1章
第1話 思い出した、私──
「なんでバッドエンドなのよ。どこで間違えたかなあ~~」
私、
イライラしながら早歩きで私は狭い道を歩く。
いつもの通り大学へと通学している最中。
しかし最悪の気分だ。
徹夜で攻略したゲーム。「プリンセス・オブ・ロード」。
ファンタジー物語で、「センドラー」という名前のお姫様になっていろいろな人と恋愛をしたり、国を作ったりして世界を平和にしたりする物語だ。
昨日購入して徹夜でプレイしたのだが、どこで選択肢を間違えたのかまさかまさかのバッドエンド。
それも悪役令嬢となり、闇落ちしてしまうという展開。
私は彼女がいつも持っているカルトゥーシュを強く握りながら早足で道を歩く。
これはアクセサリーの一種で、銀色に光る首飾りに近いものだ。このゲームの初回限定版だけについてくるレアものだ。
ゲーマーだった私はこれを手に入れるために親に金を借りて購入を決意したというのに──。
また一からやり直してハッピーエンドにしなきゃ。
ああ、このカルトゥーシュも川に投げ捨ててやりたい。金返せ──!
このとき私は大変な事を見落としていた。
徹夜だったせいで注意力や判断力が落ちていてぼーっとしていたことが一つ。
もう一つはイライラしていてそのことばかり考えていて周囲が見えていなかった。
自分に迫ってくるトラックの音が頭に入ってこなかったのだ。
眠りながらハンドルを握っている運転手がいるトラック。
走行音が大きくなり、慌てて後ろを振り返ったが時すでに遅し。
そのトラックはすでに私の目の前に迫っていた。
すぐに全身に強い衝撃が襲い掛かり、どこかの壁に私の体は強く叩きつけられた。
ようやく意識を取り戻し、私のところによる運転手。
カルトゥーシュを握りながら意識が薄れていく。
私の意識はそこが最後だった。
そんな前世の記憶を、この戴冠式で思い出してしまったのだ。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「だ、大丈夫ですか、センドラー様」
頭を抑えながらふらついて倒れる私。当然だ、前世の19年分の記憶が私の頭に詰め込まれたのだから。
そしてそのまま椅子に手をついた後。座り込む。
周囲は明らかに何があったのかと動揺しているが、目の前にいる白いひげを蓄えた老人の人は微動だにしない。
じっと冷静に私を見つめながら、周囲の家臣たちに指示を出す。
「話はすぐに終わる。椅子を用意するから、座りなさい。とりあえず続きを始めよう」
そしてそばにいた騎士の甲冑を着た人が椅子を用意し、渡してきた。
恐らく貧血で倒れたのだと思われたのだろう。
私はゆっくりと椅子に腰掛け、改めて周囲を見回す。
金箔で彩られた初代領主の銅像。
芸術的ともいえる絶景が描かれた絵画。
神々しい神秘的な模様で彩られた壁。
豪華絢爛なつくりとなっているこの大広間は代々 戴冠式などの重要な儀式や国王の政務をとるための部屋として使われていた。
300年と続いてきたこのラスト=ピアという土地の歴史と過去の繁栄を象徴しているような造り。
「わしももう年じゃ。この地を守りたいのは山々だが、もう体が限界のようじゃ。じゃから王国と相談のうえ、新体制を設立し、そなたたちにこの地の運命を託すこととなった」
そして周囲より一二段ほど高い上座の場所。つえを持ち、腰が曲がった白いひげの老人。
昨日までこの地を支配していた貴族ヴェルナー=エルヴィンだ。
「そしてセンドラー殿。あなたは書記長として、このラスト=ピアを陰から支えることを命ずる。若干不本意な感情は理解できるが、この国の秩序と繁栄のため、精一杯尽くしてくれ──」
「了解しました。私、センドラーは与えられた使命を全うすることを誓います」
今までの記憶を頼りに私は言葉を返していく。
「頼みますぞセンドラーよ。そしてエンゲルスよ、そなたはこれから、次期国王として、このラスト=ピアを導くことよろしく頼むぞ」
「了解です、父上」
それからも、エルヴィン様からの話があるようであったが、私は倒れたことから体調を心配され、そのまま医務室に運ばれる。
エルヴィン様が伝えたかったことは後で手紙で送るらしい。
「体調は落ち着いた?」
「女医さん、もう大丈夫です」
私は作り笑顔で回答。
すぐベッドに横になった後、白い粉の薬が入った小さな紙袋を手に取り、医師から話を聞いたりした。
「とりあえず、その薬を飲んで安静にしていなさい。長旅と、環境の変化で疲労がたまっていたのでしょう」
「わかりました、ありがとうございます」
医師の人に頭を下げて、私は医務室を後にした。
それから私は宮殿の中を歩く。階段を登り、私が住んでいる部屋へ。
「ただいま~~」
当然誰もいない。コップに水を注ぎ、それをいただいた薬と一緒に飲み込む。
ふう──。
堅苦しい儀式が終わってようやく一息つける時間となる。なんか落ち着いたわ。
取りあえず落ち着いた事だし、今までの私のことを想いだしましょうか。
私の名は、グレーナー=フォン=センドラー。
この王国、リムランド王国を支配しているグレーナー家の人物だ。金髪でロングヘア。長身、美しさを全面的に押し出した様な顔つきをしている。
姉妹のうち、一番末っ子として今日まで育ってきた。
性格は、一言で言えば傲慢で威圧的そのもの。
正義感はある一方、自分の目的を果たすためには強権を発動し、手段を問わず相手を追い込むことが多々あった。
いつしか私は「鋼鉄の令嬢」と呼ばれるようになる。
そしてその強引なやり方のせいで周囲から疎まれ始めた。
その中で前国王が病気で倒れ、政務をとれなくなる。そこから私達王家の中で後継者争いが発生。
家臣や貴族たちは、人当たりが良くて内部人事にたけた長女が後任として選ばれた。
そして私を疎んじているやつらが、私をこの最果ての地といわれる場所「ラスト=ピア」へと追放させたのだ。
表向きはリムランド王国の中で貧しいこの地ラスト=ピアの救済が目的だが、現実には私の影響力を排除したいというのが本音だろう。
そして与えられたのは「書記長」という政治の記録や書類の作成などに関する地味な役職だ。
このラスト=ピアでも、政治や外交を行う人物や、魔物たちと戦う冒険者など、みんなから注目されやすい仕事の方が価値があると思われがちだ。事務方の仕事をしている人のヒエラルキーはどうしても低く見られがちになる。
つまり王国は私にこう告げたのだ。食いぱぐれないように仕事だけは与える。その代わりその偏狭な土地から出てこなくていいし、王政に二度とかかわらいでほしい。
そのまま静かに一生を終えてほしい、と──。
正義感が強く忖度なくどんなことでも切り込んでいく一方、根回しや周囲を気遣うのが苦手で、どうしても敵を作ってしまいがちになる。そんな私の性格が裏目に出たという感じだ。
そして私の前世とでもいうべきか。その前にあたる記憶が私にあるのだ。
名前は榎本秋乃。
このセンドラーとは真逆の単純で感情的な性格。
それは全く別世界、19歳の平凡な家庭の女子大生。徹夜で悪役令嬢ゲームを攻略した翌日。
事故にあって死んでしまった。
その悪役令嬢ゲームの主人公がこのセンドラーであった。
いやはや、まさかゲームの主人公に自分がなってしまうとは。今でも信じられない。
だが、現実的にこうなっている以上、受け入れるしかない。
しかしびっくりしたわ。いきなり前世の19年分の記憶が入ってきたのだ。
頭が完全にショートしてしまいパニックを起こしてしまった。
ふらついて倒れかけたほどの衝撃。
貧血かショックで落ち込んでしまったのだと思われたのが幸いではあったが。
いろいろ思い出しちゃって疲れちゃった。一回シャワーでも浴びましょうか。
そうすれば少しは落ち着くだろうし。
そしてシャワー室へ。
ブラジャーをとる。肩にかかっていた重さが急に軽くなり、重心がわずかに前に引っ張られる。
下から支えるように乳房を支えるとずっしりとした重みが腕に伝わってきた。
確かバストサイズはE-90
全くもう。何なのよこのけしからん体つきは──。
そしてシャワーを浴びる。温かいお湯を全身に感じる。
とてもリラックスした気分になった。
しかしこの体つき、前世とはえらい違いだ。
バストサイズはなんと71。ほとんど膨らみなんてなかった。
中学生のころなんか男子にボロクソに言われてたんだから。
板人間とか、背中と前の区別がつかないとか無茶苦茶だった。
ちょっとでも涙を出せば「全米がま泣いた」とからかわれ。
落書きをされれば壁画、胸を触ってきて背中と間違えたって言われたこともあったわ。
このセンス、もっと有意義なことに使えないのかっつううの。
なのに、なのに、なのに。本当になんなのよこの格差は──。
胸囲的……、いや、驚異的過ぎるだろ。
ただ、71だったころに気が付かなかったこともある。
隣の芝は青く見えるというべきなのだろうか、いざこのバストを自分に与えられてみると、煩わしい時もある。
重くて、ちょっと歩いただけで揺れる。さらに蒸れる。
おまけにすれ違う男たちは必ずといっていいほどこの胸に視線を置く。
ちらりと、ばれないようにしているつもりだろうけど、まるわかりだっつううの。
特に胸元をさらけ出すドレスなんかを着たときはひどい。
凝視してくる奴が8割。ひどいと見てまるわかりなくらいにガン見してくる奴だっている。
スタイルがいいというのも大変だ。楽じゃない。
とはいえまな板だったころに夢見た大きな胸。ちょっと味わってみたい気分になる。
嬉しさのあまり胸を鷲掴みにしてもんだりして楽しむ。
ずっしりしていて、柔らかい──、マシュマロみたい。すげぇ……。
そんなことを考えながらついニタニタしてしまう。そんな時──。
「大きい胸がそんなにうらやましいのぉ? けど自分の体を触りながらニタニタ笑うのはたから見ていて気味が悪いから、この部屋以外ではやめなさい、いいわねぇ」
幻聴ではない。確かに今聞こえた。誰もいないはずの部屋。
ってよくよく考えたらこれ、自分の声だよね。
そう考えながら背後を振り返る。
そこにいるのは半透明な姿をした今の自分。ソファーの上の部分に腕を組んでこっちを見ている。
こ、これドッペルゲンガーってやつ。見たら死ぬって。私、また死んじゃうの?
私はどう対応すればいいかわからず慌てふためいていると、彼女はフッと微笑を浮かべた。そして──。
(初めまして。よろしくねぇ、私の戦友)
「せ、戦友? どういうことなのかよくわからないんだけど!」
まるで頭の中に話しかけられているような感覚。
突然の出来事に私の頭は大混乱。軽いパニック状態になってしまう。
(私が本当のセンドラーの人格よ。あなたには私がどんな人格か理解してもらうために、これまでの人生を一緒に体験させていたのぉ)
そのまま彼女は私の頭の中に話しかけてくる。本能的にパッと頭を抑えると彼女は困ったような表情で頬をかきかきし始めた。
(ちょっと突然の出来事にパニクっちゃってるみたいねぇ。やり方を変えた方がいいかしらぁ)
そう言うと半透明な姿のままで私に向かって近づいてくる。そして私の背中を押してくる。
トンと押し出された感覚を感じて、目を開けると椅子に座っていたはずの私が床にしりもちをついていた。
それだけじゃない、私の手が、身体が彼女みたいに半透明になっていたのだ。
完全に動揺している私をしり目に彼女、もう一人の私は淡々と机でメモを書いている。
「簡単に説明してあげるから、ちょっとまってなさいねぇ。後私のことはセンドラーって呼びなさいねぇ」
尻もちの体制のまま私は「はい」と言葉を返す。
「あなた、以前の名前はなんていうのぉ?」
(私は、秋乃──。榎本秋乃よ)
「じゃあ秋乃って呼ばせてもらうわぁ。できた。簡単に言うとこれがあなたの今の状況よぉ」
・あなたは、もう一人の私の人格としてここにいるわぁ
・一つの肉体を、私とあなたの人格が共有しているのぉ。けれど、肉体にはどちらかの人格しか入れないわぁ。どっちかは魂だけになり空中を浮遊しているか、そのカルトゥーシュの中にいるかなのぉ。
・一緒にこの世界のため、頑張りましょうねぇ。
そしてセンドラーが私の肩に触れる。スッとした感覚に襲われると、目の前には半透明な私。どうやら元の肉体に戻ったみたいだ。
すこし動揺が収まってきたみたい。
「つまり、もう一人の、人格ってこと?」
(そう。この体を、二人で共用するってことよぉ。この世界を救うためにねぇ。私が周囲が敵だらけになった時、とある神殿で女神に出会ったのぉ。この状況を、何とかしてもらえないかしらってぇ)
「それで、どうして私なの?」
(その女神が行っていたのよぉ。私の結末を、最初に見た人物がもう一人の私になって、相棒として共に戦うようにするってぇ)
私の結末。ひょっとしてあのバッドエンドの事?
センドラーが磔にされ、処刑された姿。
確かそこには最果ての街ラスト=ピアという名前。この街だ。
私はあのゲームを買ってすぐに徹夜でプレイ。そして次の日の朝に死んだ。
その結果、私がこの世界に来ることになったと。
「そんなこと、絶対に認めるわけにはいかないわ」
ゲームでは センドラーが処刑される傍ら、この国がおかしな方向へ向かっていき、やがて滅んでしまう描写があった。
恐らく、このままいけばこの国はそうなってしまうということだろう。
(それで、その胸につけているカルトゥーシュ【首飾り】にもう一つの魂の置き場所にして、二つの人格がこの肉体に憑依できるようになっているのよぉ)
この銀色のカルトゥーシュ。確かゲームの特典にもついていたわね、センドラーがいつも身に着けていたもの。
なるほどね、おぼろげだけどわかったわ。私が何をしなければいけないかを──。
下着姿のまま彼女はベランダに出て城下町を見下ろす。
このラスト=ピアは、奇妙な街の構成となっている。
背が高く、見栄えの良い芸術的な石造りの建造物が規則的に立ち並ぶさまは、この国の栄華を表わすが如く。
だがすぐ隣にいるスラム街では主にエルフや毛耳をした亜人が、劣悪な環境と無法状態となっている環境で貧しく生活している。
道端では貧困層の人間と亜人が喧嘩をしていた。
王都は一見豊かで華やかでありながら、すぐ隣にある地域は荒廃を尽くしている。
搾取されるものとするもの。強者と弱者。
この世界の縮図のような光景が目の前に集約されている。
この傾向は私が政務に興味を持ち始めたころから顕著になり始めていた。
私は、彼女が生まれてこれまで同じ人生を送ってきたからよくわかる。
傲慢で、外から見れば独裁的、強権的なところもあるかもしれない。けれど、それは周囲や国民たちを想ってのことだということも理解している。
ただ、私から見ればセンドラーにも大きな欠陥があるように思える。
簡単に言うと、言葉足らずで強権を発揮するため、周囲からは独裁的な人物だと思われがちになってしまうことだ。
なので正論を言っても周囲は反発ばかりだった。これが原因でリムランドにいたろとは貴族や官僚からは反感を買いやすく、嫌われがちだった。
けど、誰にだって短所というものはある。
センドラーに足りないところがあったら、私がセンドラーの短所を補完すればいい。
私は、彼女を磔になんかさせない。
そう心に誓い、この部屋を後にした。
☆ ☆ ☆
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