第4話 めぐりあい
「一体、こいつらは何なんだ?」
俺はバンガロー前の広場に散らばる複数の死体を見降ろしながら、当然の疑問を口にした。すると斉藤は、下顎に右手を当てて考え込んで呟いた。
「身長は140㎝くらいか、体毛は無く、醜悪な顔で犬歯が発達してる。体幹、四肢は筋肉質で、皮膚は灰色若しくはやや黒みがかった灰色。不明確ながらも音声言語で相互にコミュニケーションを取り、道具も使いこなしていた。そして、性格は極めて攻撃的である、と。」
斉藤が考え込んでいる間は、俺が周囲の警戒を怠らない。
「明らかに人間ではない。仮に人間だとすると何らかの染色体異常か?」
斉藤の考察を聞きながら、少し焦ったくなった俺は、ズバリ言ってやった。
「いや、ゴブリンじゃねーか?どう見ても。」
「俺が一つ一つ事実を検証して結論を出そうとしていたのに、全く、お前ときたら。」
何故か文句を言われてしまったが、俺が悪いのだろうか?
俺達に襲いかかってきたそいつ等は、小説やアニメに出てくる魔物であるゴブリンそのものだ。何でこんなのが、秩父に、というかこの世界にいるのだろうか?もちろん、これは夢でも仮想現実でもなく、事実も事実だ。俺達は、今は無残な死体となって転がっているゴブリン共と死闘を演じたのだから。
今のところ、俺にはゴブリンを4体も殺したという事実に関して、恐怖感が湧くとか、嫌悪感から嘔吐するといった症状は何も起きていない。それは斉藤も同じようで、至って冷静で淡々としている。これも錬気道による精神修養の賜物と言えよう。
錬気道では、心の平安、平常心を重視している。体内の気を集中させるには平常心でなければならず、その為如何なる事態に於いても動揺せず、心の平安を保つ為の精神修養が稽古の中に採り入れられている。だから、俺も斉藤も、こうして旅行先でファンタジーな世界の魔物に襲われるという非常に非日常的な事態に遭遇したにもかかわらず、慌てず、冷静に対処する事が出来た。
さて、こいつらの正体がわかった(多分)ところで、この大量の死体をどうしたらいいのだろうか。明日になれば管理人が来るだろうし、警察に通報した方が良いのだろうか?そして、通報したとして、俺達は何らかの罪に問われるのだろうか?
そもそも、俺達は一方的にゴブリン共から殺す気満々に襲われたのであり、目の前に散らばっている死骸どもは、飽くまで自分達の身を守る為の正当防衛の結果なのだ。
しかし、この惨状を前にして、動画を録画していたわけでもなく、自分達の正当防衛をどのように証明したものか、はあ、なんか面倒くさくなってきた。いっそ埋めて、無かった事にしようか。
「「!!」」
と、俺達は同時に先程のゴブリン共とは比べ物にならない程の危険を察知した。
敵意、殺意のみならず、俺達に対する強い憎悪と思わず身構える程の威圧感が伝わって来る。
そして、先程ゴブリンが現れた木々の中から、「ぐるるる」という威嚇する様な低いうなり声と共に姿を見せたのは、ゴブリンを更に何倍にも大きくした様な姿の魔物が3体。中央の1体が一際大きく、左右の2体はそれより一回り小さい。
そいつ等3体とも、作りが雑な感じの大振りな剣を
持っていて、その戦闘力はゴブリンの比ではないだろう。こんな時、某漫画に出て来る相手の戦闘力が数値化されて表されるメガネがあれば便利なのだが。とりあえず、ゴブリンとの区別化の為、真ん中のゴブリンっぽくも、更に大きく強そうな個体をゴブリンキング、左右の2体をゴブリンウォーリアと呼ぶ事にする。
いずれにしろ、双方の単純な戦力差は3:2。俺達が非常に不利な状況で、彼奴らは仲間の復讐なのか俺達を殺る気満々だ。さて、どうしよう。俺は我が作戦参謀に問いかける。
「なあ、3:2だぞ。どうする?」
「彼奴らは自分達が優勢だと思っているだろう。ここは奇襲しかないな。」
奇襲、今更それが出来れば苦労は無いわけだが。やるしかないか。彼奴らは見た目はあんなだが、所詮は生き物なのだ。ならば、人間とそう変わらない、柔らかくて脆弱な弱点があるはず、と思う。
「じゃあ、俺がゴブリンキングの目を潰すから、タケはすかさずトドメを刺してくれ。その後は出たとこ勝負だ。」
「・・・わかった。頼むぞ。」
このやり取りで斉藤は上手くやってくれるだろう。伊達に小3からの付き合いではないのだ。その為にも、まず俺が一発でキメないといけないな。
俺は右手に持っていたスコップを思い切り、ただし気は込めずにゴブリンキングに投げつけると、一気に距離を詰めて右手でポケットから500円玉を取り出して思い切り気を込めた。そして、ゴブリンキングが投げ付けられたスコップを持っていた剣で払ってガラ空きになった顔面、その右眼に至近距離から気を込めた500円玉を右手の親指で弾き飛ばした。
「グワァー!!」
俺が弾き飛ばした500円玉は、正確にゴブリンキングの右眼を直撃して眼球を潰した。おそらく脳にまで達しただろう。ゴブリンキングは叫び声を上あげ、両手で右眼を押さえて、痛みと衝撃のため身を捩り、屈めた。そこへ俺と同じくゴブリンキングへ距離を詰めていた斉藤が、上段に構えたスコップを振り下ろし、身を屈めて無防備なゴブリンキングの頸部を後頸部から切断した。
この間、何秒くらいだったろうか?俺達のゴブリンキングへの奇襲は成功し、リーダー格であったゴブリンキングを倒す事が出来た。左右にいたゴブリンウォーリア共も、リーダーであり、最も強かったであろうゴブリンキングが、あまりに呆気なく倒され、驚愕のためか一瞬動きが止まった。
やがて、事態を理解したのか、ゴブリンウォーリア共は俺達に強烈な憎悪と殺意を向け、双方は再び対峙する形となった。
とはいえ、斉藤はスコップを構え直すも、俺はスコップを投げ付けたので長ものを失っており、ベルトにねじ込んである鉈を構えるしかない。一方のゴブリンウォーリア共は、既に驚愕から立ち直り、長大な剣を構えている。
ゴブリンキングを首尾良く討ち取ったはいいけれど、まだ、無傷で、剣を構えるゴブリンウォーリアが2体残っいるのだ。こいつらも確実に仕留めないと、俺達に明日は来ない。
ゴブリンウォーリア共も俺達の奇襲には既に警戒しているだろう。ここからは俺達とゴブリンウォーリア共との力と力、技と技によるガチンコ対決だ。
しかし、俺達とゴブリンウォーリア共、どちらからも先に仕掛けずに睨み合って対峙していると、数条の強烈な光の矢がゴブリンウォーリア共の胸部あたりを貫いた。一体、どうした事だろう。
ゴブリンウォーリア共は仰け反りながら倒れ、動かなくなった。おそらく2体とも絶命しているだろう。俺が斉藤をチラリと見ると、奴もわからん、とばかりに首を振った。なので、俺達は警戒を解かず、光の矢が放たれたであろう左の方向に目を向けた。
すると、そこにはキャンプ場の外灯の明かりが届かない暗闇の中に、2人の人影が浮かび上がっていた。その2人は、どのような技を使ったものかわからないが、2体もの強力な魔物を一撃で絶命させたのだ。結果的に俺達は助けられたのかもしれないが、まだ敵か味方が知れない状態で、安易に警戒を解くわけにはいかない。
俺達が半身を切ってそれぞれの得物を構えると、暗闇の中の2人が少し焦ったように話しかけてきた。
「待って、私達はあなた方の敵じゃないわ。話を聞いて。」
それは意外な事に、澄んだ可愛らしい少女の声だった。俺も斉藤も、この展開に咄嗟に返事が出来ず、暗闇の中の2人を見続けていると、こちらに向かって歩き出した2人の人影が、やがて外灯の明かりを浴びて、その姿を現した。
彼女達が歩みを進める毎に、外灯の明かりは彼女達の足元から徐々にその姿、その出で立ちを照らしだす。彼女達は茶色の膝下まであるブーツに白いズボンを履き、腰のベルトには左側に剣を帯びている。上衣は若草色のコート、その胸部は2人が女性である事を強く主張している。2人のうち、1人は肩まで伸ばした金髪、もう1人は同じく肩まで伸ばした銀髪。2人とも若く、その非常に整って美しい顔は、姉妹なのかとても似通っている。そして、彼女達の両耳は、というと、長くて尖っているのだ。
「エルフ?」
思わず呟いてしまったが、それを聞いた金髪の子が、我が意を得たりとばかりに喋りだした。
「そうよ、よく私達がエルフってわかったわね。こっちの世界にもエルフがいるのかしら?それより、あなた達はこっちの世界のヒト族でしょ?攻撃魔法を使わないで身体強化だけでゴブリンキングを倒すなんて大したものね?でも、もう私達がいるから大丈夫よ?って、ねえ、ちゃんと聞いてる?」
ゴブリン、ゴブリンウォーリア、ゴブリンキングと続き、今度はエルフの女の子とは。それにこっちの世界?ヒト族?魔法?エルフの女の子達はとても可愛いけど、一体どういう事なんだ?何が起こっている?
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