《 第47話 一生の思い出に 》

 翌朝。


 目を覚ますと、見慣れない天井が飛びこんできた。


 壁には似顔絵が貼られ、小窓からは柔らかな日射しが差しこみ、どこからか小鳥のさえずりが聞こえ、僕の身体にはブルブルと振動するなにかがくっついている。


 布団をめくり上げると、ドラミが僕にしがみついていた。



「……起きてる?」


「……寒いのだ」


「薄着で寝るからだよ。せっかく可愛いパジャマ買ったんだから、それ着なきゃ」


「だって、昨日は暖かかったのだ……」



 たしかに昼間は暖かかったし、寝る直前までマリンちゃんと遊んでたからね。


 身体が温まり、油断しちゃったんだろう。



「寒いなら着替えなよ」


「寒すぎてベッドから出られないのだ……。一生のお願いだから、ジェイドが取ってほしいのだ……」


「こんなところで一生のお願いを使わなくても……」



 ベッドから出て、ドラミのリュックを漁る。


 荷物を取り出すときにひっくり返したんだろう。リュックのなかはぐちゃぐちゃになっていて、パジャマを見つけるのに苦労した。



「長袖パジャマにする? それとも上着にする?」


「……もう朝なのだ?」


「うん。もう朝だよ」


「だったら、そろそろ起きるのだ。そしてマリンと遊ぶのだ」


「じゃあ着替えないとだね」



 お気に入りのワンピースと、先日買った上着を渡す。


 するとドラミはベッドに潜りこんだまま着替え始めた。


 もぞもぞと動く掛け布団を横目にリュックを整理して、普段着に着替えていると、ドラミが出てきた。



「着替えたのだ!」


「似合ってるね」


「ありがとなのだ~! ジェイドも似合ってるのだ~!」



 上着で寒さが吹き飛んだのか、ドラミは元気いっぱいだ。


 姿見の前に立つと、凜々しい顔つきでポーズを決めたりする。


 と、そのとき。


 ノック音が響き――



「起きてるかしら?」



 ドア越しにガーネットさんが呼びかけてきた。


 起きてます、と返事をすると、ガーネットさんが部屋に来る。



「ぐっすり眠れたかしら?」


「はいっ。ものすごく居心地がよかったです!」



 この部屋は、オニキスさんとサンドラさんの寝室だ。


 ガーネットさんの寝室(現在はマリンちゃんの寝室)で寝るという選択肢もあったけど、こっちを選ばせてもらった。


 ガーネットさんが寝起きしてた部屋で寝るのは緊張するからね。


 と、ドラミが鼻をひくひくさせる。



「美味しそうな匂いがするのだ……」


「ほんとだ。朝食作ってくれたんですか?」


「お母さんが仕事に行く前に作ってくれたのよ。温めなおしたから、準備ができたら下りてきてほしいわ」


「ドラミは準備ばっちりなのだ!」


「可愛い上着だわ」


「ありがとなのだ~!」



 ご機嫌そうなドラミと部屋を出る。


 階段を下りると、マリンちゃんがテーブルに皿を並べていた。



「おはようです!」


「おはよーなのだ!」


「マリンちゃん、早起きだね」


「いつもこれくらいの時間には起きてるです。お母さんのお手伝いをしてるです!」



 ちょっぴり得意気なマリンちゃん。


 僕たちが褒めると、照れくさそうに頬をかく。



「いま準備するわね」


「僕も手伝います!」


「ありがとう。ジェイドくんはパンを用意してほしいわ」


「わたしはイチゴジャムを用意するです!」


「ドラミはスプーンを用意するのだ!」



 みんなで力を合わせたおかげで、あっという間に準備が終わる。


 本日の朝食は、キノコのスープとパンだった。瓶詰めのイチゴジャムに、ドラミの視線は釘付けだ。


 いただきますをして、さっそく食べる。


 スープを口に含むと、あっさりとした塩味だった。


 寝起きにぴったりな優しい味付けだ……。



「スープ美味しいですねっ!」


「ジェイドくんがくれた塩を使ったって言ってたわ」


「さっそく使ってくれたんですかっ。嬉しいなぁ」


「ついでにクッキーの詰め合わせも使ってほしいのだ!」



 イチゴジャムをたっぷり塗ったパンを頬張りながらドラミが言う。


 そのとなりで、マリンちゃんもこくこくうなずいていた。



「お母さんが帰ってきたら、紅茶と一緒に食べるわ」


「待ち遠しいのだ~」


「それまでなにして遊ぶですっ?」


「みんなのしたいことでいいわ」


「だったら、町を案内してくれませんか?」



 昨日マリンちゃんに案内してもらったけど、ちょっとしか見てまわれなかったし。


 せっかくだから、ガーネットさんと地元デートしてみたい。


 もちろん、手を繋いで……。


 どきどきするけど、勇気を出して繋がなきゃ!



「さんせーなのだ!」


「わたしもお散歩したいです!」



 話がまとまり、僕たちは食事を進める。


 それからみんなで後片づけをして、家を出た。


 澄み渡る空の下、ひんやりとした風が吹き抜ける。



「ふたりとも寒くないかしら?」


「へっちゃらです!」


「ちっとも寒くないのだ!」


「ガーネットさんは、寒くないですか? その……手とか」


「手は寒くな……ちょっと寒いわ」


「じゃ、じゃあ、もしよかったら手を繋いでもいいですか……?」


「ええ。構わないわ」



 よしっ! 上手くいったぞ!


 ガーネットさんと手を繋ぐと、身も心もぽかぽかする。



「僕の手、冷たくないですか?」


「とっても温かいわ」


「うむ。ジェイドは温かいのだ。ジェイドにくっついて寝たら、ぬくぬくして気持ちよかったのだ!」


「お姉ちゃんも温かかったです~!」



 マリンちゃんは長袖パジャマを着てたけど……ひさしぶりにお姉ちゃんと寝られるから、嬉しくてしがみついたんだろうな。



「で、どこへ行くのだ?」


「私の散歩コースでいいかしら?」


「もちろんです! さっそく行きましょう!」



 ガーネットさんの案内で、僕たちは小道を進む。


 各家庭に立派な花壇があり、カラフルな花を咲かせている。住宅路を歩いてるだけなのに、ピクニックをしている気分だった。


 時折すれ違う町のひとたちに挨拶をしつつ景色を楽しんでいると、レンガ造りの古風な屋敷が佇んでいた。



「壁に落書きされてるのだ……」


「でも、落書きにしては上手だよ」


「ここはカミエーシの屋敷よ」


「カミエーシって、あのカミエーシですか?」


「知り合いなのだ?」


「有名な画家だよ。300年以上前のひとだけどね」


「どうりで落書きにしては上手だと思ったのだ……」



 ドラミは急に物知り顔だ。


 オペラグラスを取り出すと、「ふむ。特にあの辺りが上手なのだ……この角度から見ると良さがわかるのだ……」と語りだした。



「風景に、魔獣に、料理に……いろんな絵がありますね」


「カミエーシは世界を旅して、印象に残ったものを絵にしたの。お父さんはこの絵を見て、自分の目で世界を見てみたくなって、冒険者になろうと決めたそうよ」



 そう語るガーネットさんは、懐かしそうな顔をしていた。


 昔、オニキスさんと散歩して、この絵を眺めたんだろうな。



「また一緒に散歩できる日が来るように、必ず見つけてみせますから」


「嬉しいわ。……でも、あまり根を詰めすぎないでほしいわ。ジェイドくんと過ごす時間も、私にとっては大切だもの」


「僕もガーネットさんと過ごす時間が大好きです!」



 ぎゅっと手を繋いだまま絵を眺め、しばらくすると散歩を再開した。


 住宅路から小道に入り、ほどなくして大通りに出る。


 メインストリートは活気づいていた。


 賑々しい声を聞いてわくわくしたのか、ドラミとマリンちゃんが駆けだした。


 ガーネットさんと手を繋いだまま追いかけると、ふたりはオモチャ屋の前にいた。窓にべったり顔を押しつけ、興奮しているようだった。



「あっ、ジェイド! こっちに来るのだ! すごいものがあるのだ……!」



 僕たちに気づき、ドラミが手招きする。


 なんだろ?


 オモチャ屋の窓を覗いてみると、見覚えのある人形があった。



「……これ、僕?」


「明らかにジェイドなのだ!」


「お人形さんになるとかすごいです!」



 そっかー。僕、オモチャになってたのか。


 普段オモチャ屋とか行かないから知らなかったよ。


 ……恥ずかしいな。



「剣の再現度が高いのだ……」


「カッコイイです……」


「買ってあげるわ」


「ええ!? 買ってくれるですか!?」


「ジェイドくんの人形を持ち歩けば、御守りになりそうだもの」


「やったー! ありがとです~!」



 マリンちゃんは大はしゃぎだ。


 これは責任重大だぞ。頑張ってマリンちゃんを守ってね、僕の人形……!


 僕たちはオモチャ屋に入り、人形売り場へ。僕の人形を手に取り、ついでに店内を見てまわることに。


 ドラミとマリンちゃんは目を輝かせ、ガーネットさんも懐かしそうな顔をする。



「オニキスさんとオモチャ屋に来たことがあるんですか?」


「よくクレヨンを買いに連れてきてもらったわ。私、絵を描くのが好きだったの」


「部屋にもたくさん似顔絵が飾ってありましたね」


「ええ。私が似顔絵を描いてると、お父さんはふざけて変な顔をしていたわ。私が『まじめにして』って怒ったら、『ごめんごめん』って笑って、またすぐに変な顔をしていたわ」



 きっとガーネットさんを笑わせたかったんだろうな。


 だけど拗ねた顔が可愛くて、ついつい変顔を繰り返しちゃったわけだ。



「私が似顔絵を描くと、お父さんは町のひとたちに見せてまわってたわ。あのときは恥ずかしかったわ」


「きっと自慢したかったんですよ。可愛い娘が素敵な似顔絵を描いてくれた、って」



 そんなオニキスさんが、長期間失踪してるんだ。


 いくら旅が好きだからって、12年も帰ってこないのはおかしい。


 考えたくないけど……旅先でなにかあったのかもしれない。


 僕の脳裏に最悪のケースがよぎる。


 だけど……諦めちゃだめだ。


 僕が捜したのはリーンゴック王国だけ。世界中を旅すればオニキスさんの足取りが掴めるはず。


 いまはそう信じるしかない。



「ジェイドに一生のお願いがあるのだ……」



 あらためて決意していると、ドラミが後ろ手になにかを隠したまま近づいてきた。


 一生のお願い、本日二度目なんだけど……。



「どうしたの?」


「これ欲しいのだ!」



 24色クレヨンと画用紙だった。



「お絵かきしたいの?」


「したいのだ! 冒険譚の絵本を描いて、子どもたちに見せてあげるのだ! あと、モモチの成長記録をつけたいのだ!」


「いいよ。買ってあげる」


「やったー! ありがとなのだ~!」



 お礼にジェイドの似顔絵も描いてあげるのだ~、とドラミがはしゃぐ。


 そのうしろには12色クレヨンを手にしたマリンちゃんの姿が――



「24色を買ってあげるわ」


「やったー! ありがとです~!」



 嬉しそうにクレヨンを交換するマリンちゃん。


 それから会計を済ませると、オモチャ屋をあとにする。


 そのまま広場へ向かうと、ドラミがぴたっと足を止めた。



「ジェイドに一生のお願いがあるのだ……」



 ドラミがおずおずと言う。


 さすがに本日三度目だからか、ちょっぴり気まずそうだ。



「どうしたの?」


「あれ食べたいのだ!」



 アイスクリーム屋だった。



「食べるのはいいけど、寒くないの?」


「いっぱい歩いてぽかぽかなのだ!」



 日が高くなってきたからか、暖かくなってきた。


 これくらいの気温なら美味しく食べられそうだ。


 人数分のアイスクリームを買い、広場のベンチに腰かける。


 美味しそうにアイスを食べていたドラミとマリンちゃんだったけど――



「ううっ。急に寒くなってきたのだ……」


「お腹がひんやりするです……」



 アイスを食べ終える頃には、寒そうにしていた。


 そろそろお昼の時間だし……



「このあとどうします?」


「昼食用にパンを買って帰ろうかしら」



 そういうことになり、僕たちはパンを買って帰宅した。


 そして昼食を済ませ、紅茶で一息ついていると――



「お絵かきするの?」



 ドラミとマリンちゃんがテーブルにお絵かきセットを広げだした。



「うむ。記念すべき1枚目は、マリンを描いてあげるのだ!」


「わたしはドラミちゃんを描くですっ!」


「だったら似顔絵を描いて、交換するのだ! ふたりも描いてみるのだ?」


「僕たちも?」


「きっといい思い出になるのだ!」



 たしかに思い出になりそうだ。


 記憶に残る旅だったけど、どうせなら記録にも残したいし。似顔絵を見るたびに、楽しかった今日の旅を思い出せそうだ。


 問題は、僕に画力がないことだけど……



「変な感じになるかもですけど、ガーネットさんを描いていいですか?」


「描いてほしいわ。私はジェイドくんを描くわね」


「はい! お願いしますっ!」



 紅茶セットを片づけ、僕たちは似顔絵を描き始める。



「……」


「……」



 何度も何度もガーネットさんと視線が交わり、そのたびに頬が緩んでしまう。


 やっぱりガーネットさんって可愛いなぁ。


 オニキスさんも変な顔をしてたんじゃなく、娘の可愛さにデレデレしてただけなのかも。



「できたのだ~!」



 2時間くらい過ぎたところで、ドラミがクレヨンを置いた。


 力作なのだ~、と僕たちに絵を見せてくる。



「うわあっ、上手です!」


「マリンちゃんっぽい笑顔だね」


「可愛く描けてるわ」


「そ、それほどでもないのだ……」


「わたしも完成です!」


「か、かっこいいのだ……!」


「眉毛がきりっとしてるね」


「わたしから見たドラミちゃんです!」


「ドラミっぽさがしっかり表現されてるのだ……」



 凜々しい似顔絵に、ドラミは大満足だった。


 さてさて。



「僕もできたよ」


「うわぁ~、美人さんです!」


「優しい目をしてるのだ……」


「綺麗に描いてくれて嬉しいわ」



 よかった。気に入ってくれたみたいだ!



「私もできたわ」



 ガーネットさんが僕の似顔絵を見せてくる。


 一目見ただけで、絵が苦手なんだとわかった。


 だけど……ううん、だからこそ嬉しい。


 一生懸命に僕を描いてくれたんだからっ!



「どうかしら?」


「線に勢いがあって躍動感があるのだ!」


「ジェイドくんの強さがよく表現されてるですっ!」


「ほんとに最高です! 寝室に飾りたいです! さっそく額縁を買ってきます!」


「だったら、みんなで買いに行こうかしら」


「さんせーなのだ!」


「お出かけするです~!」



 そうして僕たちはクレヨンを片づけると、額縁を買いに出かけたのだった。


 ついでに服屋に寄ったり、果物屋に寄ったり、サンドラさんが働く店に寄ったりと散歩を楽しみ、帰る頃には夕方になっていた。


 モモチと花壇に水をあげ、サンドラさんが帰ってくるとみんなで夕食を作り、それからクッキーパーティで盛り上がり、夜遅くまでおしゃべりを楽しんだ。


 楽しいと時間が経つのはあっという間で――



     ◆



 翌朝。


 僕たちは列車乗り場を訪れていた。


 ガーネットさんの休みは今日でおしまい。この時間の列車を逃すと、明日の仕事に間に合わなくなってしまうのだ。



「わざわざ見送りに来ていただいてすみません」


「あらあら、気にしなくていいのよ。短い間だったけど楽しかったわ」


「ドラミも楽しかったのだ!」


「わたしのほうこそ楽しかったです! また遊びに来てほしいです!」


「ぜったい行くのだ! ……また連れてきてくれるのだ?」


「もちろんだよ」



 僕がうなずくと、ドラミは満面の笑みになる。


 最初は緊張したけど、本当に居心地がいい家だった。


 自然豊かな街並みも気に入ったし、歩いてるだけで心が癒されちゃったよ。


 今度来たときは湖で釣りとかしてみたいな。


 旅立ちを名残惜しく思っていると、列車が来た。


 いよいよお別れだ。



「次に会うときは、新しい冒険譚を聞かせてあげるのだ!」


「わたしもクエストを受けて、わくわくするような冒険譚を仕入れるです!」



 がっしり握手を交わし、ぎゅっとハグをする。


 ほほ笑ましく思っていると、サンドラさんがガーネットさんをハグした。



「これからどんどん寒くなるから風邪を引かないようにね」


「気をつけるわ」



 そして――ちゅ、ちゅ、と。


 ふたりがほっぺにキスをする!



「あら、どうしたのジェイドくん?」


「い、いえ、その……ふたりがキスをしていたので……」


「我が家は『いってらっしゃいのキス』をするのが習わしなのよ」


「そ、そうなんですね……」



 理由はわかったけど、ガーネットさんのキスする姿にどきどきが止まらない。


 僕もキスしたいな……。


 だけど、いまの僕にはハードルが高すぎる。


 それに……そもそもキスってどのタイミングですればいいんだろ?


 わからない。わからないけど、いつかガーネットさんとキスしたい!


 そのためにも、もっと仲良くならないと!


 決意していると駅員さんに「そろそろ出発ですよ」と促され、僕たちは列車に乗りこんだ。


 ボックス席に座るとドラミが窓を開け、列車がゆっくりと動き始めるなか、窓から身を乗り出した。



「さよならです~!」


「ばいばいなのだ~!」


「また遊びにいらっしゃいね~」


「ぜったい遊びに行くのだ~!」



 そうして、マリンちゃんとサンドラさんに手を振られ、僕たちはガーネットさんの地元をあとにしたのだった。

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