ページ51『覚醒の刻』

「はじめまして、ナル・キャリソン。穂羽の名前は笹野穂羽。穂羽は、ここで、貴方を倒します。」



___穂羽、覚醒。



笹野穂羽は、ハプ・スルーリーの仮面を破った。

大切な人々の、優しい言葉で。

かけられたその言霊は、優しく、優しく、仮面の表面を削り落として行った。


___紡は言った。

穂羽は、穂羽のままでいいと。ハプだとしても、それは穂羽であると。

穂羽は穂羽のままで、楽に、好きなように、生きればいいんだと。


___律紀は言った。

『笹野穂羽』が、自分の娘が、好きで、好きで、大好きだと。

『ハプ・スルーリー』ではなく、『笹野穂羽』が、好きだ、と。


___柚希は言った。

穂羽だとわかると。何となく、わかると。ハプにも、穂羽の面影があると。

逃げるな、立ち向かえと。それが出来ない弱虫なんて、やっぱり嫌いなんだと。

せめて立ち向かおうと、しろと。


___美愛は言った。

自分の方が謝りたいと。悪いのは穂羽なのに、穂羽だと思っていたのに、謝った。自分が悪かったと。守れなくてごめん、と。

なのに、ずっと、好きだと言った。穂羽をずっと、好きだと言った。そして、穂羽を呼んだ。出てきて、と。そして言った。

ありがとうと。


『穂羽ちゃんは弱くない。

優しいってことは、強いってこと。』



その一つ一つの言葉は、集まって、集まって。逃げて隠れていた穂羽の心を、ゆっくり、ゆっくりと励ました。

ゆっくりと仮面を剥がし、ゆっくりと仮面を壊し。

ゆっくりと穂羽を連れ出した。



「穂羽はもう、逃げないから。」


「…よく、分からない…っの!」



穂羽は決意を示した目で、炎を揺らがす。

その目にも、真っ赤に燃える炎が映っていた。

ナルはハプに話しかけながら、2本のタガーを突き出して高く飛び上がる。



「あの高さなら、上手く着地出来なかったら大怪我するはず…!できるだけそんなことしたくないけど…!」



穂羽は浮遊術を利用し、ナルに向かって勢いよく飛び上がる。浮遊術を半分自分にかけた状態で飛び上がることで、半重力に近い状態になり、軽く飛び上がることが出来る。

その途中でフライパンを浮遊術で浮かばせ、それを土台としてジャンプし、ナルの足に体当たりした。



「っ!」



ナルは勢いよく自己犠牲前提でぶつかってきたハプを避けようとするが、脚にハプが直撃し、ひっくり返った状態で墜落していく。

ハプは必死に浮遊術でブレーキをかけて、その場で浮かびながらゆっくりと着地する。

ナルは必死に着地しようとするが、手をついてふらつきながらの着地となった。



「ったたぁ…。痛いの…。お前、こんな傷つけるようなこと、するようなやつだったの…?」


「やっぱり…。」



穂羽は目を細め、ナルを見つめる。

ナルは初め、高く飛んでいた。ジャンプして。それから落ちる時も、そのままでバランスを取ろうともがいた。

つまり、ナルは、浮遊術が使えない。



「空中戦に持ち込めば…!魔力の消費量を少なくするには、半浮遊術を使って、半無重力状態にする。それからフライパンを土台にして、空中戦っ!」



穂羽は浮遊術を発動する。それから飛び上がり、浮かしたフライパンに乗る。浮かす対象の体積が小さい方が、魔力の消費量は少なくなる。

相手の体力は分からないが、耐久戦に持ち込まれた場合、魔力の消費量を少なく、魔力の維持を長引かせた方の勝ちだ。

穂羽は息を吸い込む。



「こっこまーでおーいで!」



ナルに挑発は効かない。ナルはリナのこと以外に関しては、全く動じることの無い無感情、無関心な人間だ。

しかし、浮遊術の使えないナル相手に1体1の戦闘をする場合、空中戦が絶対条件。

ほとんど地上に降りることなく、空中で戦闘を交えたい。



◆◇◆◇◆



「相手が飛んでいるからと言って、飛ぶ必要は無いの。地上からだと多少なりと不利になるけど、絶対に勝てない訳では無いの。」



ナルもまた、穂羽の狙いを読み解き、戦術を編み出す。

自分は浮遊術が苦手だ、できたとしても数秒間、魔力の消費量も半端じゃない。

地上と上空では、上空の方が移動範囲が広く、地上のナルは不利になる。しかし、無駄に不出来な浮遊術を使い、魔力を多く消費し、攻撃、防御共に素人並に陥ることは必ず避けたい状況だ。その方が、よっぽど自分を追い込む状況を作られてしまう。



「それなら、肉体強化術でジャンプ力を上げながら、地上から攻撃する方がよっぽど利点は大きいの。」



ナルはゆぴと、酷似した存在。星4以上の貴族でありながら、固有魔法と固有能力、両方を持たない者。

持ち合わせの魔力量も低めであり、魔術師としての武器も何も無い。

初歩的な魔術、やはりそれは浮遊術と肉体強化術だ。そのふたつは魔力の消費量も少なく、簡単にすることが出来る。

ゆぴの場合、その浮遊術を得意とする。

しかし、ナルは浮遊術はできない。そして、得意なのが、肉体強化術だ。



「浮遊術が苦手なのは痛いけど、ナルの武器は接近戦向けなの。過去の声によって精神的に壊し、肉体強化術をかけた状態で接近戦に持ち込めば、絶対に勝てたの。」



ナルは高くジャンプし、反り返りながら穂羽に向かう。



「勝てていた、はずだったの___!」



でも、ハプは、穂羽は。



「過去の声で覚醒する人なんて、初めて見たの___ッ!」



被っていた仮面を剥がされ、完全に自我を取り戻した。そして、ハプであった頃の躊躇いは無くなり、より、精神が強くなった。

精神が強くなることにより、想像力によって変化する魔術の制度も上がり、穂羽は覚醒を遂げたのだ。



「なら、穂羽が初めてなんだね!やった、1等賞っ!」



穂羽は叫び、炎を次々にナルに飛ばす。ハプの周りが炎で紅に染まり、ナルは上空から雨のように降り注いでくる炎をシールドである程度防ぎながらその間を切り抜けてゆく。



「それは間違いないの。でも、今度は…っ!景品なんてないのっ!」



ナルは飛躍。タガーを突き出してハプの背後から回り込み、突き刺そうとする。

穂羽は気がついて咄嗟に避けようとするが、その素早いスピードに遅れを取り、片方の髪が一部分切れて地上へ落ちて行った。

穂羽はもう少し避けるのが遅かったらと考えると、背筋を怖気が走っていった。



「ちっ、逃がしたの。」


「美愛ちゃん達の声を聞いたのに、そう簡単にやられるなんて無責任なことできませんっ!」



穂羽はフライパンから炎を出し、それを思いっきり背後に回す。

それから遠心力をかけて、下に着地しようとするナルを熱々のフライパンでぶっ叩いた。



「アッツアツの激アツフライパンをプレゼント!なんにもお料理しないけどね!良い子は真似しちゃいけません!」


「痛いの…。やめて欲しいの。火傷したらどうするの。」



ナルも反撃するためにタガーを構えて屈む。穂羽も繰り返し炎を操り、フライパンを構える。

ナルはいつもなら、ツアー後の『お客様』はすぐに始末し、自分のことや魔術神秘教団のことが世間に知られないようにしているのに、今回はそれが出来ない。

それにより、ナルは少しばかり焦り、普段よりすばしっこい動きができるようになっている。

それに対して、ハプも。ハプは穂羽となり覚醒し、『悪を罰する』ことに対する躊躇が消えている。それにより本来の力を発揮することができるようになっている。

両サイド覚醒の1体1の一騎打ち。


___激戦の、開幕だった。



一方別の場所では、その激戦を終幕させるきっかけが、着々と積み上げられてきた。

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