を摩ってエルザを睨む。
「そもそも、お前がカインを唆したんだ! お前さえいなければっ!!」
そして振りかぶってエルザの顔面を殴ろうとして──、
「せいっ」
「おぎゅっ!?」
父さんは逆にストレートパンチを腹に貰っていた。
殴りかかろうとした腹を両手で押さえて、膝から崩れ落ちる。
モロに入ったようで、呻き声を上げて蹲っていた。
よく、昔話で『喧嘩でぶいぶい言わせていた』と語っていたのはホラ話だと理解できるほど見事なダウンだった。
「立ってくださいよ、お
「き、きさまっ!」
「男なら拳で語れってよくカインに言ってたじゃありませんか。ほら、家の中だと迷惑になりますから外に行きましょうか」
エルザは静かに微笑むと、父さんの首根っこを掴みズルズルと外へ引き摺っていく。
男一人、同じ体格だというのにあっさりと押さえ込んで家の外へ出て行ってしまった。
「あ、エルザ……!」
名前を呼ぶとエルザは半身だけ振り返る。
「カイン、大丈夫。あとは私に任せて」
にっこりと微笑んでいるけれど、なにかぞわりとした寒気を感じて俺はこくこくと頷いた。
パタンと閉まった扉の外で、なにやら鈍い音や呻き声が聞こえてくる中、母さんはふうと大きくため息を吐いた。
「カイン。母さんね、あの人と離婚しようと思うの」
「……そっか」
「だからカインも好きに生きていきなさい。あなたの人生ですもの、あなたが決めるといいわ」
「母さん、ありがとう」
母さんはどこかスッキリした顔で荷物の整理を始めていた。
結局、朝になるまでエルザと父さんは帰って来なかった。
帰ってきた父さんは体中、青痣まみれで静かに俺が作った朝食を頬張っていた。
どうやら体力と気力を使い果たしたようで、母さんが離婚話を切り出してもどこか上の空で相槌を打っていた。
いったい、あの夜になにがあったのか聞こうと思ったがそんなことを聞ける雰囲気じゃなかったので黙っておくことにした。
まあ、大きな怪我はしてないみたいだし良かったんじゃないかな。
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