第2話 小悪魔先輩のココロはわからない。
俺、
両親同士の親交が深かった俺たちはそれこそ幼少の頃から一緒だった。
昔はまるで世界が俺たちだけのものみたいで。二人の世界が、俺にとってのすべてで。出来ないことなんてないと思っていた。叶わない夢だって、ないと思っていた。
しかし俺たちは少しずつ刻を重ねて、世界は広がり、気づいたらもうその時は来ていた。
あいつは遠くの街に行ってしまった。
俺たちは一人と一人になった。
だけど、一人になったのならまた新しく増やせばいい。たとえば学校に行けばたくさんの同級生がいる。そこにいる誰かと、新しい関係を築いていこう。
だから、あいつがいなくたってどうってことない。そうだろう?
そうして始まったあいつのいない高校生活。それももう、二年近くが過ぎようとしている。
昼休みを知らせるチャイムが鳴り、教室はすぐさまクラスメイトたちの喧騒で溢れかえった。近くの男子3人グループの会話が聞こえてくる。
「やっぱうちのアイドルと言えばののかちゃんだよなぁ! マジもう可愛いのなんのって!」
「ののたん萌えラブ100パーセントですぞ……デュフ、デュフフフッ」
「俺この前目が合っったんだけどさ、にこって笑ってくれたんだぜにこって! ありゃぜってぇ俺に惚れてるね」
「んなわけねえだろおまえみたいな不細工。ののかちゃんはみんなのアイドルなんだよ!」
「でも実際カレシとかいんのかねえ。けっこう遊んでるみたいなウワサも多くね?」
「それなぁ。でもウワサがマジだとしたらさ、こう……頼めばあっさり……みたいなことにならねえかなぁ。はぁ……ののかちゃんで童貞捨てられるなら死んでもいい……」
「の、ののたんは清純派なんだぞ! あ、遊んでるとか、そんなわけないんだぞ! デュフッ」
そんな会話を他所に俺はひとり席を立つ。今日は何を食べようか。購買で適当にパンでも買って、それから自販機で温かいコーヒーでもどうだろう。
即決すると、まずは購買でお気に入りのカツサンドを購入。
それから自販機を求めて、校舎脇へ出た。
「ふぃ~、さっむ」
吐き出した息が瞬く間に白く染まる。12月初旬。少し早いが雪でも降り出しそうな気候だった。
早足に自販機へ向かう。なぜ外に自販機を設置するのだろう。校内にしてくれればいいのに。意味が分からない。
「あり……」
自販機へたどり着いて財布を覗くと思わず声が漏れた。小銭がない。パンを買うのに費やしてしまった。自らの見通しの甘さを呪いたくなる。お札ならあるのだがなんとこの自販機、札を入れると吐き出しやがるのだ。もちろん電子マネーは使えない旧世代の遺物だ。
参った。せっかく寒い中歩いてきたのというのに、これではとんだ無駄足だ。
しかしここにいても凍えるだけ。戻るとしよう。自教室……は居場所がないが寒さには代えられない。席が占領されていないことを祈ろう。
と、自販機に背を向けようとしたとき、肩をトントンと叩かれた。
「さいかくんめっけ」
「……先輩? 何してるんですか、こんなとこで」
振り向くと、そこにはもはや見慣れてしまった一つ上の先輩――
俺には制服のズボンがあるので意外とどっこいどっこいかもしれない。いや、せめてマフラーください! 寒い!
先輩は白い息を出しながら嬉しそうににへらっと柔らかく笑う。
「なんかねぇ、さいかくんの気配を感じたから。きちゃった♪」
「はぁ……とかなんとか言って、大方校舎から出る俺の姿を見かけて来たんでしょう?」
「えへへぇ……バレちゃうかぁ……♪」
先輩はやっぱり嬉しそうに笑う。
「で? で? さいかくん何してるの? 買わないの?」
「ああ、まぁなんというか、気が変わりまして」
小銭がないなんてアホらしいので誤魔化すことにした。
「ということで俺もすぐ戻りますよ。寒いし。めっちゃ寒いし」
「そうなのぉ? うーん……、じゃあこうしよっか。えいっ♪」
「は?」
可愛らしく考える素振りを見せた先輩は自分の財布を取り出すと、素早くドリンクを購入した。
その数、二本。
「ふたつも飲むんですか? 午後の授業でトイレ行きたくなりません?」
「違うよぉ。これはぁ、はいっ」
「うわっ……と」
ふわっと投げられた缶を慌ててキャッチする。
「先輩から可愛い可愛い後輩へ。あったか~い愛を込めて。だよ♡」
「安っぽい愛っすね」
「ぷぁ!? それはひどくない!? 先輩の優しさはプライスレスだよ!?」
手元を見ると、それはホットのミルクティーだった。本当はブラックコーヒーを買うつもりだったのだが、どうせ買えなかったのだし文句があるはずもない。
それに何より、それは先輩の言う通り温かかった。物理的に。
「ありがとうございます。愛は丁重にお返ししますが温かいミルクティーはいただいておきます」
「うん♪ すこーし納得いかないけど、どーいたしまして♪」
そう言うと先輩は俺の手を取って歩き出す。ホット缶を握っていた甲斐あって、二人の手には温もりが残っていた。
「ちょ、どこいくんですか?」
「おっひるごはーん。せっかくだし一緒に食べよ? いいよね?」
「はぁ……まあいいっすけど」
ミルクティーを奢ってもらった手前、無下にも出来まい。
しかし毎回毎回、疑問だ。
「先輩はなんで俺なんか構うんですか」
片や学園内でも有名な超絶美少女。男子にとってはさっきも聞こえたが学園のアイドルといっても過言ではない。その整った容姿、小悪魔めいた性格もあって良い噂も悪い噂もなくなることはない。
片や、高校デビューに見事失敗したボッチ。結局、俺はあいつの代わりになるような存在なんて見つけられなかったらしい。それだけあいつが特別だったのか、それとも俺のコミュニケーション能力に致命的な問題があったのか。高校で出会った幾人かの人間とはどうにも長続きしなかった。
――――この小悪魔な先輩を除いては。
俺の問いに、先輩はニコッと魅力的に笑った。あざとさと純粋さが入り混じる。
「さいかくんがスキだから、だよ♡ ……えへへ♡」
「……そっすか」
「うんうん♪ じゃあ二人だけの逢引きへゴ~♪」
それは小悪魔な彼女にとっては誰にでもしていることなのか。それとも俺にだけしていることなのか。
やっぱり、小悪魔先輩のココロはわからない。
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