第81話 和解

 互いににらみ合う二人に、私は再び言葉をかける。


「ペタン──、ガルフさん。思い出してほしいんです」


「なんだよ、お前」


「こんな状況で、そんな真似ができるかってんだ」


 二人とも、当然反発する。それは理解していた。

 それでも、私はめげない。


 自信を持った表情で、さらに言葉を進めていく。


「あなたたちが、誰のために戦っているかを」


 その言葉に、二人ともわずかに表情をはっとさせる。

 二人の様子に手ごたえを感じさせる私。


 いける──私の中でそう感じた。


「二人とも、その背中には大勢の国民が、同胞の人たちがあなた達を頼りにしているんです」


「けどよ……」



 当然だ。感情というものは、簡単に乗り越えられるものではない。


「それだけではありません。人々のために尽くすという目的のもと、時には自分を捨てるという選択肢ができるということも理解しています」


 私達は、ガルフやコボルト達の今までの事情やとってきた行動、人柄をよく知っている。


 彼らは小さい部族という単位で生活していたため、国家の様にいざというときに命を保証してくれる存在がなかった。


 おまけに、人間たちとは外見も異なるため、差別や偏見に常にさらされていた。

 疫病や災害があった時は、彼らはストレスのはけ口として扱われ、暴力や弾圧と隣り合わせになっていた。


 そのような環境から逃れ、ようやく他の亜人の仲介を通して見つけたのがこの国なのだ。



 ペタンだってそう。この国のことを想うあまり、感情的になりすぎてしまうことがあるが、本当はこの国のことを第一に考えている人物だ。


 だから、この場で私がやるべきことはただ一つ。


 二人が本当に大切にしていることは何か、思い出させること。


 そして、批判を承知でそれを言った結果──、争いが止まった。とりあえずは成功──なのか? まだわからない。


 その言葉に、二人は争うのをやめ、じっと私の方を向いている。

 私は、双方に視線を配った後、一つ呼吸を置いてから言い放つ。


「難しいことなのは私も承知です。しかし、それが二人にはできると──私は思っています」


 私の、精一杯の言葉。拙い言葉だけれど、ほんの少しでも届くといいのだが──。


 その言葉を発すると、二人とも何もしゃべらず互いにうつむいて黙りこくってしまう。

 互いに、自分たちの目的と、今の感情が戦っているのだろうか。


 そして、二人の背中を最後に一押ししたのは、国王としての、亜人達を束ねる代表としての、最後の意地だったのか──。

 それとも、使命感だったのだろうか。


 内心のことは分からないが、同じタイミングで、同じ答えを出した。


「本当に、すまなかった──」

「こっちこそ、怒りすぎた」


 そしてゆっくりと、頭を下げる。

 ペタンがそっぽを向いて手を差し伸べると、ガルフは逆の方を向いて視線をそらしてその手を握った。


 互いに、まだわだかまりがあるというのは分かる。

 それでも、二人は感情を押しつぶし、手を取り合うという選択を取ったのだ。


 口で言うのは簡単だが、実際に行うのはたやすいことではない。


 しかし、彼らはそれを成し遂げたのだ。そのことを、素直にほめたたえたい。


「これからも、よろしく頼むぞ」


 二人とも、まだ視線をそらしあい、どこかぎこちない態度。


 一度は裏切られ、さっきまで殴り合いともいえる喧嘩をした中。流石にすぐには和解なんてできないだろう。

 しかし、互いにそれを乗り越え、同じ目的のために戦うことだってできる。


 彼らのことを、よく理解した私だからわかる。


「ペタン、ガルフ──。和解の方、ありがとうございます。しかし、喜んではいられません。センドラー様の方へ、行った方がいいかもしれません」


 余韻に浸りたいが、監査中のセンドラーの方も早く応援に行きたい気持ちの方が大きい。


 どうしたものか……。センドラー様がどうなっているかも気になる。センドラー様がいるとはいえ、やはりこの国のことはペタンに対応させたい。

 彼が質問に自信をもって答えるのがやはり望ましい。


 とはいえ、二人でいろいろ話もしたいが──。


 迷いが現れる私。

 すると、誰かがトントンと扉をノックしてきた。

 扉が開いて兵士の人がやって来たのだが、どこか焦った様子だ。


 ペタンが、その様子を察して話しかける。


「どうした? こっちは何とか話がまとまったところだ。センドラーの方に何かあったのか?」


 兵士の人は後ろの髪をかきながら、答えた。


「はい。監査の方。うまく行ったと思ったのですが──、ゴミ箱から二人の条約から、マリスネスの合併への対抗策をまとめた書類が発見されて騒ぎになってしまったんです」


 その言葉に私もペタンも表情が変わった。


「おいおい、ヤバいぞそれは」


「マジかよ……」


 こうしてはいられない。助けに行かないと……。出来るかわからないけれど。


「すぐに、センドラー様の方へ行きましょう」



「そうだな。細かい話はあとにしよう……」


「書類と言うなら、俺にも責任がある。行かせてもらう」


 そして私達はセンドラー様のところへ向かっていった。

 失敗は許されないリムランドからの監査。


 何とか挽回できるといいが……。

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