第28話 あぁ 女神さま

結局のところ、俺と斉藤は師匠の代わりにセットで秩父に送り込まれた訳だったが、その組織は師匠、若しくは俺達に何をさせたかったのか。斉藤も組織からは、俺を連れて9月15日に秩父へ行け、としか指示されていなかったそうだ。


まあ、そのおかげで随分と修羅場を潜る羽目になったわけだが、もしかしたら、師匠はそういう事も予想した上で、俺と斉藤を送り込んだのではないか?とも疑ってしまう。本当にあの人は底が知れない。


「差し支えなければ、その組織の名称を教えて欲しいのですが?」


斎藤宮司は、一瞬の逡巡の後に俺の問いに答えてくれた。


「我々の組織は、特に名前はないが、必要な場合では、我々は自らを《齋党(いつきとう)》と呼んでいる。」


齋藤さんの集まりだから《齋党》。これは駄洒落なのかと思ってしまったのは、ここだけの話。


それはさて置き、俺はここで一気にこの話の核心に迫った。


「それで、その齋党が俺達に一体何をさせようというのですか?」


俺に用があるなら俺だけを呼び出したはずだ。敢えて斉藤のみならず、エーリカとユーリカ、朝倉少尉までも同席している。


「いや、、今回こうして皆さんをお呼びしたのは、組織の思惑などではなく、この満峰神社のご祭神のご神託によるものなんだ。」

「「「ご神託?」」」


思わず全員でハモってしまった。


「ああ。つい一時間程前の事だった。御眷属様が神使として現れて、皆さん5人を拝殿に導くように伝えられたんだ。」


「何故なんでしょうか?」

「さあ、私には何とも言えない。それこそ、神のみぞ知る、だよ。」


肩をすくめてみせる斎藤宮司。そのドヤ顔、やめて欲しいです。ここは上手い事を言うような場面ではないのですが。まあ、宮司さんの人間味のあるところが見られて良しとすべきか。最初の印象が恐かったからね。


それから、再び斎藤宮司に案内されて、俺達は宿坊を出た。もう時刻は深夜に近い。常闇の中、境内の常夜燈だけが足元を照らし、参道を進む。


と、参道の脇に一頭の大きな狼が座っていた。そのちょこんとお座りしたような佇まいに、やや緊張気味の気持ちが和む。


「なんか可愛いね。」

「うん、撫でまわしたい。」


後ろから、そうささやき合うエーリカとユーリカの声が聞こえる。


狼は、くぁ〜っと欠伸をし、大きく伸びをして立ち上がると、俺達に振り向いて "付いて来い" と念話を送って来た。


「それでは、私の案内はここまでだ。これよりはあちらの御眷属様の後に続いて貰いたい。」


斎藤宮司はそう言うと、俺達と御眷属様に一礼し、元来た道を戻って行った。


俺達が互いに "どうする?" と顔を見合わせていると、"何をしている!早くついて来い!」と、再びイラついた感じで、再び御眷属様から思念が飛ぶ。


足元は暗く、転んだら大変なので(実は身体強化で暗闇もバッチリだが)俺は黙ってエーリカの手を取った。エーリカは何も言わずキュッと握り返し、俺達は互いの手を握り合ったまま歩き出す。斉藤はユーリカの手を取ったいるようだ。


すると、「私を一人にしないでください。」と言って朝倉少尉が、空いていた俺の左手を握ってきたため、俺はエーリカと朝倉少尉、二人の手を引いて歩くような形となった。何故か先を歩く御眷属様からは "ケッ" という思念が伝わって来たのだが。


拝殿の中には俺達の人数分の胡床が配され、驚いた事に本殿の扉が開け放たれていた。俺達が胡床に座ると、御眷属様は俺達には左前に座った。


すると、急に家鳴りと共に拝殿内の空気が一気に、一切身動きが出来ない程張り詰めた。


その尋常ならざる重圧は、まさに神威といえるもので、俺は知らず知らずのうちに頭を下げ、顔を伏せる格好となっていた。動けないのでわからないが、多分みんな同じだろう。



それからどれくらい時間が経過したものか。数秒であったかもしれず、もっとかもしれず。


不意に、俺の身体に掛かっていた重圧が解かれて身体が軽くなった。と言っても依然空気は張り詰めているので、容易に身動き出来ない事には変わらないが。


"来る!"


何か圧倒的な存在が俺達の前に顕現しようとしている。


『皆さん、面を上げて下さい。』


頭の中若く、美しく、そして神々しい女性の声が響いた。


ゆっくり顔を上げると、そこには開け放たれた本殿を背に、緋色の装束を纏った美しい女性が立っていた。艶のある長い黒髪、少しツリ気味の切れ長の両眼、スッと伸びた鼻梁、細めの形の良い唇。見惚れてしまう程の、神々しいまでの美しさ。そして、その頭にはサキと同じく狼の耳がピンと立って、その存在を主張していた。


そう、俺達の前には満峰神社の御祭神である女神(狼神)が顕現していた。

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