第9話 改造人間サマーン~探偵物語変~

俺は、走っていた。

狭い路地を、ひたすら、逃げる男を追って。

男の名は、伊丹 清二。

23才の、ろくでなし、だった。

15才で人を傷つけ少年院に入って、以来、ずっと、出たり入ったりを繰り返して、着実に犯罪歴を更新しているような奴だった。

今。

なぜ、俺は、この男を追っているのか、というと、それは、ちょっとした理由があった。


全ては、この二日前に始まった。

この日、バイト先の探偵事務所で、俺は、所長とお茶をしていた。

つまりは、暇だったわけだ。

「ナオナオは、彼女、いたりするの?」

所長が、俺に、手作りのシフォンケーキをすすめながら言ったので、俺は、言った。

「いえ、いません」

「あら、そうなんだ」

所長が、くねくねしながら、上目使いで俺を見て言った。

「もしかして、そっちの方が、いい人かしら?」

「ええっ?」

俺は、ぎくりとしながらも、激しく否定した。

「ち、違いますよ。俺は、いたって普通の女好きです」

「あら、そうなの」

そのとき、電話が鳴った。

所長が、デスクの上の電話をとって、言った。

「こちら、宇佐美探偵事務所。あらっ」

所長の声がワントーン高くなった。

相手は、男前に違いない。

「中島先生じゃないの、お久しぶり」


中島先生こと、中島 達也は、うちの事務所に時々、どうでもいいようなことを依頼してくる中堅の弁護士だった。

今回の依頼は。

「駆け落ちしたお嬢さんを連れ戻してほしいんですって」

所長が嬉しげに言った。

「さぁ、仕事よ。ワトソン君」


というわけで、俺と所長は、中島さんに依頼をしてきた親の情報をもとに聞き込みを開始した。

俺たちは、娘とやらの友人とか言う連中にいろいろきいて、最近できたという彼氏の住所を割り出した。

あまりにも、簡単に終了しそうだったので、俺は、ホッとしていた。

二人がどこか遠い異国にでも旅立っていなくて幸いだった。


俺たちは、男の家へと向かった。

そこは、俺の住んでいるハイツの近くのマンションの一室だった。

伊丹 清二は、絵に描いたようなろくでなし、だった。

そして、何より、孤独な男だった。

友人もいなければ、親兄弟もいない。

この世界の誰からも、忘れられたような男だった。

その、少女を除いては。


少女は、家出して暮らすうちに、援交の真似事をするようになったのだという。

伊丹も、最初は、ただの客の内の一人だったらしい。

だが。

どうしたことか、少女は、思ってしまった。

この男を、自分なら救えるのだ、と。


しかし、男は、自分のもとに来た少女を風俗で働かして金を貢がせていた。

「許せないっすね」

俺は、所長に言った。

「最低の輩ですね」

「そうね」

所長は、タバコをふかしながら、言った。

「奴は、最低の男、ね」


俺たちは、奴の家の呼び鈴を押して、現れた伊丹に言った。

「女を返してもらう。拒めば、誘拐として警察に訴えると彼女の両親は、言っている」

俺たちが言うのを、伊丹は、黙って聞いていたが、やがて、俺たちをふりきって、逃げ出した。

部屋に入っていった所長が叫んだ。

「ワトソン君、そいつを捕まえて!」


そういうわけで、俺は、男を追っていた。

俺は、このとき、初めて、改造人間としての自分の能力に感謝した。

俺は、楽々、伊丹の奴に、追い付き、奴を捕らえた。


伊丹は、所長の知り合いの刑事の手で逮捕されることとなった。

罪名は、殺人。

「今度は、ちょっとばかり長いお勤めになりそうね」

所長が、タバコを吸いながら言った。


バイトから帰ると、兄貴が俺に言った。

「サマーン、喜べ!お前のデビューの日が決まったぞ!」

「デビュー?」

俺がきくと、兄貴は、頷いた。

「ヒーローとして、この世界に名を刻む最初の仕事、だ」


それは、公園で仕事帰りのOLを悪の組織手下が襲うのを救い出すというものだった。


「さあ!心の準備は、いいか、サマーン」

浮き足立っている兄貴たちを前に、俺は、自分が救えなかった少女のことを考えていた。

あの子を。

救うヒーローは、何処にもいなかったんだ。

「正義の味方、か」

俺は、言った。

「俺は、ただの人間、だ」

「直之」

兄貴が俺の名を呼んだ。

「いいことを教えてやる。無事に、女を救ったあかつきには、その女をお前の好きなようにしても、かまわないからな」

「好きなように、って?」

俺がきくと、兄貴は、真顔で言った。

「電話番号を交換するとか、近所のホテルに連れ込むとか、お前の自由だ」

「はいはい 」

俺は、言った。

「わかりましたよ、団長」

俺は、考えていた。

もしも、俺が、本物のヒーローだったなら、あの子を救えたのだろうかと。





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