俺には幼馴染の許嫁がいるのにあざと可愛い小悪魔先輩が篭絡しようとしてくるんだが!?
ゆきゆめ
第1話 遠くの許嫁幼馴染と、隣の小悪魔先輩。
小さなアパートのこれまた小さな一室。12月の夜はすでに極寒であり、ボロッちい暖房が死力を尽くして稼働していた。
ふと、スマホに着信が来ていることに気づく。
俺はベッドの端に軽く腰掛けると、慣れた手つきでスマートフォンを耳に当てた。するとすぐさま、溌溂とした少女の声がスピーカー越しに響く。
『あ、
「初っ端から女子らしからぬ語尾をつけるのはやめなさい。てか久しぶりですらない」
『え~いいじゃーん。ぶりぶり~ぶりぶり~って。こんなこと言えるの、才加だけなんだぞ~?』
「恐ろしいほどときめかねえ……」
『そう? ていうかぶりぶりじゃなかったっけ?』
「一昨日も通話した」
『じゃあやっぱりぶりぶりで早漏〜そーろー』
「候だよな……? 別の漢字じゃないよなおい」
冷めた態度で受け答えすると、スマホ越しに「たは~っ」とおどけた様子で額を叩く音がした。
通話の相手は幼馴染の
だからこうして、時折通話をしているわけだ。これはどちらが決めたというわけでもなく自然としていることで、この2年間途切れることなく続いている。それが自分たちの幼馴染としての繋がりのように思えた。
一葉と二人、とりとめのない話に花を咲かせる。
いや、正確には二人ではないのかもしれない。
隣に視線を向ければ、そこにいるのはクツクツと笑いを堪えるように口に手を当てている少女。そーろー(仮)が随分とウケたらしい。
それから次の瞬間、その胸元に目がいってギョッとする。
(なんで俺のYシャツ着てんの、この人……。てか胸! 胸ぇ!?)
彼女は人のYシャツを勝手に着込んだ挙句、その豊満な胸に生地が耐えられずなかなかに刺激的なことになっていた。隣に座られると背丈の差からか、その胸元がギリギリなラインまで見えている。
しかも当然の如く、下は履いているように見えない。
彼女は
後輩とはいえ男の部屋で何のためらいもなくシャワーを浴びていた彼女は丁度通話を始めた頃にタイミング悪く風呂をあがると、蠱惑的に笑って隣に腰かけたのだ。
見ればそのゆるふわの髪はまだしっとりと濡れている。肌に張り付くその髪や水滴が、無性に男としての何かを煽り滾らせるかのようだった。
(……これ以上考えるのはよそう。今は一葉との通話だ)
視線を改め、注意を耳元に聞こえる一葉の声に集中する。
『――――ねえ聞いてる? さっきから生返事ばっかなんですけど~? ね~え~、やっぱりナマ
「おまいは何を言ってるんだ。むりやりエロっぽく繋げるなアホ」
よく分からないが俺たちは結婚しない限り再会できないらしい。
『あ、やっと反応した~。そういうプレイかと思ったじゃん。早漏のくせに生意気~』
「もうそれふつうに早漏っつってるからな? 隠せてねえからな?」
「……ぷっ。ぷふっ……そーろー……くすくす」
「あ?」
隣で、可愛らしく噴き出すような声がした。一度出てしまったものは収まらず、先輩はころころと声は最小限に笑い転げている。またしてもよっぽどお気に召したようだ。
『ねえ才加。なんか女の子の声しなかった?』
「気のせいだろ」
『そうかなぁ。すごい可愛い声だったと思うんだけど……はっ!? まさか才加、あたしがいないからって性欲を抑えきれずに大人のお姉さんをお金で呼びつけたの!? ダメなんだよそういうのは! 一人暮らしだからってそういうのは! オトナになってからにしなさい!』
「いやちげえし。てか大人になればいいのかよ……」
『そういうプレイもありかもしれないと思って』
そして幼馴染がいてもべつに性欲が収まるわけでもなく。その上この状況はお金こそ発生していないものの当たらずとも遠からずなのがヤバい。ヤバいがヤバい。
「この処女ビッチが……」
『頭はえっちなことで一杯だけど、ちゃ~んと才加のために初めてをとってあるんだぞ♡』
「あーはいはい。そういうのいいから」
俺たちは許嫁同士ではあるものの、実際付き合っているわけでも付き合っていたわけでもない。中学生までに関係が発展するほど俺たちは成熟していなかった。いつまでも男友達同士かくらいのノリだ。小学生レベルの下ネタも絶えない。
それは離れ離れになった今でも変わらなかった。むしろ顔を合わせないことで恥も外聞もなくなってきている。
『あ、でね? さっきの続きなんだけど――――』
一葉が切り替えたように話を始める。女の声が聞こえたという件についてはなんとか誤魔化せたらしい。
一応、視線だけで先輩を睨んでおく。
それに気づいた彼女は少しムッとして、あざとく頬を膨らませた。しかし今は無視。
「お母さんったらまた料理失敗して~、今日のご飯まるっこげでね? まああたしも料理は花嫁修行中だし部活忙しいから作れないし。文句は言わないけど~」
「はは、相変わらずだなそっち――――もぉ!?」
「ちょ、才加!? どうしたの!? 暴発したの!? でちゃったの!?」
「でるかぼけぇ!? ……うひぃん!?」
「才加ぁ!? 今度は女の子みたいな声出てる! 性転換!? 性転換じゃない!? ってことはあたしが男の子になったり!? ちょっと確認してみる!」
ぎゃーぎゃーと喚き散らかして話が縦横無尽に飛び回っている一葉。それはいったん放っておくとして、俺はこの情けないボイスを届けることとなった原因へと目を向ける。当然、性転換などしていない。
(何すんですか……先輩……)
(キミが怖い顔で睨むから悪いんだもーん)
(それで人の脇をくすぐらないでください! てか悪いのは先輩でしょう!? 大人しくしててくださいよ!?)
(そんなの知りませーん。ほらほら、反応してあげないとまた拗ねちゃうよ?)
「ぐっ……」
通話に戻ろうとするが、先輩はあろうことか俺にしなだれかかってきた。風呂上がりの上気した身体が密着する。同時に柔らかい胸の感触。細い指が身体を撫でていく。
マシュマロをフニフニするかのような心地よい感覚とゾワゾワとしたこそばゆさが身体を満たした。
(どうしたのかな? お姉さんの方が気になるならすぐに通話なんてやめていいんだよ? そしたらもっとも~っと気持ちよくしてあげるよぉ?)
(ふ、ふざけないでください……)
にひ~っと笑う先輩から顔をそむける。
「才加!? 才加~!? 何!? 痴女なの!? 痴女に襲われてるの!? 助けに行った方が良い!?」
「バカか。どうやってくるつもりだ。……で? 料理が何だって?」
隣を警戒しながらも、話を強引に戻しにかかる。
「え、ええ……ほんとに大丈夫なの……? もし具合が悪いんなら……」
「大丈夫だって。俺はおまえの話が聞きたいんだよ」
ここで切らせては負けのような気がする。
「さ、才加……そんなにあたしのことを……。うん! わかった! たくさん話すね! えっとね~――――」
なにやら感動した様子の一葉が張り切って話し出す。
俺はそれに相づちを打ち始めるが、内心それどころじゃなかった。その原因を再び睨む。
(ねえ知ってる? さいかくん)
(なんです? 豆〇ば?)
(男の子でも、ココって感じるんだよ?)
(……は?)
くりんくりんと服の上から俺の胸周りを撫でまわしていた先輩の指がそこを捉えた。
しかしその直後……
(と見せかけて〜。ふぅ〜っ♡)
俺の耳元に先輩の甘い吐息が吹き掛けられた。
「あひゃんっ!?」
「ちょ、才加!? 今度は何!? 今度こそ逝ったよね!? でちゃったよね!? ねえ才加返事してよお!? あたしの声で昇天しないでぇぇぇぇ!?」
(さいかくんはこっちの方が弱いかな♪ きもちかったねぇ♡)
チカチカと視界が点滅する中、あざと可愛い小悪魔めいた笑みを浮かべる先輩の顔だけがぼやけて映った。
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