第88話 約束
「センドラーだろ」
曲がり角の死角からそんな声が聞こえた。同時に、私の肩にポンと手を置かれる感触。
その言葉に私もライナも驚いて体をピクリと動かしてしまう。
心臓が止まるんじゃないかと思うくらいびっくりした。慌てて言葉を返す。
「セ、センドラー? な、何の事かしら?? 知らないわ。そんな人」
スッとぼけて言葉を返すが、カルノさんの表情は全く揺るがない。
「とぼけていても、気配でわかる。何の用だ」
じっと見つめられ、どう言葉を返せばいいかわからなくなる。
(いいわ。どうせ確信があるんでしょう。もう隠したって無駄よ)
センドラーの言葉が耳に入らず、苦し紛れに言葉を返す。
「セ、セ、センドラー?? ホホホ──何のことか知らねえ──。人違いじゃないの?」
噛み噛みながらの言葉。カルノさんはほっと溜息をついて微笑を浮かべた。
「嘘をつくのが、意外と下手なんだね。君は」
(もういいわ。人目につかない場所で全部話しましょう。もう、どんだけ嘘ついても無駄だと思うから)
(……それもそうね)
ちょっと落ち着いて、センドラーの言葉がようやく耳に入る。
もう、どうすればいいかわからなくなって──私はごまかすのをやめた。
「……すいませんでした。私は、センドラーです」
ぺこりと頭を下げた。
その後、カルノさんは自分の家に案内してくれた。私の足取りは、重い。
人前で名前を打ち明けるのは、酷だろう、何か事情があるのだろうとのことからだ。
(ちゃんと配慮できるのね、敵ってことではなさそうだわ)
街のはずれにある大きめの屋敷に案内された。
緑の整った芝生。道の端には見たことがない花が規則正しくカラフルに植えられている。
その道の先にある、大きめな家。
冒険者としても、それなりの地位を気付いていただけあって、屋敷も豪華そう。
カルノさんがノックをして「ただいま」と言ってドアを開ける。
妻らしき人がドアを開けると、私達の紹介に入る。
「客人がいてね。センドラーとライナだ」
「わかりました。応接室に案内しますね」
優しそうなおばさんの人だ。年齢からして、妻──なのかな?
ゴミ一つない綺麗な床を奥に行くと、応接室にたどり着く。
黒色の大きなソファーに座ると、奥さんが入ってきて茶を出してくれた。
「よろしかったら、どうぞ」
「──ありがとうございます」
どれどれ、一口飲んでみる。
飲んでみたが、独特な香りと味がしておいしい。確か、コーン茶っていうんだっけ。
そして、お茶を飲んでいると、反対側にカルノさんが座って話しかけてきた。
「んで、どうして僕のところを訪れたんだい?」
指を組んで、顎につけながら私達を見つめている。
私は、お茶をコトッと机に置いて真剣な表情になり、答えた。
今まで問題もなく活躍していた彼らが、どうしていきなりバルティカへ所属が変わったのか。
本来、他国に籍を移すというのは、問題を起こしたりしたものが半ば追放といった感じでその国に行ったり、怪我などで実力的に見合わなくなったものが都落ちといった形で行ったりするものだ。
『ティアマト』の場合は、どれも当たらない。
「『ティアマト』といえば、リムランドでもトップクラスに活躍をしていた部隊です。
おまけに、素行も一級品。皆が紳士のように素行も良く。戦場での略奪もなければ、女性に対していやらしいことを要求することもない。
「どうしてバルティカに来たのか、教えてください」
その言葉に、カルノさんは私から目線を反らし、深刻な表情になった。
「すまない。事情があって、今それを言うわけにはいかないんだ……」
「そ、そうなんですか──」
カルノさん達に何かあったのは分かったが、それが何かまではまったくわからないまま。
「家族を人質に取られている。他にも──とにかく、それを伝えることはできないんだ。私の口からは」
(きっと、そういう約束なのよ。破ったら、彼らやその親族に、何かしら罰が下るでしょうね)
(なるほどね……)
それなら、いくら強い魔術師でもどうすることが席ない。
どうすればいいのか途方に暮れていると……。
(あきらめないで、話は終わってないわ)
センドラーが腕を組みながら話かけてきた。
(で、でも……どうすればいいかわからないわ)
思わず弱気になってしまう。当然だ、打つ手が全くないのだから。それでも、センドラーは全く態度を変えない。
(契約書。全部自分の目で見て見なさい)
(目、目で……)
(そう。人任せにしちゃだめ。もしかしたら、何か抜け穴があるかもしれないわ。可能性があるなら、それを絶対に捨てちゃだめよ)
センドラーの言葉に、私の心が再び前を向く。
(わかった……)
そうだ、あきらめるにはまだ早い。私は思考を凝らし、何とか糸口を見つけようとする。
そして、1つの考えが思い浮かんだ。
勇気を出して、話しかける。
「それって、契約書に記されているんですか? その──話せない理由が」
そう。こういう何かを口外しないという取り決め。口約束であるはずがない。
それを記した契約書。最低でも書類かなにかがあるはず。
そう思って出した答え。カルノさんは、少し考えこんだ後、重い口を開く。
「そんなところだ」
「ちょっとその契約書、見せてもらえるかしら?」
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