2.利己主義者の怨毒
「学人、何、何で……」
「……」
わらっているんですか、と最後まで訊けない僕を学人が見返した。顔面に表情が無いどころか、両眼にも光が無かった。
「学、人、」
「……」
「学人っ!」
「……ん? 察しが良いね、甲斐。“野生の勘”ってヤツかな」
僕の叫びに、さすが犬だねと、学人が肩を竦めた。やっと返って来たリアクションは軽薄なものだった。
【 2.利己主義者の怨毒 】
「よもや、本当にやるとはねぇ……」
僕が呆然と見詰める先で、学人が小さく喉を鳴らした。最初、僕は咳でもしているのかと思った。
でも、違った。
揺れる肩も、喉が鳴る音も大きくなって、ついには、哄笑になった。
「学人……」
「……は、ふふふっ。……何?」
収まり切れない笑いを零しながら、学人が訊き返して来た。僕は二の句が継げずまごまごと口籠って、振り絞るように、尋ねた。
「学人……どうして、ニュースを観て笑っているんです? 何か知っているんですか……? まさか、関与しているなんてこと……」
「あー、まぁねー? 知っていると言うか……僕が、造ったせいだろうね、“ガーディ”を」
あっさり、学人は肯定した。
“ガーディ”……『ガードルード』。
特注だったと言う女性型の混合体『ドール』。
アレが、何で……。
絶句する僕に、学人が面を歪ませた。笑顔なのかと疑わしいくらい、歪な笑い方だった。
「何で、ガーディ? だってガーディは、あの依頼者の恋人の複製だったんじゃ、」
「それが、『
て言うか、本物の恋人だったかも危ういけどねぇ? 学人は冷めた珈琲を呷った。
「あの男は、どっかの大学の、しがない准教授だって話だよ。『ドール』って、研究関係者以外が手に入れるための相場知ってる? そこらを溢れ返っている一般大学の准教授如きじゃ、買えないよ……ああ、百年くらい節約すれば買えるかな?」
揶揄する口調で、学人が言う。
「てか、金額以上に許可も下りないんじゃない? オーダーメイドは元より、量販型もね」
だから、違法取引に縋ったのだ、あの男は。
黒い紙は、『科学総会』の目を掻い潜って来た、闇取引を示していた。
『ドール』は『科学総会』で技術が認可されてから世界の各地で研究や開発が行われていた。用途や目的は戦争利用のためだったり劣悪な環境での労働従事のためだったりと、まちまちだった。
研究開発は機関に委ねられており、改良も重ねられ、専門分野に特化して行くものも多かった。
唯一、『科学総会』に禁じられていたのは性風俗分野への登用だけ。あとは自由だったから、各地各所挙って発展させて行った。
けれども、『ドール』は特殊な仕様のため、一般への流通は極力控えられている。
所持するためには資格を有する程に。
「ガーディに、爆弾でも仕掛けていたって言うんですか?」
研究施設は、秘匿とされていた。なぜなら、“新人類”なんて持て囃され、人間とは最早材質が違うだけと誉め称えられる、有機素材の生体機械だ。
当たり前に、過剰な科学の介入を嫌う
“人間が、人間に準ずる生命体を創造するなど在ってはならない”なんて理念で。
だけども、人間には厳しいセキュリティも、『ドール』ならどうだろうか。
些少はゆるむのでは……僕の質問に、学人が腹を抱えて大笑いした。
「爆弾なんて、即、出入口のセキュリティでバレるよ。それ以前に、ガーディは混合体だもん。不純物が多過ぎてセンサーで引っ掛かるよ」
「じゃあ、」
何で、と僕が続ける前に、学人が食い気味に答えた。
「音だよ」
「音?」
「そう、音。僕は特別に強化したりしてないから、増幅器でも使ったんじゃない?」
実現出来るとは思わなかったけど。学人がカップを置いて、テーブルを人差し指で叩き出した。リズミカルな音程は、何かの曲のようで、出鱈目のようで、何を表しているのか僕には皆目見当も付かなかった。
「ガーディのモデルになったのは、そこそこ有名な歌手だったんだ。ある日死んだけどね」
「死んだ?」
「そ。事故って言われてるけど……殺されたんだろうねぇ」
意味有りげに微笑した学人が、人差し指の演奏をやめて頬杖を突いた。目線の先は続報を流すニュース映像。キャスターの女性が、真剣な形相で更新される情報を読み続けている。
「誰に……」
「誰って、そりゃあ、『科学総会』のお偉いさんたちにでしょ」
「な、何でっ、」
突拍子も無く出された名称に狼狽える僕が面白かったのか、学人が笑う。
「何でって、邪魔だったからだよ。
彼女の出す、ある一定の音域は、『ドール』を狂わせるんだ」
正確には『ドール』の脳波を、高確率で乱すらしい。一部の機能を麻痺させて混濁させ、混乱状態に出来る。学人が立ち上がって、ソファの後ろにいた僕の前まで来る。手を伸ばして来る学人へ、無意識に腰を折って頭を差し出す辺り、僕はやはり“飼い犬”なんだろう。学人の手が僕の頬を上って髪の中へ埋もれると、僕の耳に触れた。親指と人差し指の間に耳を挟む形で、僕の髪をくしゃくしゃに掻き混ぜながら、僕を撫でた。
「そんなことで……」
「そう。そんなことで、殺されたんだ。証拠に、彼女のクローンは目覚めていない。表向きは感染に因る遺伝子汚染で駄目だったからだって……廃棄されたんだ。どっかのクローン培養管理施設が責任取ったよ」
彼女のクローンは、だからいないんだよ。国に保有されている個人データで、細胞から造ることも出来ただろうけど……不思議と家族が届けを出さなかった。
「金で黙らせたんだろうね。結構、彼女って不遇だったらしいよ。既婚者や子供を養育する者なら受けられる、『完全優遇制度』を受給するために、産んだだけみたいだから。両親も」
無邪気な子供のように、僕を撫でて学人が喋る。僕は、息が詰まった。自然と、犬のときは無かった眉が寄る。僕の表情に、学人が「……ふ、あはっ、」笑った。
「なぁに? 心を痛めてるの? 甲斐」
お前は、心底やさしいね。嘲ている風に学人が言う。僕は僕を、ぐにぐにと頬も揉み込んで撫でる学人の手を掴んだ。
「……復讐ですか?」
僕が静かに問う。学人は笑みを変えなかった。
「そーなんじゃない? 恋人を取り戻したい男と、テロリストが手を組んだ訳だしねぇ」
「違う」
愉快そうに語る学人の声を、僕は遮った。
「学人の復讐なんですか、って訊いたんです」
見据える僕を、笑いの消えた学人の双眼も真っ直ぐ射貫いた。
「人間本位で、そのくせに人間を保護動物程度にしか考えていない『科学総会』が、力を入れてる案件だから?」
『ドール』。
神経、細胞まで有機素材の生体機械。最先端医療の粋を集めて造られた彼ら彼女らは、人間との違いが材質と、消化器、生殖器が無いことくらい。
怪我や病気で部位を失い補う人間とは殊、明確な線を引き難い。
だのに、名には人形と言う意の英語名詞が使われている。
“コレは人形ですよ”と、アピールしているように。
けども、違うのだ。
「『ドール』の正式名称は“Director of lifeline”……“生命線の管理者”」
一般人や、研究開発する技術者には伏せられた真意。
「人間を管理する、監督する存在でしたっけ?」
僕が訊くと、学人は「そうだよ」首肯した。
「
「だから、手を貸したんですか。『ドール』を暴走させて、計画が頓挫するように?
主導する
「……。別に? ただ世界に先駆けてあの、世界でも比較的に平和な島国で量産化が決まった。……あんな気持ち悪いもの世に放逐させられるかよ。
────知ってる? 『ドール』には、ロボットやアンドロイドに付けられる三原則が無いんだ」
何でだと思う? 学人は尋ねたが、僕が何某か呈する前に自ら答える。
「人間に逆らえなかったら、管理出来ないからさ。アイツが言ったんだ。“種の保存で言えば、人間も動物も百人いれば良いだろう”って。人間の取捨選択さえ視野に入れた計画なんだ。何だそれ。神様かよっ」
学人の爪が、僕の頬に食い込む。だけど、僕は払わなかった。逆に学人の手を握る手に力を入れた。
「アイツは人間も実験動物くらいにしか考えていないんだよ……アイツも人間のくせに。だから、」
学人が、大きく息を吸った。呼吸に喘ぐ胸が、膨らんだ拍子に丸みを少しだけ服の上から見せた。
「だから、自分と妻の受精卵を遺伝子改造して、両性具有になんてするんだ……」
学人の染色体はXXY。人口を増やすための方法の一つに“性別を排した方法”、人為的な両性具有の生産が提案され、試験体として学人は生まれた。
結果として、この案は“秩序のバランスを欠く可能性が在る”と却下されて、ただ学人が残されたのみ。
その学人を、親は成果としては失敗と、棄てた。
「傲るのも甚だしい」
学人の空っぽな眼が焦点を結ぶのは、僕じゃないどこかだ。
とは言え、「でもね、学人」僕は目も、学人の手も離さない。
「いっぱい、人が死んだんですよ……研究施設の人。いっぱいの人が、親しい人を亡くしたんです。人間も、もしかしたら、僕みたいな動物も、」
「────っ。わかってる……」
学人の手から、力が抜ける。手だけじゃなくて、足からも抜けたようで、僕に掴まれた手を残して、へたり込む。僕も、従うみたいにゆっくり腰を落として膝を着いた。
「わかってるよ」
「学人」
僕は学人の手を放す。だらん、と手が床に落ちた。
「僕は、人間が嫌いだ」
「……。はい」
「人間は動物も、同種の人間すらも、尊重出来ない」
「はい」
「そうだから……」
俯き加減だった学人が前のめりに倒れて来たので、項へそっと手を添えて肩に誘導する。学人の額が僕の肩に付く。
「僕は、僕も、……嫌いだ」
僕の肩へ乗せられた学人の頭に、自分の頭を寄せる。項に添えていた手を上げて、頭をぽんぽんと叩く。
“人間じゃないから、そばに置くんだ”
昔、学人に言われた一言。僕は人間じゃない。
そして、もう犬でもない。子供も、この先自然には残せない。
だけれども。
「学人」
震える主人を抱き締められる四肢が、得られたことには満足していて。
「償えるものじゃないけど……きみはお父さんと違うんですから、向き合いましょう。ね?」
怯える主人を呼んであやせる声を、得られたことにも満足していた。
「うん……」
「がんばりましょう。
僕も、そばにいますから」
「……うん」
本意では、学人だってわかっていた。
だって、ニュース映像を観て笑い出した学人は、寸前、ショックを受け頬を引き攣らせていたもの。
「大丈夫……一人じゃないですから」
僕は学人の背を摩った。抱き込んで、大丈夫ですよ、と何度も伝えた。
【 next Last.しじま 】
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