第11話 蜘蛛ですか、今度は
国道に出た斉藤の愛車パジェロ。燃料は充分にあり、車両に問題は無かったものの、順調な走り出しとはならなかった。道路上には放棄された車両が数台あり、横転して道を塞いでいるものもあったからだ。
斉藤は障害物となった車両を避けつつも、道を塞いでいるものは、俺が身体強化して移動させた。やはり、こうした時は魔法は本当に便利だと思う。
暫く進んだ先の道路沿いの民家は、破壊されて人気は無く、住民達は避難したのか、或いは殺されたのか。わざわざ家屋の中を確認する気は無いので、それはわからない。ただ、途中にあった老人ホームだけは内部を確認する事にした。
斉藤とユーリカは車に残り、エーリカが俺と一緒に来てくれた。開けっ放しの正面玄関から入ると、施設内は至る所が破壊されている。壁や床には乾いた血痕が付着して、ここで入居者達が魔物に殺戮された事が窺えた。しかし、不思議と死体は何処にも見当たらなかった。
「おそらくだけど、ここを襲った魔物は、ここの人達を他の場所に運んだと思うの。」
エーリカは、施設内に死体が無い事について、遠慮がちにそう見解を述べた。まあ、彼女は婉曲に運んで、と言ったけど、要は殺してからか、生きたままかわからないが、魔物共は入居者達を別の場所に運んで食べた、という事だろう。
この空間に残留している入居者達の思念が俺の意識の中に入り込んで来るのを感じる。安穏たるべき人生の冬の時代がこの様な終わり方となり、さぞ無念だっただろう、さぞ恐ろしかっただろう。だが、俺は魔物共に怒りを感じたものの、彼等の仇をとろうなどとは思わなかった。今は死者の事よりも、生きて生き続ける自分達の方が最優先だからだ。
俺は意識の中から死者の残留思念を追い出し、南無阿弥陀仏と唱えて老人ホームを後にした。
「リュータ、大丈夫?」
エーリカが俺を気遣うように声をかけてきた。
「ありがとう、大丈夫だよ。戻ろうか、ユーリカも心配するから。」
「うん。」
この老人ホームが秩父市街地から随分と離れているにもかかわらず魔物に襲われていた以上、満峰神社が奴等に襲われるのも時間の問題と言える。インターネットの情報では、未だ健在だったが、俺達も少し急いだ方がいいかもしれない。
また暫く進んだ先、荒川が大きく蛇行している国道沿い。この辺りは民家も多く、郵便局があり、対岸には秩父市役所の支所や図書館の分館などがある、秩父市と合併した旧大滝村の中心地だった地域だ。しかし、現在は人の気配は無く、建物の多くが魔物に破壊され、或いは火災により焼け落ちていた。住民達は避難出来ただろうか。
「リュータ、いい機会よ。ここで魔力感知してみて。」
「わかった。やってみる。」
魔力感知とは、周囲に魔力を放ち、それに反応する魔力を感知するというものだ。まあ、レーダーのようなものと考えればわかりやすい。
斉藤に停車させ、俺は助手席から下車して周囲に魔力を放出する。精神を集中させ、反応を待つ事暫し。
すると、俺の魔力に反発するような複数の魔力の反応が返って来た。
「エーリカ、この先からいくつかの反応があった。」
「そう、じゃあ魔物がいるって事ね。どうする?」
どうする?と言われても。ふと気がつくと3人の視線が俺に集まっている。えっ、俺が決めるのか?
しかし、そんな俺の戸惑いと疑問を吹き飛ばすように、前方の路地から人影が飛び出して来たのだ。
それは一見して子供のようであったが、ゴブリンではないようだ。強い魔物の気配は、その後から感じている。どうやら魔物に襲われているようだった。
「あっ、あの子、獣人だよ。」
ユーリカの指摘に、改めてその人影を見てみると、女の子であり、しかもその頭には何やら犬っぽい耳が付いていた。
「お姉ちゃん、私達以外にもこっちの世界に来た人がいたよ!」
「そうね。ねぇ、あの子を助けようよ。」
「わかった。」
俺は身体強化させて、一気にその獣人に少女の元へ駆け寄った。
「!!」
少女は急に現れた俺に驚いた様子だったが、俺は少女の前に出て、間も無く現れるであろう魔物に構えた。
「あなた、狼獣人ね?もう大丈夫よ。」
後から追いついたエーリカ達が、その狼獣人の少女(中学一年生くらいで、結構可愛い)を庇いながら安心させるように声をかけた。
「来ちゃダメ、早く逃げて!」
その少女が俺達に逃げるように言うと直ぐに、路地裏から強い魔力と共に上半身が人型で左右に8本の長い脚で立つ大きな馬程もある蜘蛛の魔物が立っていた。
「「アラクネ!」」
エルフ姉妹の声が重なった。
「リュータ、糸に気をつけて。」
「わかった。」
エーリカのアドバイス。やはり、蜘蛛ときたら糸の攻撃か。巻かれたら不味いという事だな。
「助けに来たからな、じっとしててくれ。」
狼獣人の少女はコクコクと頷いた。俺が少女を左肩に担ぐと同時に、アラクネは俺に向けて糸の奔流を放出させた。
「リュータ、危ない!」
エーリカの声が響く。
「炎よ!」
俺は自分達に向かって来る糸の奔流を、魔法で火炎を放出させて焼き尽くし、奴の攻撃を無効化させた。
俺はエーリカとユーリカに少女を任せると、俺達に近づくアラクネを改めて観察する。
そいつの上半身は成人男性のそれだ。着衣は無く、筋肉質で結構ゴツい。顔はゴブリンと違ってやや整っているが、魔物だけあって牙が生え、両眼は蜘蛛っぽく黒目だけ。長い槍を持ち、俺達に視線を向け、その表情は、多分合っていると思うけど、獲物が増えた事を喜んでニンマリと笑っている。
さて、奴の方は俺達を食う気満々というところで、逃す気は無さそうだ。それに、アラクネは目の前の奴だけでは無く、他にも離れた場所に数体の魔物の気配を感知している。
目の前の奴と他の魔物に合流されると厄介だ。ここは先に目の前の奴を仕留めての各個撃破するとしよう。
「仲間があいつらに囚われているの。早くしないと食べられちゃう。お願い、みんなを助けて!」
仲間の助けを請う狼獣人の少女。
「俺はリュータだ。君の名は?」
「サキ、私、サキです。」
サキちゃんというのか。可愛い名前だな。こんな時だから、口には出さなかったが。
「よし、サキちゃん。まずは目の前のアレから片付けようか?」
「はい!」
俺にとっての初めての魔法戦闘が今、始まろうとしていた。
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