第6話
今日も朝から雨が降り続いていた。こんな日には家の中で布団に包まっているに限る。モラトリアムの中を浸っている学生の身分としては、自主休講だなんて便利な言い訳をして休んだりする事だってある。
もし学校を無事に卒業する事ができて、サラリーマンになんてなってしまったらどんな憂鬱な日でも出勤をしなければいけないと思うとゾッとしてしまう……と、そんな風に考えてみたけど、どんな仕事についたって『気分』で仕事は出来ねぇんだ。
今だってめんどくさいと思いながらも講義には参加しなきゃいけねぇんだから同じよなもんだなと、そう思った。
手に持っていたペットボトルをひねり、自分の体温で温くなってしまった水で喉を潤して、オレは隣にいる奴に目をやった。隣の奴はニヤリとイヤらしそうに口角を上げて呟いた。やっぱりいつ聞いても調子の外れた、明るい声だ。
「コウちゃーん、緊張しちゃってるのぉ? ホント、ウブだよネェ」
こいつは一体何を言っているんだろうか? あんまりにも調子が良過ぎて、どうにも力が抜けてしまう。これもコイツなりの場の和ませ方なんだろうかと思うとキツい言葉を返すことは出来なくなる。
この調子の良い、ヒョロっとしたツーブロックの男が匠。一応友人ということになっている。オレが『あの事件』をどうにか終わらせた後、全然人が寄り付いてこなくなった間にもコイツや、本井とかだけは何かにつけて関わってきた。
外見はツーブロックのトップの部分を金髪に染めて、謂わゆる『パリピの情報屋』みたいな奴なんだが、変なところでしっかりした事も言いやがるから、正直頼りになる。まぁ本人がパリピを自称しているだけに、かなり顔も広くどんな情報でも持ってきやがる。
正直ありがたい奴だ。まぁ煩いのが玉に瑕だけどな。
「んなことねーよ。あんまり人のことからかってんじゃねぇよ」
オレは顔を上げて少し遠くを見た。今オレたちがいるのは講義棟の一室。オレたちの通う学校は変に設備だけは充実していて、山ほど講義室がある。すべてが同時に稼働するわけではないから、必然的に自習室として開放される講義室もあるから、こんな風に人っ子ひとりいないところも出てくる。どんだけ金使ってんだよ。設備を充実させんもの良いけど、授業料とのバランスも取ってくれよって思っちまう。
「で、いつ頃来るんだよ?」
オレがそう問いかけると匠があっさり答えた。さすがは情報屋だ。
「彼女、三限まではフルで入ってるから、もうすぐ来るよ」
「そか。でどっから仕入れたんだよ。例の件の情報」
「んー仕入れたっていうよりも、ぽんぽん情報入ってきたっていうのがホントのところかな。女子で仲良くしてるグループが何個かあるんだけどさ。噂のこと調べ始めたらすぐに、そのつてで教えてもらえたのよ。こうゆうのはやっぱり女子のネットワークってすごいよね」
「じゃあ、ほとんど労力もかかってねぇって事か」
「でもさ、どこまで本当かっていうのも微妙なとこよ? 基本的に話に尾鰭が付いちゃってて、明確じゃないしさ」
「そか……」
オレは再びペットボトルに口をつけ、喉を潤した。匠がそんな情報を持ってくるのは珍しい。普段は間違いないモノをもって来るだけに意外ではある。しかし同時にこの噂の実態がまだまだ掴めていないという事だろう。匠は少し落ち着いたトーンで言った。
「だから今回はこっちも同席って事でさ。ほんとーは絶対表には出ないでおこうと思ってたんだけどねぇ……ま、それにあの子らにも個人的に興味あるんだよね」
見直したと思ったらこれだよ。全くそこまで計算してやってんだか。
「結局それかよ。まぁ良いけどよ……」
「でも正直こっちだって驚いてんだよ?」
突然匠がそう尋ねて来る。先ほどよりもより落ち着いたトーンだ。
「こんなに早く動こうとするなんてさ、そんなにこの噂の事気になんの?」
「あ? 今更何言ってんだよ」
「体育会の情報を仕入れたってことはさ、本井くんから話聞いたんでしょ? 彼も言ってたよね? この件に関わるのは賛成しないって」
あえて柔らかい言葉を使っているのは理解出来た。しかし言いたいことは本井と一緒だろう。
「そうだな。確かに言ってたよ。まぁ本井の奴は『お前が関わったら周り巻き込むだろ』って言ってたけどな」
ヘラヘラと笑いながら、オレは冗談まじりに返す。それを聞いたときの匠の表情はどこか心配している風にも哀れんでいる風にも見えた。いずれにしても真剣な面差しということだけはわかる。
「あー分かるだろ?」
「分かんないよ。なんで面倒ごとに首突っ込むのかなーっていっつも疑問に思うね」
キッパリとそう切り捨ててくる。同時に「まぁそうゆうとこが嫌いじゃない」と呟いているが、男からの惚気なんて気持ち悪いだけだからスルーしておく。
まぁここは真剣に答えとくか。
「あれだよ。わざわざオレを頼ってくれてんだ。困ってんなら動くしかねぇだろ?」
オレだって面倒くさいよ。正直自分から面倒ごとに首を突っ込むのは嫌だ。でもさ、『あの事件』からちょっと考え方を変えたんだ。目の前で困ってる奴がいりゃぁ、ちょっとでも助けてやりてぇって思うんだよ。
匠は少し驚いたように目を見開いてこちらを見つめて来る。どこか意外なことでも言ってしまっただろうか。
「まぁ、『コウちゃんらしい』ね」
どうにも腑に落ちないが、まぁ納得してくれたのなら良いだろう。
そんな風に結論付けていると、講義室の扉の開かれる音が響いてきた。
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