魔法修行者の救国戦記

仁井 義文

第1話 秩父まで何マイル?

「なあ、これお前の好きな曲じゃないか?」


俺は助手席から車を運転する友人の斉藤岳(さいとうたけし)にそう声をかけた。奴からの返事は特に期待していない。今朝から二泊三日の予定で始まった秩父への旅行。時間の経過と共に出発時の興奮もやや冷めて会話も滞りがちな中、ハンドルを握りながら眠そうにしている友人の眠気を醒ます必要があった。このままだとそのうち舟を漕ぎ出しそうだ。


車は斉藤が所有する三菱パジェロ。後部座席には自分達の荷物の他、キャンプ道具や食糧なんかも積んである。カーラジオのチューニングは埼玉FM。


「いい曲だよな。切ないけど。」


斉藤はうんうんと一人頷きながら好きな曲の感想をそう述べる。


「まあ、季節も夏の終わりだからな。この曲と秩父、まさにベストマッチ!」

「俺的には声優さんがカバーした方を聴きたいけどな。」


斉藤は随分と昔に流行ったこの曲がエンディングで使われたアニメの大ファンだ。特にヒロインである銀髪の女の子には小学生の頃から一筋で、当時は結婚したいとまで言っていたほどだった。今でも密かにそう思っているのかもしれない。


うん、上手い具合に会話も弾み、奴の眠気も醒めたようで良かった。自分の車じゃないとはいえ、せっかくの旅行で、しかもその初日に事故とか嫌だからね。


俺の名前は土方竜太(ひじかたりゅうた)という。埼玉県川越市の出身、22歳の大学4年生だ。身長は180㎝、体格は小学生の頃から空手を、中学高校と部活で剣道をやっていたので筋肉質で、割とでかい方。髪型はGIカット、顔は鋭いと言われる切れ長の二重、鼻梁は通っていて、悪くはないと思うのだが、恐いと言われる事もしばしば。


大学は八王子市にある若松大学に通っていて、日本史を専攻している。


そして、車を運転しているのは、この車の所有者にして俺の友人である斉藤岳(さいとうたけし)。斉藤は栗色の髪の毛を七三に分けた、理系だけに理知的なメガネイケメンだ。身長は俺よりやや低いが、こいつも小学生の頃から空手を習っているので身体は引き締まった細マッチョ。


俺と斉藤は小学3年からの付き合いだ。それは中学高校と続き、なんと大学まで一緒なのだ。もっとも、斉藤は理系で物理学専攻なので校舎が異なり、昔みたいに学校でつるむという事は無いが、こうしてプライベートではちょくちょく会っている。


今回の旅行は、斉藤の就職先が内定し、奴の心とスケジュールに余裕が出来たので、俺が内定祝いのイベントを企画したのがきっかけだった。因みに、斉藤の就職内定先は県内の私立高校の物理学教員で、斉藤の実家が県内最大手の進学予備校を経営しているのでいずれは奴が継ぐのだろう。


俺としてはよく行く大学近くの居酒屋で他の友人達と一緒に普段は注文しないような料理や酒でもてなそう、くらいの事を考えていたが、斉藤はそれでは旅行に行かないか?と逆に提案してきたのだ。


まあ、斉藤の内定祝いであり本人がそれがいいと言うのなら俺に否は無い。しかし、そこで斉藤が旅行と言い出したのは、口にこそ出さなかったものの、俺の生い立ちを慮っての事だろう。


俺は川越市内で両親と弟妹の5人で暮らしていた。しかし、弟が生まれてから何故か俺は両親に疎まれ始め、妹が生まれてからはそれが決定的になった。それが何故そうなったのか、家族と絶縁しているので今ではもう分からない。弟や妹を苛めたという事も無かった。むしろ俺は弟妹が生まれて嬉しかったのだ。


実家で暴力を振るわれる、暴言を吐かれるといった事は無く、食事を抜かれるといった事も無かった。ただただ両親は俺を疎み、弟妹と差をつけ、誕生日やクリスマスなども無くて、家族旅行では一人置いて行かれたものだった。 そうした訳で、俺には家に居場所が無く、放課後は図書館で勉強するか読書をして過ごしていた。


ところが、ある日、たまたま通りかかって覗き込んだ空手道場で、師匠の錬気術を見た事で全てが変わったのだ。その時師匠は因縁つけて押し込んで来た道場破りを騙るチンピラ共をデコピン一発で吹っ飛ばしてしまったのだ。誰にも負けない自分一人で生きていける力が欲しかった俺はそのまま師匠に土下座して頼み込んだ。掃除でも洗濯でもなんでもやるから月謝無しで弟子にして欲しと。


師匠はそんな俺を興味深そうにしげしげと見るや、あっさりと許可してくれた。その道場で斉藤とも出会ったので、俺は居場所と友人と生涯の師を得る事が出来たのだ。師匠には感謝してもしきれない。もし、あの時に師匠が受け入れてくれなかったら、俺の人生はかなり荒んだものになっていたかも知れない。


俺のそうした事情を十分すぎるほど承知している斉藤が、自分が旅行したいということにして俺を気兼ねの無い個人旅行に行かせてくれようとしたのかもしれない。何といっても、俺は林間学校、修学旅行と剣道部の大会(関東大会やインターハイ)・合宿くらいしか旅行らしきものを経験した事が無いのだ。


俺は、国防軍の短期現役予備士官養成課程受講による奨学金を受けており、大学卒業後は2年間の軍務に執かなければならなかった。そのため、就職活動などはする必要が無く、要は時間の余裕と割の良いアルバイトもして懐具合も良かったので斉藤の提案に一も二もなく乗ったのだ。


「えっ?秩父?」

「そう、秩父だ。」


じゃあどこへ行く?という事になった時に斉藤かの口から出た地名がそれだった。


確かに、そもそもが斉藤の内定祝いが主旨なので、奴が行きたい所に行くのが筋というものだ。それに、思い返してみると、俺は埼玉で育ちながら秩父に行った事が無かった。その手前の飯能の山に林間学校に行ったのがせいぜいだった。だから、俺は斉藤に異論が無いと言ったのだ。


「そうか、済まんな。一度聖地巡りをしたかったんだ。そうとなれば色々と調べなきゃいかんな。」


奴も喜んでくれたようでなによりで、俺も普段はクールな友人の意外な一面を垣間見られて得した気分だった。


ラジオからは既に次の曲が流れていた。その曲は俺達の母校の水泳部がモデルとなったドラマのエンディングで流れた曲だった。このFM局では、今日は埼玉が舞台のアニメやドラマの特集でもしているのだろうか?


俺達を乗せた三菱パジェロはその後も順調に走行し、やがて前方に正丸トンネルの入口が見えて来た。このトンネルの先には俺達の最初の目的地である秩父盆地が開けている、はずである。


「じゃあ、リュウはトンネルに入ったら出るまで息を止めてるのな。」

「んなことやるかよ!小学生じゃねーっての。」





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