欠片も未練はない

第16話 ワイバーンが意味するもの


 ワイバーンの素材を売り払ったり、小癪な女冒険者を撃退したりしていると涙目のハミルトンが「支部長が呼んでいる」と縋ってきたので支部長室へ向かうことになった。

 この前の騒ぎで割れた窓はすっかり取り替えられ、かすり傷一つもないリカルドが机の上で手を組んで俺たちを待っていた。


「やあ、エルザにカイン。よく来たな」

「呼ばれてきたぜ、用件はなんだ?」


 リカルドは訝しむように俺の顔を見たが、ため息を吐いて頭をブンブン振った。

 ちなみに、エルザのシャツは俺が取り返しておいたのでもう半裸ではない。


「……とりあえず、ワイバーンについて聞こうか」


 何か言いたげだったが、結局リカルドはワイバーンについてしか聞かなかった。

 そこでオオコウモリ討伐でワイバーンに遭遇したことと、討伐に成功したことを告げた。


「この時期に王都周辺でワイバーンか。そのワイバーンがどんな鳴き声を発していたか分かるか?」


 変な質問に俺は首を傾げる。

 魔物の鳴き声について聞くなんて変わっている。

 大抵は『群れじゃなかったのか?』とか『卵はなかったのか?』とかそういうものを聞くんじゃないのか?


「鳴き声? 変な鳴き声をあげてたな、なんか『ギャルルルルルゥ』……難しいな」

「『ギャルルルルルゥ』を二回、『ヴァルルルロォス…………ヴェイ・グ…………』、私たちを見つけて『ハルゾヴァァアス……セヴォルシェル……ナァアズッ!』だったかな?」


 ワイバーンの鳴き声を完全に再現したエルザに俺は思わずびっくりする。

 音の震わせ方から伸ばし方まで寸分の狂いなく模倣していた。


「す、凄いな……なるほどな、そんな鳴き声を発していたと。他にワイバーンの個体はいなかったか?」

「一体だけでした」

「はぐれか、偵察か……厄介だな」


 メモを取りながら頭を抱えるリカルド。

 普段の豪胆な性格から想像もつかない姿に俺たちはきょとんと顔を見合わせる。

 そりゃワイバーンは王都周辺で見かけない魔物だが、やつらは空を飛ぶし気ままに活動することもあるだろう。

 今回はたまたまあの洞窟を根城にしていただけ、リカルドの話の続きを聞くまで俺はそう軽く考えていた。


「魔物学者の研究によれば、ワイバーンという魔物は上位種の竜族の命令で各地を放浪している可能性があると示唆された」

「つまり、魔物同士は会話できるってことですか?」

「学者によれば、な。俺は信じちゃいないが」


 『魔物は他の生き物と共存できない』それはこの国に住む人間なら教会を通じて教わる常識だ。

 言葉を持たないから、他と食料を分かち合うことも誰かと生きていくこともできない。

 常に闘争と殺戮に明け暮れる異形の化物、それが魔物。

 だからこそ、魔物の研究なんて価値がないと魔術師ギルドでも非難を浴びていた。

 魔物研究に生涯を捧げると言っていたアイツは元気だろうか。


「信じちゃいないが、支部長として無視するわけにもいかん。それに、そう考えると辻褄が合うこともある。去年のファルセット港壊滅は覚えているか?」

「ああ、たしかたった一日で南の港が壊滅したんだよな。騎士軍の派遣すら間に合わないほど素早かったと」


 事情を知らない様子のエルザに軽く説明してやると、エルザは「そんなことがあったんだ……」と悲しい顔をしていた。

 田舎村にいるとなかなか外部の情報が回ってこないので、エルザが知らなくても無理はない。


「物資補給のために寄港していたセント・バーナード号の、防護結界が解除されたわずか数分を狙って襲撃を受けたらしい。おまけに、騎士団へ救援を求めた伝令も姿を眩ませた。魔物にしては連携が取れすぎていることから、犯罪組織の仕業とされていたが……」


 初めて聞く情報に俺は目を丸くする。

 主に話題になっていたのは、商業用の品物が破壊されて商会が潰れたという話だった。

 対処が遅れた騎士団は責任を追及されて解散・再結成されたぐらいしか知らないのだ。


「実はあの船には歴代勇者が身につけていたとされるアーティファクトが貨物に紛れ込ませて運ばれる予定だった。この事実を知っているのは当時護衛任務を受けていた俺のパーティーと国王、その側近たちだけだ」

「何処からか情報が漏れて、魔物たちが襲撃計画を建てて実行したってことか」


 これまで眉唾物の噂話から進展しなかった魔物の秘密が明らかになった気がして俺はぞっと鳥肌が立った。

 ただでさえ力が強く理不尽な化物に知性まであったら……。

 リカルドが頭を抱えるのも無理はない話だ。


「まあ、想像でしかないんだけどな! あー、嫌になるぜリーダーとか、トップってやつはこんな『もしかしたら』も想定して動かなくっちゃいけないんだもんな!」


 ガハハ、と笑うリカルド。

 恐らく末端の俺たちに気を遣わせまいと気丈に振る舞っているんだろう。


「おっと、忘れるところだったぜ。ワイバーン討伐の報酬としてお二人さんのランクをCに昇格する。これから緊急依頼や護衛依頼を出すかもしれないから、そん時はよろしくな!」

「昇格だぜ、エルザ!」

「やったね!」


 ランクが上がれば、その分、受けられる仕事の幅も広がる。

 なかには他の冒険者と合同で行う依頼などもあったりするのだ。

 二人で仕事をするのも悪くないが、安全性で言えば他の冒険者と協力して行う方が良い。

 それに、後一つランクが上がれば実入りの良いダンジョン探索だって出来る様になるのだ。


 ワイバーンに襲われたことは災難だったが、着実に成功を積み重ねていることに俺たちは喜びながら帰りに祝杯がわりのジュースを呷ったのだった。

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