第3章 闇夜に渦巻く血の色と『現在(いま)』
ページ67『ケプナス風邪をひく』
「ふうー、ケプナス。シアルの家行ってくるね! 来て貰うよ! 」
「大丈夫、大丈夫なのですって〜。このケプナス様なのですよ〜? しーんぱいないのですっ」
「テンションがおかしいの! 調子悪いかもしれないから、お留守番してて」
時間の観望者の未来と過去、つまりリナとナルを倒したチームソルビ市。みんなには、日常が戻りつつあった。
6―11日、午後6時23分。ナル・キャリソンを討伐した。
その後ハプ、ケプナス、シアル、セレインの4人で導き手や情報について話し合い、全員でちょっとしたパーティのような後日談を終え、解散した。
「では、これで暫く、私わたくしとはお別れでございます」
セレインは、連盟本部で寝泊まりしている。仕事熱心な人だ。何故かと聞くと、セレインはこう答えた。
「数日間は、忙しいのです。先程も数名の方にはお話致しましたが、トムガノ魔術国の連盟脱退の件について、連盟や各国の重要人物を招いて会議や手続きをしなくてはなりません」
といったことらしい。トムガノ魔術国といえば、ケピとレットのいる国だ。色んな国に戦争をふっかけ回っているらしい。今思えば、ハプ達との戦争もその一端に過ぎなかったのかもしれない。何が目的なのだろうか。
でも、連盟長も楽じゃないな。そんな大変な仕事もすらすらとこなすセレインは、やはりすごい。
「私わたくしの任務期間中に教団の活動があった場合は、すみません。そちらで対応してもらえるとありがたいです」
連盟も忙しい。セレインの感情をそっちのけにした優先順位的には、教団討伐は二の次らしい。そこでその後、シアルはぺリィと一緒に、教団討伐に協力して貰えそうな人、協力してもらえると助かる人をリストに纏めていた。
「名門星五貴族の家系は、必須と言ったところでしょうか、シアル様」
「そうだねー。『英雄組』、つまりピグルット達の子孫なども、こっちに引き入れておきたい。スルーリー家、キャリソン家は完全にこっち陣営にいるからねー」
「マジシャン家は難しそうかもしれませんね。コリア家…どこにいるのかも不明です。あとは…英雄組の家系以外の名門星5貴族…マイン家、といった所でしょうか」
その辺が、隣から聞き耳を立てて聞こえた内容だ。その他にも、ニート・スペリクル関連の話や、魔術神とはなんなのかという話、前聞いた昔話の中に出てきた精霊術師「フレンダー・ソーサーラー」の精霊についての話も出てきた。
途中でハプの頭には理解できない話になってきて、フラフラしてきたので退散することになった。
そして今。数週間たった。その間、びっくりするくらいに何も起こらなかった。
いや、今までが何もかも起こりすぎていたのかもしれない。異世界に転生してきてすぐに戦争が起こるし、終わったと思えば妹が連れ去られて新たな敵勢力との戦い。
シアルやセレインとの関係もややこしいし、頭がおかしくなりそう。
でも今は平和だ。これが日常だ。そう。
ケプナスが風邪気味なのも、とても日常っぽさが出ていて素晴らしい。
「だーいじょうぶなのですよぉ〜。おにちゃーまはぁ〜、心配性なのですねぇー」
「ケプナス…テンションおかしいよ…」
「だーかーらー、大丈夫…くしゅん! 」
ケプナスは1回、大きなくしゃみをした。
「ほら、ティッシュ! すすったら体に悪いんだから! 全く…穂羽は傷とかなら治せるけど、バイ菌とかウイルスによる感染症とかは治せないの! 」
「にゃのです…くしゅん! 」
ハプはシアルの家に向かう。
「シアルシアル! シーアール! 」
「な、何かなー」
「ケプナスね、風邪ひいちゃった! どうしようどうしようっ」
シアルが扉を開けて、覗くようにして出てくる。
「風邪ひいたなら、僕のとこに来るよりも、傍にいてあげた方が良かったんじゃないかなー…」
「はっ、言われてみれば…。でも、来ちゃったものは仕方ないの。シアル、ついてきて! ケプナスの面倒、見てあげよっ! 」
「はぁ…仕方ないなー。僕がついて行って何になるんだって話だけどねー。ケプナスも心配だし、ついて行こうかな〜」
そんなこんなで、2人はケプナスの待っているハプの自宅に戻る。すると、扉を開けた瞬間にケプナスがハプに抱きついてきた。
「け、ケプナス!? 」
「おにちゃーまぁ〜。ただいまなさいなのです〜」
「た、ただいま…? 」
「…あちゃー。こりゃ重症だねー」
ケプナスはフラフラとキッチンに向かい、ティーポットとカップを持ってきた。
「シアルもいるじゃないのですかぁ〜。お茶を用意するのですよ〜」
そう言いながらお茶の葉を入れてないただのお湯を、盛大に零した。
「ケプナス…! 大丈夫!? 」
ケプナスはそのままフラっと倒れて、顔にお湯をぶっかけた。
「ケプナスっ!? 」
「これは…大変だねー。まずは水だねー」
「ふあ…ケプナスが、燃えているのです…」
それを聞き、シアルはケプナスの額に手を当てる。
「熱っ。ハプ、体温計ある? 」
「あるよ、これ! 」
ハプが体温計をシアルに渡して、ケプナスの体温をはかる。
その小さな画面に表示されたデジタル数字には、「39.6℃」と書いてあった。
「39度6分…こりゃ重症だねー…ほんとにただの風邪? 」
「風邪なんてぇ、引いてないのですよ〜」
「よく言うよねー、こんな高熱で」
「ふあうあう、世界が回っているのです」
ケプナスは、クラっとシアルの腕の中に倒れ込み、目をかっと見開いた。
「ケプナス、めまいがするみたい! シアル、大変! 」
「これは、病院に連れていった方が懸命かもしれないねー。というか、連れて行くべき」
「びょ、びょういん! 」
ケプナスは瞬時的に、ガバッと起き上がった。
「いやいやなのです〜っ! 病院はぁ、注射されるからぁ、いたいたなのですぅ」
ケプナスはジタジタと暴れていたが、ハプとシアルはケプナスを浮遊術で浮かせた。そのまま、3人で病院へと向かった。もちろんハプは場所なんて知らないので、シアルについて行っただけ。
エイは、連盟に預かって貰っている。牢屋ではなく、ちゃんとした部屋で。
ぺリィとゆぴは自宅。
だから3人だ。それに、あまり大人数で病院に押しかけるなんて、迷惑でしかない。
「予約してないから、時間かかるかなー」
「穂羽、受け付け行ってくるね! 」
ハプは真っ直ぐに扉を開けて、受け付けへと進んだ。西洋風の屋敷のような建物だった。ひとまず受け付けを済ませ、並べられてあったソファに、3人は腰掛けた。
「ケプナス…いい加減に、暴れるのやめてっ。他の人の迷惑になっちゃうよ。穂羽、困ります」
「にゃのですぅ…」
◇◆◇◆◇
数分間待つと、 ケプナスの番号が呼ばれた。
「ふたりは、待っていて欲しいのですっ」
ケプナスはおかしいほど急にシャキッとして、1人で診察室へと歩いて行った。
「あっ、ケプナス」
ハプはついて行こうとするが、その頃にはもう、ケプナスは診察室へと入っていた。
◇◆◇◆◇
「よ、よろしくお願いしますなのです」
「はいはい、そんな畏まらなくていいから。そこ座って」
「注射、しないのですよね? 」
ケプナスは、細々とした声で尋ねる。相手は、ここ市立ソルビ市総合病院の院長。白衣に付けられた名札に、そう書いてあった。
「風邪の診察に注射するような医師は、もう一回最初から医学の全てを学んで来るべき。ついでに人間としての基本も。頭おかしいから。僕はケミキル・バント。ここの病院の院長やってる。今から君の診察するから、ちょっとまってて」
黒髪で、髪を2つに纏めている男性だった。目の色は赤。全身に白衣を着込んでいる。
ケミキル・バントと名乗った医師は、右手で両目を覆い隠し、その手を元に戻す。それから目を細めて、ケプナスの方を向いた。
「風邪。熱が39℃ある。咳、くしゃみ、鼻水の症状も。あと目眩ね。ちょっと酷いけど、普通の風邪だから安心して大丈夫。それと…」
「よ、良かったのです…。じゃあ、帰るのです」
「待て」
「な、なんなので…すっ!? 」
ケプナスが振り向くと、その瞬間、首元に1本のメスが突きつけられた。
「動くか、叫んだりしたら、このまま頸動脈切るから。君、スルーリー家らしいね。だから殺す」
「こ、殺す!? …は、そ、そんなことできるはずがないのです…ケプナス様は、お前が、言ったように、スルーリー家…あの、プーリル・スルーリーの子孫…お前に、負けるはず…」
「君は僕には勝てない、それを僕は知っている。『遊び』の固有魔法じゃ、どう足掻いてもこの場は逃れられない。攻撃力、防御力、HP…全てのステータスの平均において、君は僕より弱いはずだ」
メスを突きつけたままで、下から見上げるようにニヤリと笑うケミキル。ケプナスは汗を流し、今の状況を必死に整理しようとする。
1枚の扉を挟んだ待合室で、シアルとハプは、ケプナスの帰りを待ちながら、小声でちょっとした雑談をしていた。
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