第37話 月は無慈悲な夜の女王?①
今西大尉達の任務部隊が引き揚げ、避難民の最終グループが救助されていった。一時は300人以上いた人々も今では18人となっている。
その日、斎藤宮司から慰労会開催の提案があった。避難民に犠牲は出たものの、ここにいる皆が力を合わせて避難所としての役割を果たし終える事が出来たからという。皆が賛成したのは言うまでもなかった。
慰労会は、斎藤宮司の短めの挨拶の後、こんな時だからとアルコール無しの乾杯で始まり、宿坊の駒木夫妻心尽くしの料理と、歓談を楽しんだ。
因みに、残留した神社関係者は、その全員が齋党のメンバーなのだそうだ。
神職の畠山顕さん(60)は、大柄でずんぐりした体型と白毛総髪の外見がグリズリーのようだが、禰宜にして神社の重鎮。神道のみならず修験道や陰陽道にも造詣深い博学な方だ。奥さんはたまたま実家に帰っていて、今回の事態には合わなかったそうだ。
権禰宜の黒沢譲さん(24)は、渋谷にある神道系の大学を卒業して間も無い、平安貴公子然としたイケメン。しかし、その見た目に反して日本拳法三段らしい。
巫女の二人は姉妹で、お姉さんは渋谷綾音(24)さんで妹ちゃんは渋谷香菜(22)さん。綾音さんは黒髪ロングの眼鏡が似合う委員長タイプ。香菜さんも黒髪ロングたが、体育会系で頼れる先輩タイプで、二人とも美人だ。何故か俺とは話しもしてくれないが。
宿坊の駒木夫妻は、包丁一筋の寡黙で渋い壮年の旦那さんと、割烹料理屋の女将さんのように気っ風のいい奥さんで、宿坊を実質的に切りまわしているのは、この奥様なのだそうだ。
朝倉少尉が掴んだ情報によると、神職の黒沢さんと巫女の渋谷綾音さんは付き合っているとの事。流石は情報部、アンテナ高い、と言いたいところだが、まあ、女子同士の恋バナで聞き出したのだろう。
黒沢さんは綾音さんに満峰神社から脱出して欲しかったそうだが、綾音さんがそれを断固拒否。そこで二人は随分と揉めたが、綾音さんに「どんなに危険な状況でも、黒沢君と一緒に居たいの!」と言われて敢え無く轟沈。黒沢さんは綾音さんを「馬鹿だよ、君は。」と言って抱きしめてしまい、有耶無耶になってしまったのだという。まあ、何と言うべきか、ご馳走様というところか。
この二人は、慰労会では女子組に囲まれて根掘り葉掘り質問責めに会っていて、結局全部話す羽目になっていた。しかし、その時の黒沢さんの表情は、仕方なさを装いつつもまんざらでも無い感が漂い、何だかんだ言っても、結局話したかったんじゃないの?と思ってしまったが、別に悔しくなんかない。
慰労会は好評のうちに幕を閉じた。明日から忙しいし、風呂入ってもう寝るか?とはならない。俺にはこれから境内の夜間巡回が待っている。魔物の脅威が無くなった訳ではないからだ。
昨日までは陸軍の将兵、避難民の有志、俺達のパーティが協力して行っていたのだが、今夜からは俺達だけでやっていかなくてはならない。
神社関係者の方々は、神社と宿坊の維持管理や残留者の生活の面倒を見なくてはならないので忙しく、そこへ夜回りをやって、とはとても言えない。
夜間警戒は、境内を巡回して宿坊の防災センターで警戒するだけなので、大した労力では無いが、これが毎晩ともなると、流石に俺と斉藤だけでは疲労が溜まる。
日中は魔法や武術の修行はもとより、満峰山周辺の魔物狩りと異世界からの転移者の探索もしなければならず、これを今のパーティメンバーで行うには無理があり、完全な人手不足の状況だ。
このような状態では、とても女神様から託された頼み事を果たす事は出来ない。どうしたものか。
考えれば考える程、悪い方悪い方へと流れて悪循環に陥り煮詰まるので、俺は気持ちを切り替えるため自分に割り当てられている部屋には戻らず、一人宿坊から、宿坊前の広場に出て、外灯に照らされたベンチに腰かけた。
11月の奥秩父の夜空は澄み渡り、頭上には銀色に美しく輝く満月が俺を見下ろしている。そういえば中学生の頃、学校の図書館で『月は無慈悲な夜の女王』という古いアメリカのSF小説を読んだ事があった。もう内容は殆ど憶えていないが、今宵の女王陛下は、俺をどのように見ているのだろうか?
俺はベンチに腰かけたなまま深く溜息をつく。白い息を蒸気のように吐き出しながら、そんな取り留めのない事を考えていると、宿坊の玄関の方から玉砂利を踏み踏みこちらへ近づく足音が聞こえてきた。その歩き方、歩幅、醸し出す魔力から、それが誰だかわからない俺じゃない。
俺は何も気付かない振りをして、白い息を吐き続けると、後ろからふわっと、とてもいい香りがしたかと思うと、暖かい手のひらで両眼が塞がれた。
「だーれだ?」
「う〜ん、誰かな?どうも綺麗で、可愛い女の子っぽいな。」
「残念。綺麗で可愛い女の子なら結構いまーす。」
「じゃあ、金髪が綺麗なエルフの女の子で、結構手が早くて、すぐ泣くし、よく笑うし、」
「もう、そんなのはいいよ!」
「とても大事なエーリカさん?」
そう言ってそのまま真上を向くと、俺の両眼を覆っていた両手が外れてエーリカと目が合った。外灯の薄明かりでも頬が赤くなっているのがわかる。
「だっ、大事かどうかわからないけど、エーリカは当たり。」
俺が座っていたベンチから立ち上がると、エーリカは「はい、これ。」と言って一着の丹前を差し出した。
「リュータが一人で外に出て行くのが見えたから。いくら炎龍の加護があるからって、やっぱり体は冷やしちゃダメだよ。」
そういえば、Tシャツしか着ていなかった。炎龍の加護のせいか、寒さには強くなっている。
俺の身を心配してくれるエーリカの優しさに感動しつつ、ありがとうと言って受け取った丹前を羽織った。大して寒さを感じていたわけではなかったが、羽織った丹前の温もりに少しほっとした。
しかし、考えてみれば折角二人きりになれたシチュエーションだ。このまま宿坊に帰ってしまってはもったいない。俺は思い切ってエーリカに月夜の散歩に誘ってみた。天が与ふるを受けざるは、かえってその罰を受けるって言うしね。
「なあ、エーリカ、良かったらこのままちょっと歩かないか?月も綺麗な事だしさ。」
「いいよ、私もリュータに話したい事があるし。」
エーリカと月夜の散歩。だけど、話したい事って何だろう。
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