第39話 stay with me ①
エーリカ バル サバール。エーリカが名前、バルは家名、サバールは氏族名。森エルフのサバール氏族、バル家の長女、それが私だ。バル家はサバール氏族の族長の家系で、今も祖父が族長を務めている。
私は、アースラ大陸の西北にあるエルム大森林にあるサバール氏族を中心とする、比較的大きな村に両親、妹、弟の5人で暮らしている。いや、最早それは過去形で、私は今、妹のユーリカと一緒に近くの山に狩りに出たつもりが、全く知らない場所に来てしまっている。
狩場で急に強い魔力を帯びた深い霧に包まれ、霧が晴れたと思ったら、明らかにエルム大森林ではない山の中にいたのだ。ユーリカと離れていなくて本当に良かった。
陽は傾き、夜の暗闇の中。自分達がどこにいるのか全くわからない。木々の深い山中にいるのはわかるけど、馴染みのない森、知らない木々の匂い、見た事のない星座、一つしかない月。
「どうやら別の世界に来ちゃったみたいだね、お姉ちゃん。」
ユーリカのあまり危機感の無い声に怖くなり、ぞくっとした。妹はちょっとボーっとしたところはあるけど、ここ一番という時の勘が人一倍鋭く、外れた事が無いのだ。という事は、考えるのも恐いけど、私達はユーリカの言う通り何故か別の世界、つまり異世界に来てしまっている事になる。
何という事だろう。それでは、もう、妹以外の家族にも親戚にも友達にも会うことが叶わないし、ちょっとだけ憧れた従兄弟のアルフレッド兄さんとも会えないのだ。もっとも、アルフレッド兄さんは私の気持ちを裏切って別の村の名家の娘と婚約したから、もう会えなくてもいいのだけれど。
「まぁ、まぁ、お姉ちゃん。嘆いても何も始まらないよ。取り敢えず道はあるようだから、人里を探そうよ。」
そう妹に言われ、励まされる姉である私。そうだ、嘆いてもお腹が空くだけだ。前に進まないと。幸い装備もあるし、携帯した保存食も少しある。それに、ここでも魔法は難なく使えそうだった。これでも、私とユーリカは魔法も弓も剣術も、実力は村でもトップクラスなのだ。きっと何とかなるだろう。
気持ちを切り替え、私はユーリカと魔力を感じない不思議な外灯が照らす、黒くて真っ平な道を歩き出した。この道が故郷の山道と違って本当に歩き易かったのが幸いだった。
すると、幾らも歩かないうちに誰かが複数の魔物と戦っている気配が。
「どうする、お姉ちゃん?」
「誰かいるって事だよね。行ってみよう。」
「うん。」
その気配の元へ行ってみると、そこには短剣のような武器を構える二人の若い男性が、二体のゴブリンウォーリアと対峙していた。その周りには一体のゴブリンキングを含む夥しいゴブリンの死骸が転がっていた。この二人の男性が倒したのなら、彼等には中級冒険者以上の実力がある事になる訳だけど、二体のゴブリンウォーリア相手にあの武器だけでは極めて不利だ。ここは私とユーリカでゴブリンウォーリアを倒して、彼等を助けなくちゃ。恩も売っておきたいしね。
「ユーリカ 、" 光の矢 " でゴブリンウォーリアをやっつけるよ!」
「わかったよ、お姉ちゃん。」
私達は得意な光魔法 " 光の矢 " で忽ち二体のゴブリンウォーリアを屠った。二人の男性は、突然対峙していたゴブリンウォーリアが、どこからか攻撃を受けて倒れ、そして現れた私達に驚いていた。
私とユーリカが出会った二人の男性は、リュータとタケシ。この二人は学校の友達同士で、今は旅行中との事だった。二人は、まあ、何というか、タイプは違うけどそれぞれが美男子で。リュータはちょっと狼を想像させる野性的クールなタイプ、タケシは見るからに理知的クールなタイプだ。しかし、二人とも見た目に反してとても優しい。教養もあり、ゴブリンウォーリアを碌に魔法も使わずに倒してしまう程の強さがある。そして、何といっても二人とも、私達を見ても欲望の色を出さず、逆に私達を守ろうとしている事がとても好印象だ。意に反して異世界に来てしまい、右も左もわからない状態の私達。初めて出会ったヒト族がこの二人であった事は、私達にとって実に幸運だったと考えていいのだろう。多分。
リュータとタケシの話では、突然、この世界には存在しないゴブリンが現れて、襲ってきたのだという。また、この世界の技術だというテレビという動く絵が写し出される機械によると、この世界の各地で同じような現象が発生しているようだった。これは、私とユーリカがこの世界に来てしまった事と何か関係があるのかもしれない。まあ、その謎を解明する事も大切だけど、取り敢えず、私はユーリカを守って生きていく事が重要なわけだけど。
私達の世界も、この世界も、一体何がどうなってしまったのか。私は一体どうすれば良いのかわからなくて、もう泣きたいくらいだったけど、そんな時、リュータとタケシが私達に、自分達と一緒に行動しようと言ってくれたのだ。
それはとても有難い申し出だった。正直すぐにでもその差し出された彼等の手に縋りたかったけど、当然、そこは女の子としては警戒しなければならないものがある。保護の対価に何を要求されるのか。
今の私達には、それに見合う価値のある物は何も持っていない。所持品といえば、弓、剣、ナイフ、多少の装身具くらいだ。そして、私達は自分で言うのも何だけど見目麗しいエルフの女の子。何も持って無いとなれば、彼等に身体を要求されるかもしれない。
それでも、二人とも異世界で野垂れ死にするよりは遥かにマシだと言える。もし、そうなったら私が身体を張って犠牲になってでもユーリカを守らなきゃ。私は内心、そのように覚悟して彼等の申し出を受けた。
結果的に私の心配は杞憂に終わり、その覚悟は無駄なものとなった。リュータとタケシは実に紳士的で、献身的だったのだ。二人からは私達を気遣い、守ろうとする意志が強く感じられた。
「えーっ、お姉ちゃんそんな事考えていたの?」
リュータとタケシが席を外し、私とユーリカの二人になった時に、私が心配していた事を話すと、ユーリカはそう言って笑った。
「あの二人はそんなんじゃないよ。」
「だって、あんたはさっさと寝ちゃったじゃない!」
私はユーリカの、そのあっけらかんとした物言いに少々カチンとした。
「大丈夫だと思ったから眠ったんだよ。お姉ちゃんも眠っちゃってベッドに運ばれて、何もされなかったでしょ?」
「うん、まあ、ね。」
恥ずかしながら、私はリュータとタケシを完全には信用出来ず、一緒に不寝番をすると言いながら、結局、焚火の前でリュータに寄りかかって眠ってしまった、らしい。翌朝、目が覚めたら私は小屋の中のベッドで横になっていて、毛布が掛けられてあった。もちろん、着衣に乱れも無かった。あぁ、本当に恥ずかしいったら。
「あのね、お姉ちゃん。私達がタケシとリュータに出会えたのは、本当に運が良かったんだよ?あの二人といれば、多分、この先に何があっても大丈夫。逆に離れたら私達はきっと碌な事にならないからね。」
「う〜ん、あんたがそう言うのなら、そうなのかもしれないわね。」
碌な事にならないってどんな事なの?さらっと恐ろしい事を言う妹に内心戦慄しながら、その時は平静を装った。
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