《 第46話 恋人のお母さん 》

 ぺろぺろキャンディーを舐めて家に帰ると、バターの香りが漂ってきた。


 どうやらガーネットさんは料理中みたいだ。



「ただいま帰りました!」


「クエスト攻略できたです~!」


「マリンがすっごいかっこよかったのだ!」



 口々に言いながらキッチンになだれこむ。


 するとガーネットさんは山菜を炒めながらこっちを振り向き、



「おかえりなさい」



 イイ! おかえりなさい、イイっ!


 エプロン姿のガーネットさんに出迎えられるとか……なんかもう同棲してるみたいだよ!



「美味しそうな匂いなのだ~」


「なに作ってるです?」


「キノコと山菜のバター炒めよ。あと、魚の香草焼きもあるわ」


「やったー! バター炒めです!」


「ドラミはお魚大好きなのだ~! さっき食べたのも美味しかったのだ~!」


「食べてきたの?」


「あ、いえ、クエスト前に食べただけです。もうお腹空いてるよね?」


「運動したからぺこぺこです!」


「よかったわ。いっぱい作ってるから、たくさん食べてほしいわ」


「はい! 無限におかわりします!」


「おかわりは3回分くらいしかないわ……」


「では3回おかわりします!」



 手料理が待ち遠しいや!


 早く食べたいし、僕にできることがあれば手伝おう。



「僕にできることってありますか?」


「それじゃあ山菜を炒めててほしいわ」


「ドラミもお手伝いするのだ!」


「マリンもするです!」


「全員は立てないわ」



 実際、4人で立ってるとギュウギュウ詰めだ。


 押しくらまんじゅう状態になれば、熱々のフライパンにぶつかりかねない。



「そうだ。ふたりは水やりをしてきなよ」


「そうだったのだ! モモチに水やりしなきゃなのだ!」


「花壇にも水やりをしてほしいわ」


「任せるです!」



 ドラミはかたつむりのジョウロを用意すると、マリンちゃんと外へ出た。


 それを見送り、僕はガーネットさんのとなりに立つ。


 山菜を炒めつつ横を見ると、ガーネットさんがそわそわしていた。



「……緊張してるんですか?」


「ええ。どきどきするわ。いよいよだもの」


「ですね。いよいよ……」



 いよいよ恋人のお母さんと対面だ。


 心の準備はできたつもりだったけど……その瞬間が刻一刻と迫るにつれて緊張感がこみ上げてくる。


 果たして交際を認めてくれるかどうか――。


 いきなり出ていけと告げられることはないだろう。


 だけど気分を害される怖れはある。


 だって、ガーネットさんはこんなに可愛いんだから。可愛い娘の恋人を、すんなり受け入れてくれるとは思えない。



「顔が青ざめてるわ」


「緊張しちゃいまして……。僕、ちゃんとして見えますかね?」


「ちゃんとして見えるわ」


「服装とか、髪型とか、変じゃないですか?」


「変じゃないわ。かっこいいわ」


「褒めすぎですよ!?」


「驚きすぎだわ」


「い、いきなりかっこいいとか言うんですもん! そりゃびっくりしますよ!」


「本当にかっこいいもの」


「だ、だから褒めすぎですって……!」


「褒めたりないくらいだわ。ジェイドくんは優しくて、かっこよくて、とても頼りになるもの。マリンがクエストに出かけたときも、ジェイドくんが一緒だったから心配せずに見送れたわ」



 僕は倒れた。


 ごん、と床に頭をぶつける。



「だ、だいじょうぶかしら?」



 ガーネットさんが、心配そうに見つめてくる。


 嬉しいなぁ。


 ただ頭部を強打しただけなのに、僕を心配してくれるなんて……。



「僕、ガーネットさんが大好きです!」


「嬉しいけれど、まずは立ち上がってほしいわ……」


「すぐにでも気持ちを伝えたかったので! 本当に僕と付き合ってくれてありがとうございます!」



 想いを告げて立ち上がると、ガーネットさんが頭を撫でてきた。



「――ッ!?」


「たんこぶはできてないようだけれど……痛むのかしら?」


「い、いえ、幸せすぎて震えちゃっただけです!」


「ちょっと触れただけだわ」


「好きなひとに触れられると、身体中に稲妻が走った感じになるんです!」


「……ためしに触ってみてほしいわ」


「い、いいんですか?」



 こくりとうなずかれ、そろっと髪に手を伸ばす。


 うわ! すごい触り心地……。


 さらさらしてて、ふわふわしてて……僕と同じ髪とは思えない。



「……ちょっと恥ずかしいわ」


「い、嫌でした?」


「嫌ではないわ」



 淡々とした口調だったけど、柔らかな笑みだ。


 ガーネットさんのほほ笑みを独り占めできるなんて……幸せだなぁ。



「水やり終わったのだ~!」



 元気な声が響いた。


 ドラミとマリンちゃんがどたばたとキッチンに駆けてくる。



「あとどれくらいでできるです?」


「もうできるわ。ふたりはお皿を並べてくれるかしら?」



 こくっとうなずき、テーブルに皿を並べる。


 そこへフライパンを持っていき、皿に料理を盛りつけていく。


 ドラミとマリンちゃんはテーブルに身を乗り出して、舌なめずりする。



「早く食べたいのだ……」


「あとはお母さんの帰りを待つだけだわ」


「いつごろ帰ってくるのだ?」


「いつも通りなら、そろそろ帰ってくる頃ですけど……」



 と、噂をすればなんとやら。


 ドアが開き――




「たっだいま~!」




 明るい声が響いた。


 青い髪をなびかせて帰宅した彼女は、青い瞳でガーネットさんを見つけ、にこっと笑う。


 一目見ただけでパワフルな女性だとわかる、はつらつとした笑顔だ。



「あら~! ガーネットちゃん、帰ってきてたのね~!」


「昼頃に帰ってきたわ」


「元気そうでママとっても嬉しいわ~! それで、この子たちは――」


「こ、こんにちは! はじめまして! 僕、ジェイドと言います!」


「ドラミなのだ!」



 はきはきと挨拶をして、ぺこっとお辞儀をする僕とドラミ。


 よしっ、打ち合わせ通りだ! 


 失礼がないように礼儀正しく振る舞おうねって事前に話し合ってたからね。



「あらあら、ご丁寧にありがとね~! 私はサンドラです!」


「素敵なお名前ですね!」


「ドラミもそう思うのだ! 記念に握手していいのだ?」


「どうぞ~」



 がっしり握手。


 す、すごい! 一瞬で距離を縮めてる!


 どうしよ。僕も流れに乗って握手するべきかな?


 でも、いきなり見知らぬ男が握手を求めてきたら警戒されちゃうかもだし……。



「くんくん」



 って、ドラミ!? どうしてサンドラさんの匂いを嗅いでるの!?


 フレンドリーなのはいいけど、さすがに距離を縮めすぎだよ!



「なんだか良い匂いがするのだ……」


「きっと料理の匂いが移ったのね。私、食事処で働いてるのよ~」



 よ、よかった。サンドラさん、笑顔だ……。


 これってサンドラさん的には失礼に当たらないんだ。


 だったら僕も匂いを嗅ぐべきかな? ……さすがにやめといたほうがいいよね。


 だとしても、現状ただ挨拶をしただけだ。もうちょっと行動して、サンドラさんと親睦を深めたい。


 こういうときのためにお土産を買ってきたんだ。さっそく渡そう。



「あの! 実はお土産がありまして……」


「あらそうなの? 気を遣わせちゃって悪いわね~」


「いえ、ほんとつまらないものですので!」


「つまらなくなんかないのだ! ジェイドはじっくり時間をかけて吟味して、厳選に厳選を重ねて、真剣に選んだのだ! 心からすごいと思える、最高のお土産なのだ! ドラミだったら嬉しくて泣いちゃうのだ……!」



 ハードル上げないで!? 


 気持ちは嬉しいけどね!



「それは楽しみだわ~」



 サンドラさんが期待の眼差しで見つめてくる。


 僕は緊張しつつ、リュックからお土産を取り出した。



「これ、クッキーの詰め合わせです!」


「あらあら、素敵な贈り物ねっ。おばさん、クッキーが大好きなのよ~」



 よかった! 喜んでもらえたぞ!


 この調子でどんどん渡そう!



「あとこれ、フライパンです! 焦げつきにくい加工が施されてるみたいですっ! こっちは包丁です! 試し切りもさせてもらいましたけど切れ味抜群でした! で、こっちが塩です! 天然塩と藻塩と昆布塩の3種セットです! あと紅茶セットと、こっちはコースターです! 可愛い果物柄を選んでみました!」



 どんなお土産を贈ればいいかわからなかったので、僕の母さんが喜びそうなものを選んでみたんだけど……


 ど、どうかな? 喜んでくれるかな?



「あらあら、たくさん買ってくれたのね」


「気に入っていただけましたか……?」


「もちろんよ~。今日から使わせてもらうわねっ」


「は、はいっ! ありがとうございます!」


「ドラミからもマリンにお土産なのだ~」


「やったー! オペラグラスです~!」


「ドラミとお揃いなのだ~!」


「友達の証です~!」



 ぎゅっとハグをするドラミとマリンちゃん。


 同じタイミングで、ふたりのお腹がぐぅと鳴る。



「お腹ぺこぺこなのだ!」


「早く食べたいです!」


「ガーネットちゃんの手料理なんてひさしぶりね~。ママとっても楽しみ!」



 横長の椅子に腰かけ、僕たちはいただきますをする。


 待ちに待った夕食だ。みんな美味しそうに食べてるけど……僕は味を感じることができなかった。


 緊張するのだ。まだ肝心の話をしてないから。


 和やかなムードだけど、娘さんと付き合ってますとか言えば空気が凍るかも……。


 そう考えると、食事が喉を通らない。



「あら、全然食べてないわね。どうしたのかしら?」 


「い、いえ、その……」


「がんばふのら、ジェイド!」



 ドラミがもぐもぐしながら応援してくれた。


 となりに座るガーネットさんも、テーブルの下で僕の手をそっと握ってくれた。


 緊張するけど……でも、言わなきゃ!



「あの! サンドラさんに大事なお話があります!」


「あらあら、そうなの? 私もね、ジェイドくんに話したいことがあるのよ~」



 な、なんだろ? 


 良い話かな?



「お先にどうぞ」



 話を促すと、サンドラさんはにこやかに言うのだった。



「マリンを助けてくれてありがとうね」


「ど、どうして知ってるんですか?」


「王都から帰ってきた日に、マリンから聞いたのよ。ずっとお礼を言いたいと思ってたわ。ドラミちゃんも、マリンと仲良くしてくれてありがとうね」


「こっちこそありがとうなのだ~」



 嬉しそうにもぐもぐするドラミ。


 これで話は終わりかな? だったら次は僕の番だ!



「実は僕、ガーネットさんとお付き合いさせていただいてます!」



 意を決して告げると――


 サンドラさんが、にこっと笑いかけてきた。



「ええ、知ってるわ」


「え、ええ!? 知ってたんですか!?」


「わたしが話したです~」



 さっきから黙々と魚の骨を取り除いていたマリンちゃんが口を開いた。


 そ、そうだったのか……。


 あれ? でも、サンドラさんずっと笑顔だよね?


 交際してるのを知ってたのに笑顔ってことは……



「僕、ガーネットさんと付き合っていいんですか?」


「もちろんよ。だって、ふたりはお互いのことが大好きなんでしょう?」


「はい! ガーネットさんのことが大好きです!」


「私も好きよ」


「だったら応援するわ。これからもガーネットちゃんをよろしくね」


「は、はい! ガーネットさんを幸せにすると誓います!」



 よかった!


 交際を認めてもらえて、本当によかった!



「さてさて。話はこれくらいにして食べちゃいましょう」


「はい! いただきます! ――美味しい! 美味しいです!」



 すっかり緊張が解け、僕はガーネットさんの手料理を味わい尽くすのだった。

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