《 第62話 黄金城の主 》
翌日。
日が昇って間もないうちに、僕たちは行動を開始した。
メデューサ像を担いで登山道を進み、城門前で立ち止まる。
ゴールデンモンスターを警戒しつつ雪を集めると、ドラミが雪像を作り始めた。
僕と同じくらいの大きさまで雪を積み重ね、編み物用の棒を使い、ときに大胆に、ときに繊細に形を整えていく。
「で、できたのだ……」
「立派だね……」
「風呂上がりのジェイドにしか見えないのだ……」
「寒そうだし、早く服を着せてあげよっか」
「あっ、でもズボンはどうするのだ?」
「上着だけでいいよ」
雪像が崩れないように上着を羽織らせ、僕たちは登山道を引き返す。
近すぎず遠すぎずのところまで離れると、登山道を逸れたところに身を潜めた。
メデューサ像に雪をかぶせ、頭に白い布をかぶり、これで準備万端だ。
こちらからは雪像が見えるけど、向こうからは僕らの姿が見えないはず。
「あとはいつ出てくるかだね……」
「どきどきなのだ……」
そわそわしつつ、その瞬間が訪れるのを待つ。
そして日が高く昇り、じわじわと傾き始めてきた頃――
「き、来たのだ……!」
「あれがゴールデンモンスターの正体……」
黄金の城門から、魔獣が姿を見せた。
それは人間ひとりが隠れられそうな大きさの、金ぴかの宝箱だった。
ふわふわと宙を舞って雪像へ迫り、がばっと宝箱が開く。
宝箱にはギザギザとした牙が生えていた。
さらに箱から長い手が伸び、長い舌が飛び出してくる。
その舌が雪像に触れた瞬間――雪像は黄金像と化してしまう。
「み、見たのだ?」
「ばっちりね」
「みんな、ああやって金ぴかにされちゃったのだ……?」
「そうみたいだね」
「怖ろしい奴なのだ、ゴールデンモンスター……」
「ううん。あれはミミックだよ」
「ミミック……?」
「うん。僕の知ってるミミックとは違うけど、ミミックの特徴は残ってるよ」
ミミックの本体は、宝箱の中身だ。
ヤドカリみたいに宝箱に移り住み、ふわふわと浮いて移動する。
そして、ひとの集まりそうな場所で宝箱に擬態して、誰かが開けた瞬間に捕食するというわけだ。
「賢い魔獣なのだ……しかも金ぴかにするとか強すぎなのだ……」
「本来のミミックは三つ花相当だし、金ぴかにする力とかないよ。だから、ここからじゃ見えないけど、本体のどこかに花紋が浮かんでるはずだよ」
「デビルツリーの実を食べて、金ぴかにする力を手に入れたのだ?」
「そういうことだね。でも皮肉なことに、触れた瞬間に黄金になっちゃうから硬くて食べられないんだよ」
「賢いのか賢くないのかわからないのだ……」
「とにかくこれで黄金城の謎が解けたよ」
ミミックを警戒して見知らぬ宝箱を開けるひとは少ない。そこでミミックは宝箱があっても不自然じゃないエサ場を求め、廃城に行きついた。
宝物庫を探していると精巧な石像を発見し、人間だと勘違いして噛みつき、次々と黄金に変えてしまった。
何事かとメデューサが駆けつけ、ミミックは宝箱に擬態。ミミックの本体は中身にあるので目撃されても石にはならず……
目の前を通り過ぎたメデューサにうしろから襲いかかり、新たな黄金像が誕生。
ミミックは長いこと宝物庫で人間を待ち続け――城に触れ続けたことで、黄金城ができあがったというわけだ。
ほとんど僕の推測だけど、考えられる経緯としてはこんなところだ。
「なるほど。……ところで、ミミックはなにをしてるのだ?」
「近くに雪像の仲間がいないか探してるんだよ」
「ドラミたちが見つかるのも時間の問題なのだ……」
「ここにいる限りは見つからないと思うけど……。いつまでもこのままってわけにはいかないね」
「で、でも、このままじっとしてるだけでも勝てるのだ」
ドラミの言う通りだ。
ミミックは花紋付きなのだから。
デビルツリーに意識を奪われ、いずれ新たなデビルツリーに生まれ変わる。
「何年がかりになるかわからないし、いまこの場で討伐するよ」
「……宝箱を殴るだけなら、金ぴかにはならないのだ?」
「僕の推測が正しければ、宝箱に触れただけでも金ぴかになるよ」
ミミックは自分の意思で黄金城を作り上げたわけじゃない。
金ぴかになるのは捕食しようとした際の副産物だ。わざわざ城を黄金にする理由はない。
宝物庫で宝箱のふりを続け――城に触れ続けたことで黄金城ができあがったのだ。だとすると箱に触れただけで僕も黄金像の仲間入りだ。
「だったらどうやって倒すのだ? 殴ったら一瞬で金ぴかになっちゃうのだ……」
「拳ならね。剣なら一瞬だけ余裕が生まれるよ。なんだったら剣がミミックに触れる瞬間に手を放せばいいしさ」
「た、たしかに剣なら安全かもなのだ……持ってきててよかったのだ」
「うん。あの日ガーネットさんが剣を授けてくれたのは、きっと今日という日のためだったんだよ」
実際は十つ花になった記念の剣だけど、そう考えたほうが力が湧いてくる。
ガーネットさんのくれた剣で、ガーネットさんのお父さんを助ける――。
まさに運命的だ!
「じゃあ行ってくるよ。ドラミは心のなかで応援しててね」
「声に出さなくていいのだ?」
「目立っちゃうと危ないからね」
ドラミがうなずいたのを確かめ、僕はメデューサ像を破壊する。
物音に反応し、ミミックがこっちを向いた。
ふわふわと宙を舞ってこちらへ迫る。
「け、けっこう速いのだ!」
「だいじょうぶ! 僕のほうが速いから!」
大剣を抜き、ミミックとの距離を詰める。
ミミックは天高く舞い上がり、上空から両手を伸ばしてきた。
箱のサイズからは想像もできない長さだ。しかも右手は僕じゃなくドラミを狙っている!
ザシュッ!
サッと左手を避けるとともにミミックの右腕を切り落とす。そして瞬時に金ぴかに染まる剣を本体めがけて投げつけた。
命中はせず、ミミックは左手を引っこめると金ぴかの剣を握りしめる。
「ご、ごめんなのだ! ドラミのせいで剣を盗られちゃったのだ!」
「気にしないで! ドラミのせいじゃないから!」
「で、でも剣がないと倒せないのだ! ……そ、そうなのだ! ドラミソードを使うのだ!」
「名案だね!」
「あの日ドラミがドラミソードを手に入れたのは、きっと今日という日のためだったのだ!」
僕と同じようなことを言うと、ドラミソードを投げてきた。
ぽすっ。
「あああッ! 全然届かなかったのだ! これじゃドラミソードを拾おうとした隙を突かれてジェイドが金ぴかにされちゃうのだ!」
実際そうするつもりのようで、ミミックは僕の出方をうかがっている。
「こんなことなら肩を鍛えておくんだったのだ!」
「もういいから! 目立ったらドラミが標的にされちゃうから、じっとしてて!」
「だ、だけどなんとかせずにはいられないのだ! ……そ、そうなのだ! だったら小石をぶつければいいのだ!」
「名案だね!」
「きっとドラミはこの瞬間のために、小石集めを趣味にしたのだ!」
ドラミが小石を投げてきた。
ぽすっ。
「あああッ! 突風で飛ばされちゃったのだッ! これじゃ小石を拾おうとした隙を突かれてジェイドが金ぴかにされちゃうのだ!」
実際そうするつもりのようで、ミミックは僕の出方をうかがっている。
「本当にごめんなのだ!」
「謝らなくていいから! ドラミはおとなしくしてて!」
「い、いや、ここは逆に目立つ作戦でいくのだ! ドラミが注意を引くからその隙にそいつを倒すのだ!」
「そんなことしなくていいよ! ドラミが時間を稼いでくれたおかげで名案が閃いたから!」
「だ、だったら目立つ作戦はやめておくのだ!」
ドラミはおとなしくなる。
本当は名案なんかじゃない、命懸けの作戦だけど……やるしかない。
僕は拳を構え、真正面から詰め寄った。
ミミックは再び天高く舞い、びゅっと長い舌を伸ばしてくる。
頭に触れる寸前にサッと避け、ミミックの頭上まで跳躍する――瞬間、ミミックが短くなった右腕と左手で僕を掴もうとしてきた。
その手を、僕は両手で受け止める。
そして――
ドンッ!!!!!!
ミミックにかかと落としを喰らわせた。バラバラに散らばりながら勢いよく地面に叩きつけられ、雪煙と黒煙がもうもうと舞う。
着地すると、花紋に黒い煙が吸いこまれていった。
よしっ! 上手くいったぞ!
「もうだいじょうぶだよ! ミミックは倒したから!」
「やったのだああああああああああああ!」
ドラミが駆けつけ、僕のお腹に飛びこんできた。
キラキラと輝く瞳で僕を見上げ、
「す、すごいのだ! どうして金ぴかにならなかったのだ!?」
「なったよ」
「ええ!? なったのだ!?」
「攻撃を受け止めた瞬間に、頭と足以外の感覚は消えちゃってたよ」
「ぎ、ぎりぎりの勝利だったのだ……?」
「うん。ガーネットさんの手袋に救われたよ」
もし素手で受け止めていたら、ミミックにかかとが触れる前に金ぴかになっていただろう。
変なポーズで固まり、そのまま大地に叩きつけられていたはずだ。
愛情こめて手袋を編んでくれたガーネットさんに感謝しないと!
「で、でもジェイドは金ぴかじゃなくなってるのだ」
「つまりミミックを倒すことで黄金像も復活するってことさ!」
「うおおお! やったのだ! ドラミたち、オニキスたちの救出に成功したのだ!」
「だね! いまごろ城は賑わってるよ!」
「急いで会いに行くのだ!」
僕たちは明るい声を響かせ、剣と小石を回収すると、黄金化が解かれていく廃城へ駆けだしたのだった。
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