第31話 好き!好き?女神先生②

小学生の頃、家族から無視されて自宅に居場所の無かった俺は、放課後になると必修クラブや、委員会でもない限り、師匠の道場に直行したものだった。


俺が師匠に挨拶して道場に入ると、師匠が出してくれるおやつを食べて少し休憩。そして、道場の掃除や稽古の準備にかかった。


稽古が始まると、俺は稽古に参加しつつも師匠を手伝い、稽古終わりには道場の掃除をして帰宅した。


そして、帰宅すると、父はまだ帰宅していない事が多かった。母は俺の事など相手にしない割には、何故か俺の食事はいつも用意していてた。俺が痩せて栄養失調にでもなると虐待がバレるからか、食事を作る事で僅かでも俺との絆を保とうとしたのか、それはわからない。どちらにしても親の都合であり、俺にはどうでもいい話だ。


その夕食を食べ、シャワーを浴び、勉強してから寝る。それが俺の一日だった。


何故、こんな時にそんな事を思い出したかというと、あの頃、師匠の道場でおやつを食べながら、斉藤と師匠秘蔵変身ヒーローDVDを見るのが楽しみで。それが俺の変身ヒーロー好きの原点であるのだけど、とある主題歌の歌詞に "下手な真実なら知らない方がいい" という一節があるのだ。


今まさに俺はその状況にある。過去を回想したのはちょっとした現実逃避だ。


『さて、竜太君の心がどこから戻って来たようなので、説明を始めますね。』


女神様は俺の現実逃避に付き合ってくれたようだった。だが、その説明を聞いたら後戻りは叶わない。


魔物が現れてから、この世界は混乱と戦乱の世の中へと変わってしまった。まあ、それ以前がそうじゃないとは言えないが、魔物出現の直接間接的影響で多くの国が消滅し、多くの人々が犠牲となった。


酷い状況ではあるが、仮に、まさか俺にそんな世界を救え!とか言われても、勇者でも聖戦士でもないのに、出来るわけがない。


だが、いつまでもこんな俺の姿をエーリカに見せ続ける訳にもいかない。腹は括った。男なら惚れた女の前では虚勢でも、ハッタリでも格好つけなければならない時があるものだ。と思う。


「お願いします。」


女神様は微笑して頷くき、説明を始める。


『皆さんもなんとなくわかっていると思いますが、世界とは数多く存在します。この世界もその一つであり、エーリカさんとユーリカさんがいた世界もそうです。』


女神様は、よろしいですか?という感じで俺達を見回し、皆一斉に頷いた。


『では、それぞれの世界はどのように誕生したと思いますか?えーと、では、斉藤君わかりますか?』


斉藤は、女神様に指名され、うっと呻き、暫し考え、徐に答えた。


「私が思いますに、その時々の可能性によって、世界線が分かれ、変わる、そして新しい世界が出来上がる。という事ですか?」


凄い奴だ。よくそんな事が思いつくものだ。


『斉藤君。その回答、全くの正解ではないですが、お見事ですよ。』


『ここからは禁忌となりますから、心して聞いてください。決して他言してはなりませんよ?』


ゴクリ。俺が唾を飲み込むと、それが合図となったのか、皆、僅かに頷いた。


『そもそも、世界は宇宙の誕生と共に生まれました。世界とは時間、空間、物質から成り、始まりの世界は、当然一つでした。先程斉藤君が言ったように、当初、始まりの世界において大規模な物理現象が起きる毎に世界線は分かれ、更に分かれた世界で何かが起こり世界線が分かれ…、といった具合です。』

『一本の大きな木を想像してみて下さい。その幹が始まりの世界です。幹は伸びる程に枝が分かれます。その枝が始まりの世界から分かれた新たな世界、つまり並行世界となります。』


女神様の説明はとてもわかりやすい。俺には大きく、多くの枝を伸ばしている世界の大樹、という図が思い浮かんでいた。そういう宗教画もあったような。


「世界は並行に存在している、というわけではないのですね?」


斉藤の質問に、女神様は黙って頷く。


『仮に、ここではわかりやく "世界樹" と名付けましょうか。世界樹には数多くの枝があります。中には並行して伸びる枝もある事でしょう。見たわけではありませんが。』


うん、それは誰であっても見られないよね。


『幹から分かれた枝、そして、枝から更に分かれた枝。同じ枝から分かれた枝は、それらは当然同じ系統の世界となります。ですから、隣り合った世界が、それぞれ全く異なった世界となる事はありません。ですが、枝の生えた方向によっては、少々異なった世界同士が並行したり、或いは接触したりする、という事は十分にあり得るのです。』


例えば、俺達の世界のすぐ隣には、やはり哺乳類の知的生命体が科学文明を築いた世界が存在し、別の隣には、地球に隕石の衝突が無くて、爬虫類から進化した知的生命体が文明を築いた世界あり、という具合。全く想像もつかない這い寄る混沌的な世界は遠く遠く離れている、という事なのだろう。俺の理解では。


だが、アメリカの小説家が書いた何とかの叫び声、みたいな世界観があるくらいなので、もしかすると、いや、それ以上は止めておこう。


『ですので、私達の世界とエーリカさん達の世界とは、文明が少々異なっていますが、極めて近い位置関係にあるのです。部分的に重なり合っていて、過去には互いの住民や文物の交流がありました。魔物、妖怪、魔法。この世界では御伽噺の中にしか存在しないように思われても、人々の中にあり続けるのはそのためです。』


「では、かつてこの世界にも存在していた魔法文明が廃れてしまったのはどうしてなのですか?」


『先程、私は世界樹と言いましたね?』


そうでした。俺は「はい。」と返事して次の言葉を待つ。


『つまり、樹木の枝と同じように、世界樹の枝も時間とともに伸びて、枝同士の位置も変わるのです。そのため、次第にお互いの世界の接点が小さく、少なくなり、それぞれの世界は、それぞれの本来の姿に戻って行ったのでしょう。』


そして、この世界では科学文明が発達するとともに、魔法や魔術の類は否定された。魔術師や魔法使いは弾圧され、魔術を記した書物は焼かれたのは歴史が知らしめるところだ。また、地球の惑星レベルでの気象変動が、その傾向に拍車をかけたのだろう。


「あの、女神様。」


俺がそんな事を考えていると、今度はユーリカが女神様に問いかける。


「私と姉がエルム大森林で暮らしていた時、生活の中で魔王の事が話題にのぼる事は殆どありませんでした。魔王は魔族の王の意味であって、魔王国がヒト族や獣人族の国と戦争をする事はあっても、世界征服なんて企てた事は無いし、まして、別の世界を侵略するような存在ではなかったんです。なのに、私達エルフがエルム大森林に籠っている間に四つの大陸全てを征服するなんて。魔王にも、魔族にも、魔王国にもそれほどの力も技術も無かったはずなのです。一体、魔王に、魔族に何があったのでしょうか?」


この、たまに見せるユーリカの切れ者具合には本当に驚かされる。しかし、これが実際に魔王国と接していたエルム大森林の住民の生の疑問なんだと思う。


『魔王に、魔族に何があったのか、詳しくは知りません。ただ、向こうの世界で起きた事は紛れも無い事実であり、今、この世界で起きている事もまた事実です。おそらくは魔王若しくは魔族に、そうした力、技術、知識を与えた "何か " がいるのでしょう。世界線を破る程の力を持った "何か" が。』


そこまで出来る "何か" とは、もう、ぶっちゃけ向こうの世界の神、それもかなり強い力を持つ神だと思う。それが、単体なのか、複数なのか?


それに、神だから慈悲深く、間違った事はしないとか、そんな訳は無い。ギリシャ神話の神々の例を出すまでも無く、神々もまた、愛し合い、争い合い、嫉妬し、憎み、裏切り、と人間とやってる事はさほど変わらない。力がある分タチが悪い。また、神々の中には、荒ぶる神もいれば、悪神、祟り神、邪神だっているのだ。


「それで、俺達が果たす役割とは何でしょうか?」


女神様の話の内容が恐ろしくなってきた俺は、もう、率直に尋ねた。知らなくて良い事は少ない方がいい。


『おやおや。竜太君はさっきまであんなにそれを聞くのを迷っていたようでしたが、どうしたのでしょうね?』


くっ、そういう事をエーリカの前で言うとか、


「女神様は少々お人が悪くあらせられますね。」


『まあ、私は人ではなく、神ですからね。』


じゃあ、この場合、「お神が悪いですね。」とでも?


『フフフ、まあ、使い走りを頼むのとは違いますからね。竜太君をからかうの程々にしておきましょうか。』


女神様は俺の心を見透かしたように笑ったが、次いで真顔になる。


『皆さんにお願いしたいのは、この地に暫く留まって欲しいというのが一つ。次に、これからこの地に多くの異界の人々が転移して来ます。彼等を保護して欲しいのです。そして、魔法の腕を上げて、異界からの侵略者をこの地から出さないようにして下さい。』


「「「「「 …… 」」」」」


『えーっ、そんな事?って、思いましたか?まさか、5人で世界を救え!とか?』


確かに、身構えた分、ちょっと拍子抜けしたのは確かだ。やっぱり、女神様は少々お神が悪くあらせられる。


『先程、私はこの日本が世界の要石だと言いましたね?東の都は霊的結界で守られたのは事実としても、この地に魔物を引きつけて都を外から守った事もまた事実。ですが、これらは一時的なもので、絶対ではありません。秩父、信濃、甲斐は東の都に突き付けられた刃である事に変わりはないのです。そして、いずれ、再び魔物はこの地より関東平野に溢れ出し、東の都を目指す事でしょう。』


魔物の大群が秩父盆地から荒川に沿って、或いは奥多摩から多摩川に沿って狂った様にさいたま市、そして東京を目指して暴走する光景が目に浮かんだ。


秩父や、奥多摩からのルート上の住民を予め避難させ、国防軍の総力を挙げて爆撃すれば東京を守る事が出来るだろうが、所詮は机上の空論だ。


『それが何時なのかはわかりません。ですが、残された時間は決して多くはありません。』


「魔王による2回目の襲撃があるという事ですね?」


斉藤の問い掛けを女神様は静かに頷いて肯定した。


9月にあった魔物の襲撃は、言ってみれば奇襲であり、幸い、日本、米国、英国、印度などでは成功しなかった。なので、魔王は更なる物量による力攻めを考えているのかもしれない。そうなれば棄兵どころか、本格的な侵略戦争だ。


『繰り返しますが、皆さんに世界を救えとか、そういう事ではありません。この地に留まり、魔法の腕を上げて魔物をこの地より出さないようにして欲しい。異界からの転移者を助けあげてほしい。それだけです。』


それだけって。それに暫く留まるってどれくらいだ?先程は少し拍子抜けしたが、これはこれで結構大変だ。


「リュータ、お願い。エルム大森林のみんなを助けて。」

「タケシ、私からもお願い。お父さんもお母さんも弟も助かるかもしれないの。」


俺は既に外堀が埋められている事実に気づいた。


斉藤と目が合う。奴はあまり感情を表情に出さないが、かすかに渋い表情をしている。


この女神様は強かだ。女神様が頼む俺達の、というか、俺と斉藤の役割とは、ここに留まって魔物が外に出ないよう戦い続ける、という事に他ならない。エルム大森林の住民保護は、いうなれば、エーリカとユーリカへの餌で、彼女達が食いつき、俺と斉藤が女神様の要求を断れないようにしたのだろう。彼女達をこの場に同行させたのも、おそらくはそのためだ。


女神様の、斉藤の、エーリカとユーリカの、朝倉少尉の視線が俺を刺す。その想いはそれぞれ異なるも、一様に "どうするのだ?" と俺に問うている。


「わかりました。女神様、謹んで承ります。」


『きっとそう言ってくれると思っていましたよ、竜太君。』


女神様はそう言って満足そうに微笑み、俺を見下ろしていた。



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