《 第22話 ふたりきりの冒険 》
ジェイドたちを見送ったあと――。
ドラミはクッキーを頬張りながら、マリンと楽しくおしゃべりしていた。
「今日は本当に楽しかったのだ!」
「わたしもです! だって、やっと冒険者になれたですから!」
「初クエスト攻略、ほんとにほんとにおめでとなのだ! ささっ、ミルクをぐいっと飲むのだ!」
「ありがとうです! ぷは~、冒険のあとのミルクは格別です~!」
「わかるのだ! ドラミも冒険終わりのミルクは大好きなのだ! あれは格別な味がするのだ……」
「報酬で手に入れたぺろぺろキャンディーも格別な味がしたのです!」
「あれはほんとに美味しかったのだ! ジェイドも美味しいって言ってたのだ!」
「ジェイドくんが喜んでくれてよかったです! せっかくですから、お姉ちゃんにも舐めさせてあげたかったですけど……」
「美味しすぎて、あっという間になくなっちゃったのだ……」
テーブル上に転がるキャンディーの棒を見て、ふたりはため息を吐く。
キャンディーの美味しさもさることながら、初クエストの報酬で得た物は、特別な意味を持つ。
マリンがキャンディーをプレゼントすれば、ガーネットは跳びはねて喜ぶはず。
大好きな姉の喜ぶ顔を想像したのか、マリンが言う。
「……お店、まだ開いてるですかね?」
「たぶん開いてるのだ。だけど、お金はあるのだ?」
「ええと……ぎりぎり足りないです……」
財布を確認したマリンが、がっくりとうなだれる。
お家には大金があるが、ジェイドの許可なく持ち出すわけにはいかない。なにより自分で稼いだ報酬で買わないと意味がない。
そこでドラミは、ぼそっと提案してみた。
「……クエスト、受けてみるのだ?」
「で、でも、もう夕方です……」
ジェイドにもガーネットにも、夕方以降のクエストは止められている。
べつに意地悪をしているつもりはなく、夜中出歩くのは危ないからだ。
だけど、スライムは強敵じゃない。
それに、あの草むらにはスライムしか見当たらなかった。
つまり、ジェイドたちが心配しすぎなだけで、そこまで危なくないのだ。
「平気なのだ。だってマリンはスライムをぼこぼこにしたのだ。それにドラミだってついてるのだ!」
ドラミが言うと、マリンは前のめりになった。
どうやらマリンも、もう一度クエストを受けたいと思っていた様子。
「……クエスト、受けてもいいですかね?」
「受けるなら急いだほうがいいのだ!」
いまから出れば、まだ間に合う。
スライムを倒すだけなら、ギルドが閉まるまでに換金できるはずだ。
「受けるです!」
「決まりなのだ~!」
ドラミははしゃぎ声を上げた。
マリンとは明日でお別れだ。次はいつ会えるかわからない。
最後にもう一度冒険をして、素敵な思い出を作りたいと思っていた。
そうと決まれば急がなければ。ふたりはすぐさまギルドへ向かい、スライム討伐のクエストを受けて王都を出る。
その頃には、すっかり日が落ちていた。
最初の頃は王都からの灯りがあったものの、街をちょっと離れると、街道は暗闇に包まれる。
「暗いです……これじゃスライムは見つからないですよ……」
「心配いらないのだ! こんなときのために、ポーチにこれを入れておいたのだ!」
じゃじゃーん!
とドラミが取り出したのは、短い筒だった。
「そ、それは……! ……なんです?」
「ライトマッシュの魔石なのだ~!」
「わあ! それさえあれば光を灯せるです!」
「うむ! さっそく使ってみてほしいのだ!」
マリンは筒を受け取る。
すると、筒から明かりが漏れた。
薄明かりだが、ふたりにとってはとても心強い光だ。
マリンはさっそく草むらを照らす。
だが、数歩先は暗闇に包まれており、どこにスライムがいるか見当もつかない。
「草むらに入ってみるです?」
「うむ! いつ出てきてもいいように、警戒を怠らないよう気をつけるのだ!」
「はいです! さあ、いつでもかかってこいです!」
ドラミとマリンは街道を逸れると、膝丈ほどの草むらを勇ましくかき分けていき、先へ先へと進んでいく。
しかし……
最初は血湧き肉躍る冒険に高揚していたドラミだったが……王都が遠のくにつれ、じわじわと不安がこみ上げてくる。
だけど、いまさらやっぱり帰ろうとは言えない。
クエストを受けようと提案したのはドラミであり、しかもマリンに尊敬されているのだから。
ここで臆病さを晒してしまうと、がっかりされてしまうかも。
――だいじょうぶ! いつもジェイドと危険な旅をしているのだ、スライムなんて怖くない!
そう自分を鼓舞しつつ、マリンとともに歩いていき――
ぶよんっ!
突然ドラミは背中を押された。
「うわあ!? スライムに体当たりされたのだ! 気をつけるのだ!」
「ど、どこにいるです――ひゃう!?」
マリンが膝をついてしまう。
スライムに体当たりされたようだ。
マリンはとっさに立ち上がると、あたりを見まわす。ドラミも視線を巡らせたが、スライムの姿は見えない。
けれど、近くにいるのは確かだ。がさがさと音が聞こえてくる。しかも、あちこちから――
「も、もしかして、スライムは何匹かいるのだ?」
「か、かもしれないです……。だって、がさがさ音が大きすぎるです……」
ドラミとマリンは顔を見合わせ、こくん、とうなずく。
そして、ふたりは手を繋ぎ――
「逃げるのだ!」
「はいです!」
王都を目指して戦略的撤退をする。
だが、まわりこまれてしまったのか、ドラミはスライムを踏んづけ、足を滑らせてしまう。
「だ、だいじょうぶです!?」
「平気なのだ! ちょっとしりもちをついただけなのだ!」
「よ、よかったです……! でもどうするです!?」
「こ、こっちに逃げるのだ!」
ふたりは手を繋ぎ、今度は王都とは逆方向へ足を走らせる。走って走って走って――
気づけば王都を遠く離れ、森沿いまで来ていた。
ざわざわと葉擦れの音が不気味に響くが、がさがさ音は聞こえない。とりあえず、危機は脱したようだ。
ドラミは安堵の息を吐く。
「へとへとです……」
「ちょっと休憩するのだ?」
「ですね。一休みしたら、もう王都に帰るです」
「それがいいのだ。――あっ、そうなのだ。いいものを持ってるのだ~」
ドラミはポーチから干し肉を取り出した。
ひとつをマリンに渡し、干し肉にかじりつく。
「塩気が疲れた身体に染み渡るのです……」
「冒険の必需品なのだ」
「ライトマッシュの魔石といい、干し肉といい、ドラミちゃんは頼もしいです!」
マリンに尊敬の眼差しで見られ、ドラミはなにか謙遜の言葉を返そうとした。
だが、口から出たのは悲鳴だった。
なぜなら突然、巨体が降ってきたのだ。
ライトマッシュの明かりに照らされたそれは、翼を持つ二足歩行の獣――
「ぎゃああああああああああああああ!?」
「ひゃああああああああああああああ!? ウィングベアです!?」
「な、なななんなのだそれは!?」
「三つ花クラス相当の魔獣で視覚と聴覚がないって図鑑に書いてあったです!」
「だ、だったら安心なのだ!」
「で、でもウィングベアは鼻が利くです!」
「だ、だったら急いで干し肉を投げるのだ! えい!」
「やあ!」
ふたりは干し肉を遠くへ投げた。
ウィングベアがそちらに気を取られた隙に、ふたりは森の奥へ逃げていく。
「あっ! こんなところに洞穴があるです!」
「よ、よかったのだ! しばらくここに身を潜めるのだ!」
ドラミたちは洞穴に身を隠した。
奥に進むと、ぷぅんと異臭が漂ってきた。
「す、すごく臭いのだ……」
「鼻が曲がっちゃいそうです――ひゃあ!?」
マリンが悲鳴を上げ、同時にドラミは涙目になる。
臭いの正体は、腐臭だった。
洞穴には、獣の死体がごろごろ転がっていたのだ。
「こ、ここ、ウィングベアの巣穴なのだ!?」
「急いでここを出るです! じゃないと戻ってくるですよ!」
ドラミたちは大急ぎで外へ向かう。
だが、ちょっと遅かった。
巣穴の外に、ウィングベアが佇んでいたのだ。
マリンはへなへなと座りこみ、涙を流し始めた。
「わ、わたしのせいです……わたしがクエストに付き合わせたせいで、ドラミちゃんまで食べられちゃうです……」
「そ、そんなことないのだ! ドラミがクエストに誘ったせいなのだ! マリンは悪くないのだ! だから……」
恐怖と後悔に顔を歪め、懺悔しながら涙を流す友達を見て、ドラミは決意した。
本当はこんなことしたくなかったが……友達の命のほうが大事だ。
「だいじょうぶ。もうだいじょうぶなのだ。マリンはドラミが守るのだ」
マリンに優しく語りかけ、ドラミは服を脱ぎ、ヘアピンを外した。
マリンが、戸惑うように目を丸くする。
「ど、どうして脱いでるですか?」
「マリンを守るためなのだ。さあ、危ないからマリンは下がっているのだ」
「い、嫌です! こうなったらわたしも一緒に戦うです!」
「その必要はないのだ。あんな奴、ドラミひとりで楽勝なのだ! だって――だってドラミは、本当はものすごく強いドラゴンなのだ!!」
叫び、洞穴を飛び出したドラミ。
その身体が眩い光を放ち――
『ガアアアアアアアアアアアア!!』
ホワイトドラゴンの姿になると咆哮を上げ、ウィングベアに襲いかかる。
――バシッ!!
前脚で弾いた瞬間、ウィングベアは大樹にぶつかり、動かなくなる。
これにて一件落着。あとはマリンを王都に連れて帰るだけ。
だけど……ドラミはホワイトドラゴンの姿を晒してしまったのだ。
マリンは怖がっているだろう。ドラミにはついてきてくれないだろう。
たとえついてきてくれたとしても、そこでお別れ。ドラミの家に一緒に帰ることはない。
だってもう、マリンはドラミを友達だと思っていないのだから。
こんなことなら、おとなしくお菓子パーティを続けるんだった。そうすれば、今頃楽しい時間を過ごせていたし、幸せな気持ちで眠りにつくこともできたのに……。
ドラミは悲しみに襲われ、泣きたい気持ちに駆られた。
そのときだ。
「ドラミ!」
ジェイドの声が響いた。
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