ページ33『異世界の魔術の『物語』』

ケプナスは何処。ケプナスは何処。ケプナスはそこには居なかった。



「ケプナス...?居ないの...?」



その真っ白な、無垢な空間で、ハプはその名を呼んだ。しかしどれだけ歩いても、歩き回っても、呼んでも、探しても、叫んでも。ケプナスはそこには居なかった。

ハプがそんなことをしている間、その『箱』の中央の人物は、ずっと俯いたままだった。

俯いていて顔は見えなかったが、黒髪で髪はボサボサで、濁った白の布をそのまま被っているようだった。

性別は分からないが、おそらく子供。ハプはケプナスのことを聞き出せるかと思い、その人に声をかけた。



「...ねえ、君。ケプナス、知らない?」



ハプは声をかけるが、相手は返事をしない。ずっと俯いたまま、動かなかった。ハプはそれから気がついていないのかと思い、もう一度言った。



「ねぇ!ケプナス!知らない!?」



思いっきり叫ぶと、その密閉された空間の中で声が反響し、耳が痛くなった。しかし相手は微動だにしない。ハプは不思議に思い、その子をつついた。

するとそこで初めてその子は気が付き、驚いたように飛び上がった。黒髪で前髪が長く、右目が髪で隠れていて、黒い目の子供だった。



「...うわ、気づかなかった...。」



その子は驚いてそう言って、ちゃんと立ち上がった。それからハプをじっと見つめていた。



「え、えと...どう、したの?」


「気づかなかった。」


「う、うん。そんなことも、ある...んじゃない?」



ハプはそう言ったが、普通に考えるとおかしい。何分も前からハプはここに居て、あんなに叫んで、あんなに声をかけて、あんなに歩き回っていたのに。この子は、本当に何も気がついていなかったのだ。



「ねぇ、キミ、なんて言うの?」



その子はもう一度口を開き、簡潔にハプにそれだけを聞いた。ハプは不思議そうな目でその子を見つめ、答える。



「ハプ。ハプ・スルーリーって、言うの。君の、お名前は?」


「エイ。エイって言うの。それだけ。ハプ、ちょっとそのままそこに居て。エイ後ろ向くから。」


「エイ...?ちゃん、でいいのかな?エイくん?」


「わかんない。エイはエイ。それだけ。ねぇねぇ、ハプ。エイ、後ろ向く。待ってて。」



そう言って【エイ】と名乗る子供は、ハプに背を向けた。



「それで、エイ。何がしたいの...?」


「...。」


「エイ?ねぇねぇ、返事して?」



ハプはエイに声をかけるが、何も返事は帰ってこなかった。



「ねえ、エイってば。」



ハプは声をかけるが、やはり返事はない。



「ねぇハプどこ?どこにいるの?」



それどころか、エイは手を前に出したり横に出したりして、手探りでハプを探し、呼んでいた。

それから手を元に戻して、声のトーンを変えて言った。



「――認識できない。」

「ハプ、エイの視界に入ってきて。」



そう言われるがまま、ハプはエイの目の前に歩いていった。



「...ハプ。」


「...なぁに、エイ。ねぇ、どうしちゃったの...?」



するとエイは俯き、ゆっくりと顔を上げながら、声色を変え、ゆっくりと。



「認識できない。なぜかな?ハプ...キミはボクに何をした?」



ハプはエイと目を合わせ、その言葉を聞き、背筋がゾッとした。エイの声色も、顔も、言っていることも、怖いものではなかった。しかし、ハプは恐れた、怯えた。

それは他でもない、エイから発せられる魔力のせいだった。

その時、エイの足から後ろに、影のように膨大な魔力があった。

その魔力は部屋に充満し、怖くなくても、身体が勝手に怖がるような、そんな魔力だった。

その魔力は怪物のように、ハプに襲いかかって来るようだった。

しかし、エイはそれに気がついておらず、ただただハプを見つめていた。



「な、んの、こと...?」



ハプは震えて、か細い声で、怯えながら答えた。



「エイ、ハプを認識できない。こうやって見てないと、触れてないと、感知できない。」



エイはそう言いながら、上目遣いでジリジリとハプに迫ってきた。ハプは自然に体が動き、後ろに下がって行った。



「この【世界ストーリー】で【読者】であるエイが認識出来ないのは【さくしゃ】か、もしくは...。」



エイは1人でブツブツと呟き、考え事をしていた。その間に落ち着いたのだろうか。エイの発していた魔力は引いて行った。


エイが考えている間、ハプもまた、考え事をしていた。

ストーリー?読者?作者?認識できない?エイは何を言っているのだろうか。ハプにはその子の言っている意味が理解できなかった。

エイは、一体...。


そう考えていると、エイは気がついたように飛び上がり、ハプに顔を向けて言った。

笑顔で、無邪気で、明るい声だった。

しかし、ハプはその言葉を聞いた時、有り得ないという衝動に包まれた。

エイは無邪気に、口を開いて言った。



「ハプ、キミ、この【世界ストーリー】の【住人キャラクター】じゃないね!」


「――え?」



ハプは、困惑した顔になった。



「ハプ、分からない?ならエイ、もっかい言う。キミ、この【世界ストーリー】の【住人キャラクター】じゃないでしょ。つまり!【異世界べつさくひん】の【住人キャラクター】ってコトコト!」



ハプはそれを聞いても、まだ理解できなかった。するとエイは少し困り顔になり、閃いたように言った‪。



「キミ、この世界の人間じゃない!」


「...」



即座に理解することなんて、できなかった。理解にはしばらくの時間がかかった。

エイの言葉の意味を頭の中で整理することに。



「...ど、どういう、こと?」


「そのままの意味。」


「エイ、何を...。」


「ほんと。」


「...」


「だって、エイが干渉できない。ハプ、認識できない。だから。上位存在の部類ではないはず。だから、キミ、別世界の人。そうじゃ、ないの?エイはそう思うな。ここは、『物語』の世界だから。キミたちはただ、キャラクターとして、楽しませてるだけ。君が主人公だったら、そうだね。」



ハプは目を見開き、有り得ないという衝動に駆られていた。

それから、エイは言った。



「異世界で仲間と共に、魔術で色んなことをしていく物語...異世界・魔術物語かな。」

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