《 第66話 サプライズ 》
その日の夜。
僕たちはラブーンにやってきた。
草花の香りを楽しみながらガーネットさんの実家へ向かう。
「12年も経つというのに、この町は変わらないな。広場の出店も残っているのか? ほら、魚の串焼きの……」
「ええ、同じところにあるわ。だけど店主が息子さんに代わったわ」
「あいつになにかあったのか?」
「近くの町に2号店を開いただけよ」
「そうか。では食べに行かねばな」
「きっと喜ぶわ。お父さんのことを心配してたもの」
「ドラミも食べに行きたいのだ……」
「そのときはご馳走しよう。もちろん坊主にもな」
「ありがとうございます! 楽しみです!」
アイス王国から帰るときは緊張しちゃって上手く話せなかったけど、昨日と今日で会話が弾み、オニキスさんと打ち解けてきた。
本当に嬉しいことだ。円満な交際に相手家族との良好な関係は欠かせないからね。
ガーネットさんのご両親と仲良くなれたし、僕が心配することはなにもない。
まだ僕の家族にガーネットさんを紹介してないけど、こんなに可愛い恋人なんだ。大喜びで受け入れられる未来しか見えないよ。
「ガーネットの実家が見えてきたのだ!」
「……壁が傷んでいるな」
「築20年以上だもの。そろそろ手入れが必要だわ」
「リフォームするなら手伝いますよ!」
「ドラミはそういうのが得意なのだっ! ひとり旅をしてたとき、ぼろぼろの小屋を修理したことがあるのだ!」
あれ修理してたんだ。
すきま風が吹かないように、穴を板で塞いでたのかな?
頼りにしてるわ、とほほ笑み、ガーネットさんがドアをノックする。
カギの開く音が響き、マリンちゃんがドアを開けた。
「うわあ! お姉ちゃんです! ジェイドくんとドラミちゃんもいらっしゃいです~!」
「あらあら、また来てくれたのね。みんなに会えて嬉しいわ。ゆっくりして……」
サンドラさんが、ぽかんと口を開ける。
オニキスさんは気まずそうに頬をかき、
「……や、やあサンちゃん。ただいま」
「……オニくん? オニくんなのね!?」
いいなあ、愛称呼び。
僕もいつかガーネットさんと愛称で呼び合いたいよ。
そっちのほうが特別な関係って感じがするもんね。
「あ、ああ、俺だよ。12年ぶり……のはずなんだが、サンちゃんは変わらないな」
「オニくんほどじゃないわよ……。オニくん、12年前に見送ったときとなにひとつ変わってないわ……」
「あれから12年が過ぎたようだが、俺にとっては1ヶ月前の出来事だからな……」
「どういうことなの……?」
12年前に生き別れた旦那さんが、12年前とまったく同じ姿で帰ってきたのだ。
なにが起きているのか理解できず、サンドラさんは戸惑っている。
そんなサンドラさんに負けないくらい、マリンちゃんも戸惑っていた。
「こ、このひと……どちらさまです?」
「このおじさんはマリンのお父さんなのだ!」
「え、ええ!? お父さんなのです!?」
「ドラミとジェイドが黄金像になってたオニキスを助けたのだ!」
「お父さん、黄金像になってたです!?」
「その前は石像だったのだ……!」
「お父さん、以前は石像だったのです!?」
「ドラミたちはアイス王国でメデューサとミミックを退治したのだ!」
「ドラミちゃん、アイス王国に行ったです!?」
「三つ花になって帰還したのだ!」
「ええ!? ドラミちゃん冒険者になったです!? しかも三つ花です!?」
「これがその証なのだ!」
「す、すごいです……!」
「そしてこれがドラミソードなのだ!」
「か、かっこいいです……!」
「マリンとお揃いの盾もあるのだ!」
「お揃いです~!」
「綺麗な小石も見つけたのだ!」
「綺麗です……! さすがドラミちゃんです! すごいです!」
「ドラミもすごいけど、マリンのお父さんもすごいのだ!」
「お父さんも、すごいです……?」
「うむっ! だってシールドで冷たい風を防いでくれたのだっ! おかげでちっとも寒くなかったのだ!」
「……ドラミちゃんを冷たい風から守ってくれたです?」
「ま、まあ風を防ぎはしたが……」
「ありがとうです!」
笑みを向けられ、オニキスさんは照れくさそう。
ひとまず娘に受け入れられて、安心したように強ばっていた顔を緩ませる。
「話に聞いていた通り、本当に良い娘に育っているな。サンちゃんひとりに子育てを押しつけて、本当にすまなかった……」
「いいのよ。オニくんは事故に巻きこまれただけだもの。なにも悪くないわ」
「し、しかし、そもそも俺が冒険さえしなければ、サンちゃんに苦労をかけることもなかったのに……」
「謝らないで。私は冒険が大好きなオニくんのことが大好きなんだもの」
「そう言ってもらえるのは嬉しいが……さすがに冒険は控えるよ。これからは家族と過ごす時間を大事にしたいのだが……俺を家族として受け入れてくれるか?」
不安げなオニキスさんに、サンドラさんが明るい笑みを向ける。
「もちろんよ! またオニくんと暮らせて嬉しいわ!」
「ありがとうサンちゃん。マリンも……お父さんが家にいて、嫌じゃないか?」
「嫌じゃないです! だって、お母さんはお父さんに会いたがってたですからっ! マリンもお父さんに興味あるです……!」
「ありがとう。マリンが寂しい思いをせずに済むように、お父さん頑張るからな!」
「だったら冒険につれてってほしいです! わたし、冒険が大好きですから!」
「そ、そうか。冒険が好きか……!」
「きっとオニくんに似たのよ」
「だったら旅行をしよう! 俺が見てきた素晴らしい町へ連れてってやる!」
マリンちゃんは嬉しそうにバンザイする。
これでオニキスさんたちは幸せな家族生活を取り戻せたわけだ。
本当によかったよかった。
「では僕たちは失礼しますね」
「楽しい家族団らんを過ごすといいのだ~!」
「えっ、帰っちゃうですか?」
「遠慮しないで、ゆっくりしていっていいのよ」
「ふたりは王都に帰るわけじゃないわ。明日の昼頃に来てもらう約束をしているわ」
「そう。だったら明日を楽しみにしているわね」
「はいっ! ではまた明日来ます!」
「ばいばいなのだ~!」
「また明日です~!」
マリンちゃんたちに手を振られ、僕たちは宿屋へ向かうのだった。
◆
そして翌日。
宿屋でまったり過ごした僕たちは、ドラミのお腹が鳴るのを合図に外へ出た。
「お腹空いたのだ~」
「ご飯楽しみだね!」
「うむっ! ご飯食べたらマリンと遊んでいいのだ?」
「それってクエスト?」
「クエストはマリンが三つ花になるまで待つのだ。だって一緒に受けたいのだ」
「そっか。同じクラスじゃないと同じクエストは受けられないもんね」
そうしてくれたほうがありがたい。
普通はつぼみクラスからコツコツ経験を積んで成長するのに、ドラミは一足飛びに成長しちゃったからね。
いきなり三つ花クエストに挑ませるのは心配だと思ってた。
経験を積んだマリンちゃんとクエストを受けるなら、僕も安心して見守れる。
「だけど魔法は使いたいのだ」
「マリンちゃんに安全なところへ案内してもらわないとだね」
「あとジェイドにも強くなったドラミを見てほしいのだ!」
「もちろん見物させてもらうよ。どんな魔法を使うか、楽しみにしてるからね」
なんて話している間にガーネットさんの実家に到着。
ノックすると、マリンちゃんが出てきた。
外へ出て、後ろ手にドアを閉めてしまう。
「どうして閉めちゃうのだ?」
「も、もうちょっと準備に時間がかかるから、外で待っててほしいみたいです」
「準備に時間がかかる……もしかして、ご馳走を作ってるのだ?」
「オニキスさんが帰ってきたんだもんね。盛大にお祝いしなきゃだよ」
「それは昨日お祝いしたです。美味しいご馳走だったです……!」
「じゃあ今日はご馳走ないのだ……?」
「今日もご馳走です! しかもケー……なんでもないです!」
マリンちゃんは両手で口を押さえ、目を泳がせる。
なにかを隠してるみたいだけど……まあいいや。
「どこかで時間潰そっか?」
「あっ! だったら魔法を使いたいのだ!」
「マリンもついてっていいです?」
「もちろんなのだ! だってマリンに見てほしくて魔法を我慢してたのだ!」
「どこかオススメの場所はないかな?」
「だったら湖に行くです!」
僕たちは湖へと向かった。
柔らかな日射しを浴びて煌びやかに輝く湖を見ていると、心が癒される。
美しい光景だけど……近くに見物人はいないみたい。
これなら安心して三つ花クラスの魔法を発動できる。
なのにドラミは、がっかりしていた。
「全然ひとがいないのだ……」
「そのほうが安全だけど……」
「で、でも、ちょっとは見物人が欲しいのだ……」
「だったらおじさんに見てもらうです!」
マリンちゃんは船着き場へ駆け、おじさんを連れてきた。
「お嬢ちゃん、三つ花なんだってね。その歳ですごいね」
「そ、それほどでもないのだ……」
「ドラミちゃんは将来有望な冒険者です! マリンも負けてられないです!」
「マリンならすぐに三つ花になれるのだ! そしたら一緒にパーティ組むのだ!」
「やったー! ドラミちゃんと一緒にクエスト受けたいです~!」
「うむ! マリンとの記念すべき初クエストを堂々と攻略するためにも、カッコイイ魔法を使ってみせるのだ!」
ドラミは凜々しい顔つきで、正面に右手をかざした。
すると右手の前に、魔法陣が展開される。
ぼこぼこっ!
と、大地から幾筋もの氷柱が出現した。
とっても冷たそうな氷棘は、日射しを浴びて美しく輝いて見える。
「うわあ! カッコイイです! それに綺麗です!」
「水と風の合わせ技だね! 複雑なイメージをよく具現化できたね!」
「お嬢ちゃん、すごいねぇ。立派だねぇ」
「三つ花……すごいのだ! つぼみのときと全然違うのだ!」
かっこよく技が決まり、ドラミは大はしゃぎだ。
見ててくれた船着き場のおじさんと笑顔で別れ、僕たちは湖をあとにする。
そのままガーネットさんの実家へ向かいつつ、マリンちゃんに確認する。
「もう家に行ってもいいのかな?」
「はいです! もういい頃です!」
「お腹ぺこぺこなのだ……!」
「美味しいご馳走が待ってるですよっ!」
僕たちはうきうきと歩き、ガーネットさんの実家に到着。
そしてドアを開けるなり――
「おめでとう、ジェイドくん」
「おめでと~!」
「おめでとう!」
「おめでとうです!」
ガーネットさん一家に祝われた。
「よくわからないけど、おめでとうなのだ!」
ドラミもよくわからないなりに祝ってくれる。
……どうしておめでとう?
「あの、事情が飲みこめないんですけど……」
「今日はあなたの誕生日よ」
「今日が、僕の……そういえばそうでしたね」
「やっぱり忘れていたのね」
「自分の誕生日には興味がなかったので……。でも、どうして知ってるんですか?」
「ドラミちゃんが窓口に来たときに言っていたわ」
――『12歳になったからクエストを受けに来たのだ!』
――『ジェイドとマリンとお揃いのデビューなのだ~!』
はじめてクエストを受けた日、ドラミはそんなことを言ったらしい。
「そしてジェイドくんがはじめてクエストを受けたのは、11年前の今日よ」
「なるほど、だから僕の誕生日がわかったんですね」
それにしても、あれからもう11年か。
ガーネットさんと出会ったのがつい昨日のことのように思える。
雨の日も風の日もガーネットさんと仲良くなりたい一心でギルド通いを続ける日々――あっという間の11年だ。
「1日に何人も相手にするのに、よく僕のことを覚えてましたね」
「私より年下の冒険者は珍しかったもの。それにジェイドくん、私の顔を見て60秒くらい固まってたわ」
「あのときの僕、そんなに長いこと硬直してたんですね……」
うしろに並んでたひとたち、よく急かさないでくれたなぁ。
初クエストに緊張してると思って、気を遣ってくれたのかな? ありがたい話だ。
「そんなわけだから、ジェイドくんと出会った日のことは鮮明に覚えていたのよ」
「だけどジェイドくんが誕生日を忘れてるみたいだから、サプライズパーティをすることにしたのです!」
「これからは毎年誕生日をお祝いするわ」
「毎年!? い、いいんですか!?」
「もちろんよ。恋人の誕生日だもの」
「ありがとうございますっ! ガーネットさんの誕生日もお祝いさせてください! いつですか!?」
「再来月の頭よ」
「再来月の頭ですね! わかりました!」
こりゃ今月来月はプレゼント選びで忙しくなりそうだ!
国中を――ううん、世界中を巡ってプレゼントを見つけなきゃ!
「誕生日をお祝いするために、ケーキを焼いたわ」
「どうりで甘い匂いがするわけなのだ!」
「完成前にジェイドくんが来たから、わたしが時間稼ぎをしたです!」
「ありがとね、マリンちゃん! 僕のために時間を稼いでくれて!」
「どういたしましてですっ! あと、ご馳走作りも手伝ったです! 味見役です! ほっぺがとろけちゃうかと思ったです……!」
「ほっぺがとろけちゃうのだ!? 早く食べたいのだ……!」
わくわくと声を弾ませ、お腹を鳴らすドラミ。
そうして僕たちは長椅子に腰かけると、おしゃべりを楽しみつつ、美味しい料理にほっぺをとろけさせるのだった。
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