《 第10話 港町 》
翌日の昼下がり。
僕とドラミは列車に乗って港町にやってきた。
ドラミと色々な町を訪れたけど、ふたりで港町に来たのははじめてだ。かんかん照りのなか、涼しい潮風に吹かれ、ドラミは鼻をヒクつかせている。
「しょっぱい匂いがするのだ」
「潮風だよ。ドラミ、海ははじめて?」
「海には放浪時代に助けられたことがあるのだ。貴重な飲み水だったのだ。しかも魚が泳いでて、なんとドラミは手掴みで捕まえたことがあるのだ!」
「貴重な水と食料があるのに、どうして移住しちゃったの?」
「ひとつ捕まえる頃にはへとへとになってて、逆にお腹が空いてしまうからなのだ……」
「そうなんだね。ところで、それって湖じゃない?」
「どう違うのだ?」
「大きさも違うけど、なにより海水は飲み水にはならないよ。すごく塩辛いんだ」
「味がついてるのだ!? 美味しそうなのだ……!」
「美味しくはないんじゃないかなぁ。それに飲みすぎると死んじゃうよ」
ドラミがぞっと青ざめる。
「毒なのだ……?」
「毒ってわけじゃないけど、身体に害があるんだ」
あくまで人体の話で、ドラゴンへの影響はわかんないけど。
「海では口を閉じるようにするのだ!」
「魔獣もいるから、陸で待っててくれてもいいけど」
「ドラミも現場に居合わせたいのだ! そして王都の奴らにドラミの武勇伝を聞かせてやるのだ! 凶悪な魔獣を前にしてもドラミは一歩も退かずに堂々と佇み続けた、と」
道行く人々に『ドラミもすごい!』と褒められるのが癖になってしまったみたい。
「そんなわけで早く海に行きたいのだ!」
「だね! 急がないとガーネットさんが今日も魚料理を逃しちゃうよ」
「ジェイドは本当にガーネットが好きなのだなぁ」
「ま、まあね! お世話になってるからね! これくらいの恩返し、当然さ!」
早く海に出て、魔獣を倒して、漁業を復活させたい。
そして仕事を頑張ってくれているガーネットさんに美味しい魚料理をお腹いっぱい食べてもらうんだ!
だけどその前に寄るところがある。
「こっちだよ」
狭い通りを道なりに進み、白塗りの家の前で立ち止まる。
三階建ての、このあたりでは一番背の高い建物だ。
ドアノブに手をかけると、ドラミが待ったをかけてきた。
「勝手に入って怒られないのだ?」
「平気だよ。ここ僕の別荘だもん」
「どうして別荘なんか持ってるのだ?」
「夕日がものすごく綺麗だったからだよ!」
クエストでこの町を訪れたとき、水平線に沈む夕日がとても綺麗だったのだ。
そこで僕は思った。この夕日を見れば、ガーネットさんもうっとりしてくれるんじゃないかって。
ロマンチックなムードになり、キスできるんじゃないかって。
そして気づいたときには、僕は別荘を買っていた。
「ジェイドは夕日が好きなのだなぁ」
「まあね。とにかく僕の家だから遠慮せず入ってよ」
「お邪魔するのだ~! ……うっ、ほこりっぽいのだ」
「2年前に買って、それきりだからね」
「掃除をするために寄ったのだ?」
「釣具を取りに来たんだよ」
「それで魔獣を釣るのだ?」
「それならそれでいいけどね。釣りたいのは魚だよ」
海に出ても、魔獣が都合よく現れてくれる保証はない。
そこで魔獣が出てくるまで、魚釣りをして待つことにしたのだ。
釣った魚を昨日の店へ持っていき、料理してもらい、常連のガーネットさんと食事を楽しむという筋書きだ。
それとなく『僕たちが釣った魚です』とガーネットさんに伝えれば、ちょっとは僕の好感度も上がるはず!
「ええと、たしかこっちの部屋に……あった」
空き部屋に釣具一式を発見する。
いつかガーネットさんとのあいだに子どもができたら一緒に楽しもうと思って買っておいたのだ。まさかこんなところで役に立つとは。
「いっぱい釣ってみせるのだ!」
張り切るドラミと外へ出る。
日射しを浴びつつ歩くことしばし、僕たちは船着き場にたどりつく。
船着き場には、漁師と思しきおじさんたちが集まってなにやら話し合っていた。
みんな深刻そうな顔をしている。きっと魔獣被害に頭を悩ませているのだろう。
それを横目に、僕たちは小船へと向かう。日除けのついた4人乗りの小船だ。
ガーネットさんとのデート用なのでもっと小さいのでもよかったけど、子どもができたとき家族で楽しめるようにあらかじめ4人乗りを買ったのだ。
「これは誰の船なのだ?」
「僕のだよ。夕日を見ながら船旅を楽しもうと思って、別荘と一緒に買ったんだ」
「ジェイドは本当に夕日が好きなのだなぁ」
好きなのは夕日じゃなくて、ガーネットさんだけどね。
「さっそく乗ってよ。揺れるから気をつけてね」
「どきどきなのだ……」
ドラミが緊張の面持ちで一歩踏み出し、船に片足をつけようとした、そのとき。
「いま船に乗ってはならん!」
大声で呼び止められ、ドラミは足を滑らせて海に落ちそうになった。
ぎりぎりのところで腕を掴み、引っ張り上げる。
「び、びっくりしたのだ……。どうしていきなり声をかけるのだ!」
「きみたちが船に乗ろうとしていたからだ。半月前から魔獣が出没しているから、いま海に出るのは危険だぞ」
「危険は承知の上です。僕たち、どうしても海に出なきゃならないんです」
「どうしても行きたいというのなら無理にとは言わないが……。ぜったいとは言いきれないが、それくらいの小船なら、魔獣に気づかれずに帰れるだろうからな」
「えっ!? 小船だと気づかれないんですか!?」
困るよ! 船をおとりに魔獣をおびき寄せる作戦なんだから!
泳いで魔獣を探せば何日がかりになるかわからない。
そんなに長いあいだガーネットさんに会えないなんて耐えられない!
だったら――
「あれって、どなたの船ですか?」
数十人は運べそうな立派な船を指さす。
あれだけ大きいと魔獣も放っておかないはずだ。
「私の船だが」
「でしたら――」
僕はリュックからパンパンに膨らんだ皮袋を三つ取り出した。
「ここに3000万ゴルあります! これで船を貸してください! 壊れたら言い値で弁償します!」
いつどこで素敵な別荘との出会いがあるかわからないので、普段から大金を持ち歩くようにしているのだ。その癖がこんなところで役立つとは。
皮袋の中身を見せると、おじさんはぎょっと目を見開く。
「こ、こんな大金受け取れない!」
「そこをなんとか! お願いします!」
「お願いされてもね……。きみ、海へ行くつもりなんだろう?」
「はい!」
「だったら貸せない。この船で海へ行けば、間違いなく魔獣の餌食になるからね」
「僕なら平気です!」
「そうなのだ! ジェイドは強いので魔獣など一撃なのだ!」
おじさんが、大金を見たとき以上にぎょっとする。
「ジェイド!? ジェイドって、あのジェイド様かい!?」
「ジェイド様!?」
「ジェイド様だって!?」
船着き場にいたおじさんたちが集まってくる。
「竜を象った宝剣に満開の花紋……! ほ、本物だ! 本物のジェイド様だ!」
「なぜジェイド様がこちらに!?」
「まさか仕事で!?」
「魔獣討伐の依頼を受けてくださったのですか!?」
期待に満ち満ちた眼差しに、僕は首を横に振る。
「いえ、魚釣りに来ただけです。魔獣討伐のクエストは、僕のクラスでは受けられませんから」
「そ、そうですか……ジェイド様が引き受けてくだされば、これほど心強いことはないのですが……」
「しかし、いま釣りへ出れば魔獣に襲われてしまいますが……」
「承知の上です。クエストを受けることはできませんが、釣りの最中に襲われて返り討ちにするのはギルドの規則に反しませんからね」
「つ、つまり、自らをおとりに魔獣を倒すということですか?」
「しかも無償で……」
「ジェイド様に得などないのに、危険を顧みず我々を救ってくださるなんて……」
「いったいなぜ、そこまでしてくださるのですか?」
「恩返しなのだ!」
ドラミが言った。
おじさんたちがざわつく。
「恩返しとは……誰へのですか?」
「きっと生まれ育った母国への恩返しなのだろう」
「なんという愛国心……!」
「ジェイド様バンザイ!」
「無欲の英雄バンザイ!」
おじさんたちにバンザイで見送られ、僕はドラミと大きな船に乗りこむ。
操舵輪に埋めこまれた魔石に魔力を流すと船尾のスクリューが回転し、船が動きだした。
そして――
「……なにも出てこないのだ」
何事もなく、沖に出た。
スクリューを止め、しばらく待ってみたけど、魔獣は出てこない。
「釣りする?」
「するのだ!」
なかなか出てこないので、当初の予定通り釣りをして待つことに。
「大物を釣ってやるのだ!」
僕たちは釣り竿を振る。
小さな水しぶきを立て、疑似餌つきの針が海に沈む。
「………………」
「………………ッ!」
しばらくして、僕の釣り竿に動きがあった。
釣り竿を引っ張り、リールを巻いていき――
「よしっ!」
手のひらサイズの魚を釣り上げることに成功!
「どう? 美味しそう?」
「美味しそうなのだ! よーし、ドラミも負けてられないのだ!」
なんて張り切るドラミだったけど、僕が5尾釣り上げる頃になっても、ドラミの竿に動きはなかった。
「ドラミは魚に嫌われてるのだ……?」
「そんなことないよ。きっと場所が悪いんだ。僕の場所と交換する?」
「交換するのだ!」
ドラミと場所を交換し、再び釣り竿を振る。
「うわあ!?」
突然ドラミの釣り竿が大きくしなった。
折れてしまいそうな勢いだ。
「も、ものすごい大物なのだ! これはお腹いっぱいになりそうなのだ~!」
お皿に載りきらない魚料理を想像したのか、ドラミの口からよだれが垂れる。
そのときだ。
ざばあああああん!
と、ふいに海面が大きく盛り上がり――
そこから、巨大なサソリが姿を見せた。
「ぎゃああああああああああああああああ!?」
バシャバシャと降り注ぐ海水を身体中に浴びながら絶叫するドラミ。怖ろしいやらしょっぱいやらで顔を歪ませてしまっている。
「これが魔獣の正体か……!」
それは、本来ならば浅瀬に棲息する魔獣――マリンスコーピオンだった。
ただし、僕が知っているそれとはサイズが桁違いだ。
突然変異でこうなったのか、長い年月をかけてこうなったのか。両手は船を軽々と切断できそうな巨大ハサミになっていて、ジャキジャキと威嚇音を鳴らしている。
「海に帰れなのだ! 海に帰れなのだ!」
ドラミはポケットから小石(旅の途中に綺麗な石を見つけては拾い集めていた)を取り出すと、マリンスコーピオンに投げつける。
こつん、と硬い殻に命中した次の瞬間、マリンスコーピオンはハサミで船側を挟んだ。
ギリギリと音を立て、船を切断しようとする。
「どどどどうするのだ!? このままでは船が真っ二つなのだ!」
「そうはならないよ。魔法で船をガチガチに強化しておいたからね。あとは倒すだけさ!」
僕は甲板を蹴って高々と跳躍すると、魔獣の頭部に着地して、拳を叩きつけてやる。
バキィイイイイイン!!!!
頭部が粉々に砕け散り、青い血とともにマリンスコーピオンから黒い煙が発生。魔素が花紋に吸いこまれていく。
「死んじゃうかと思ったのだ……」
船に戻ると、ドラミがぺたんとしりもちをつく。
腰が抜けちゃったみたいだ。
「さて、あとは帰るだけだね」
早く帰ってガーネットさんに新鮮な魚を食べさせたい。
僕たちは港へ引き返す。
そして事の顛末を話すと、漁師さんたちは大いに喜んでくれた。
「ありがとうございますジェイド様! これで安心して漁ができます!」
「ちなみにドラミが魔獣を釣り上げたのだ!」
「ドラミ様もありがとうございます!」
「どういたしましてなのだ!」
漁師さんたちに褒められてご機嫌そうなドラミとともに、僕は王都へ引き返したのだった。
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