第35話 ピカレスク イナバ

「口の減らない餓鬼共ね!異世界の躾ってどうなってるのかしら?」


身体強化で聴覚も強化されているので、稲葉女史の腹立ち紛れの一言も良く聞き取れた。女性に対する不用意な発言だったが、俺は虎兄弟を咎めるつもりはない。あの女は、要するに俺達に銃を突きつけて自分達の実験動物になれと言っているのだ。多少罵るくらい可愛いものだろう。


流石に稲葉発言の不味さを悟ったか、敵(?)部隊の指揮官が前に出て、再び口を開いた。


「今西大尉、防大1期下の神崎です。お願いします。ここは引いてもらえませんか?大尉の報告やSNSの戦闘動画から、上は所謂 "魔法 " について防衛など多分野にわたって非常に有効であると認識しました。いずれ他国からの干渉も入ります。ですので、魔法能力者の早期確保は至上命題なのです。」


「彼等の意思は無視してか?彼等は日本国民なのだぞ。此方の彼女達にしたって異世界からの遭難者で、共に魔物から避難者を守って戦った仲間であり、俺達にとっても命の恩人だ。我が国は彼女達に、恩を仇で返そうというのか?」


今西大尉は更に続ける。


「魔法使いの確保にしても、こんな遣り方は無い。悪い事は言わん。ここは彼等に謝罪して出直して来い。」


「それが出来れば、苦労は無いんですよ。」


神崎指揮官が絞り出すように呻いた。


今西大尉と、あちらの神崎指揮官(階級わからず)は互いに譲らず、睨み合いが続く。今西大尉の任務部隊は撤収予定だったため、数名の警戒要員を除いて戦闘態勢にはなく、あちらは完全武装で俺達を包囲している。此方が不利な状態は変わらない。


すると、膠着したこの状態に苛立ったのか、稲葉女史が再び口を開いた。


「今西大尉、でしたっけ?私達も上のお墨付きでやってる事なのよ?あなたも軍人なら命令には従いなさい。」


これに反論したのが、我が親友にして、我等が誇る天才物理学士、斉藤 岳だ。


「先程からやたら、上、上、と言っているが、一体、どの辺の上が、どんな法に基づき、どんな権限があって、どんな命令が出ていて、我々は従う義務があるのか?教えて貰おうじゃないか!」


「上」。単に上位者という意味なのか、何かの隠語なのか。はたまた、上様となれば天下人を指したりもするが、どうもこの場合は、正規の命令系統に介入出来る、それこそ小説や漫画、映画に出て来るような影の実力者、支配者的な存在なのだろう。まあ、秘密結社だってあるのだから、そうした存在、人物、集団が有ってもおかしくないのかもしれないが。


もっとも、銃を突き付けておいて、言う事聞け!と言われて素直に聞くバカは居ないだろう。俺や斉藤ならまだしも、エーリカ、ユーリカ、サキ、ミア、ラミッド、アミッド、アックス、雪枝に北川さん。皆をモルモットにさせるわけにはいかない。


「俺達は日本国民であるから国への協力は惜しまない。そして、彼女達も異世界からこっちの世界に来てしまった以上、これからはこの国で生きて生きていかなければならない。だから、魔法や異世界からの情報を開示する事は吝かじゃないと言っている。だが、こうした扱いを受けるようでは自衛しなくてはならない。然るべき立場の人間が、然るべき法的根拠と礼節をもって、彼女達の安全を保障した上で協力を要請すべきだ。」


斉藤はエーリカ達の安全保障を魔法等の情報提供の条件としようとしたが、稲葉女史はハナっからそんな気は微塵も無かったようで、フンっと斉藤の言葉を鼻で笑った。


「あなた達、自分達の立場が理解出来てないようね。周りを見てみなさい。あなた達は完全武装した兵士達に包囲されているの。いくら魔法が使えても、その前に蜂の巣よ。能書きも御託も結構よ。私は話し合いにこんな山奥に来たわけじゃないの。あなた達に私の言う事聞けって、命令してるのよ。おわかり?」


稲葉女史はそう言って鼻息荒くドヤ顔しているが、俺はそこで素朴な疑問を投げかけてみた。


「包囲されているのは見ればわかるさ。だが、俺達が拒否したらどうするんだ?殺すのか?殺したら魔法も何も手に入らないんじゃないの?」


俺を睨む稲葉女史。人質でも取られていれば別だが、最初から俺達全員を包囲したものだから、今更だ。稲葉女史達が欲しいのは、俺達の身柄と情報だ。さあ、殺せ!となったら、逆に身動き取れなくなるのは包囲した側になるのだが、そこまで考えていなかったのかな?


この俺達を包囲する部隊。指揮系統がどうなっているのか、稲葉女史はやたらイキっているが、彼女は軍属ではあっても軍人ではないので、部隊の指揮権は無い。すると、当然神崎某さんが指揮官だが、この状況などうなのだろう。


神崎指揮官は、自分の指揮権を稲葉女史に壟断されている訳で、彼の釈然しない表情がそれを物語っている。おそらく、この作戦、というか任務の命令は、何処からか不明だ。それは秘密結社なのか、政府や軍内部の組織内組織なのか、外部の勢力なのか。


「今西大尉、あなたも軍人なら命令に従って下さい。」


神崎指揮官は、どこか懇願するように声を絞り出すと、それに対して今西大尉は、神崎指揮官を諭すように語りかける。


「逆に尋ねたい。俺は俺の上官からは何の命令も受けていない。なのに急に現れた所属も命令系統も不明で、階級も定かではない者の指揮下に入る訳にはいかない。貴様も軍人ならわかるだろう?指揮命令系統から外れた軍隊は、既にそれは軍隊ではなく、反乱軍、武装勢力若しくは匪賊とでも言うべき存在だぞ。お前達はそんな不名誉な存在として名を汚し、残すのか?」


正論である。これにはぐうの音も出ないだろう。


今西大尉の言葉を聞いて、神崎指揮官も包囲部隊の兵士達も動揺している。そういう思念が伝わって来ている。


「何をしているの神崎大尉!そんな言葉に惑わされないで、さっさとあいつらを確保なさい。何なら、一人二人なら死なせても構わないから、やっておしまい!」


この女、ついに本性を現したな。今の状況に、結構焦っていると見た。


" リュウ "

'' わかった "


頃合いだ。斉藤から念話で次の促された。俺は指笛に強い魔力を込めて吹いた。


「ピィィィィィィイー」


すると、太陽を二つの黒い影が横切り、強い魔力を放ちながら、満峰山頂の上空を旋回した。


「あれは何だ?」


俺達を包囲する部隊の兵士達の驚く声聞こえる。

やがて、その影が降下し出し、地表に近づくにつれ、その姿が鮮明になると、


「ド、ドラゴン⁉︎」

「ドラゴンだと?」


包囲部隊の兵士達の動揺は更に強くなった。そう、その姿、二つの黒い影は紛れも無いドラゴン、番の火竜だ。


2頭の火竜は、上空でホバリングを続ける2機の大型ヘリにギリギリまで接近して翻弄し、慌ててヘリは退避して行った。そして、火竜の一頭は上空に留まり、もう一頭が俺達の背後にズドンと降り立つ。


『グワァォォォー!』


地表に降り立った火竜は、魔力を込めた咆哮を放った。


火竜を呼んだ後、すぐに俺は念話で仲間達と今西大尉達に耳を塞いで身構えるよう伝えている。しかし、俺達を包囲する部隊は火竜の咆哮により卒倒する者が続出。これで一気に形勢逆転、勝敗は決した。

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