第34話 オヨビでない奴②
その日は快晴で、日差しが眩しくも、秋風が心地よい。そんな午後だった。
最後の救助ヘリが飛来する時刻は、事前に連絡を受けていた。今西大尉達の任務部隊も共に撤収し、原隊へ戻る事となっていた。
今西大尉の部隊は、まだ、この満峰山周辺で訓練と情報収集を兼ねた長距離偵察を続けていたが、報告しなければならない事が多くなり、本来業務も滞ってしまっているため、泣く泣く撤収準備に取り掛かっていた。今西大尉本人はまだまだここで魔法を修めて、魔物を狩りつつ、自らが考案した魔法特殊戦の研究と実践を続けたいそうだが、部下の皆さんは必ずしもそうではないだろうから、いい頃合いだろう。
予定時刻を30分程経過して陸軍の大型ヘリは飛来した。今回は部隊撤収もあるためか、大型ヘリが3機と多く、その内の1機がヘリポートに指定されている駐車場に着陸した。そして、その後部ハッチが開くと、完全武装の歩兵部隊がたちまち展開し、更に、上空でホバリングしている2機からは飛行ユニットを装備した空挺隊員が降下して、俺達を包囲した。
悪い予感ほど良く当たる。やっぱりこうなったか。
俺達を包囲した部隊は、当然俺達へ銃を向けている。俺は仲間全員に、分断されないため集まるよう念話で呼びかけた。
"朝倉少尉、これは一体どういう展開ですか?"
"わからない。私は何も聞いてないの "
朝倉少尉から伝わった念話には、明らかな動揺が窺えた。言語による会話とは違い、念話はその人の思考が直接伝えられるので、嘘はつき難いのだ。彼女はおそらく、本当にこの事態についてい何も知らないのだろう。
"タケ"
"大丈夫、想定内だ。取り敢えず今西大尉の出方を見よう"
"わかった"
次いで、俺は今西大尉を見る。大尉は俺と目が合うと頷き、俺達を包囲する部隊へと歩き出した。
「特殊作戦群の今西大尉だ。これは一体どういう事だ?何故国民と友軍に銃を向ける?自分達が何をしているのか理解しているのか?指揮官をだせ!」
現代のヘリコプターのエンジンは、かつての様な爆音を生じさせない。なので、この辺り一帯には、ローターが風を切る微かな音がヒュンヒュンと響くのみ。今西大尉の声は良く通り、やがて兵士達の間から指揮官と思われる若い男性士官と、青い作業着に黒い防弾機能付きジャケットを羽織った30代と思しき女性(美人だけど性格キツそう)が現れた。
「任務お疲れ様でした。この後は我々が引き継ぎますので、今西大尉の部隊はこのまま撤収して下さい。」
その男性士官は、誠実そうな口調でそう言ったものの、その実、なんとも人を馬鹿にした論点ずらし。名乗りもしない名無しの士官は、今西大尉から尋ねられた事に対して、全く何も答えていない。要するに、答えられない後ろめたさがあるのだろう。
「貴様、俺を馬鹿にしているのか!氏名、階級、所属を言え。一体何処からの命令だ?」
名無しの男性士官は今西大尉からの詰問に、一瞬言葉が詰まり、躊躇しつつも、何か言おうとしていたところだったが、その後ろに控えていた正体不明の女性が、男性士官の前に出て、彼の発言を遮った。
「国防技術本部登戸生物科学研究所副所長の稲葉と言います。」
稲葉と名乗ったその女性は、右手の人差し指で眼鏡の右縁をクイっと押し上げると、更に喋り続ける。
「私がここに来た目的は、そこの彼等が使った "あの力 " 及びそっちの人類とは異なる女性達について調査するためです。こちらも手荒な手段は好みません。大人しく我々の研究に協力しなさい。」
この女は果たして正気なのだろうか?人に銃を突きつけといて、研究に協力しろとか。
「とても人に協力を求める態度とは思えない。俺達はあなた方の実験動物になる気は毛頭無い。一般常識学んで一昨日に来るがいい。」
斉藤が稲葉女史のふざけた "要請 " をバッサリ切り捨てた。当然であろう。
俺達も近い将来、どこかの政府機関や組織が接触を図って来る事は予想していた。俺も斉藤も日本国民である。国の未曾有の危機に協力する事も吝かではない。エーリカ達の人権を守り、身分を保障するならば、だが。
「おい、おばさん。お前なんかお呼びじゃねえんだよ!」
「帰れ、帰れ、糞ババア!」
ラミッドとアミッドも稲葉女史の不穏な発言に敏感に反応、暴発して子供らしい率直な口撃をお見舞いした。
当の稲葉女史はというと、斉藤と虎兄弟から罵倒され、恐ろしい表情でわなわなと全身を震わせている。
こうした強引な遣り方をするという事は、政府なり軍なりの俺達への正規な接触ではないという事だろう。
さて、相手の出方次第だが、降りかかる火の粉は払わなくてならない。目には目を、歯に歯をだ。こいつら、どうしてくれようか。
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