第5話 青い髪 7.謝礼

意識を失ったデュナと、まだ何が崩れ落ちてくるか分からない室内。

瓦礫の狭間から僅かに覗く空は遥か彼方で、地下二階はとても深く感じられた。


静まり返った部屋に、男の呻き声が小さく聞こえる。

生きている人がいるんだ。

きっと怪我をしてる。

少しでも治癒しないと……。

慌てて立ち上がろうとした私の腕を、スカイが掴んだ。

「動くと危ない」

崩れた瓦礫の積み重なる床は、正直、どこを歩けばいいのか見当もつかなかった。

けれど、すぐ傍で死にかけている人がいるというのに、放っておくわけにもいかない。

「でも……」

言いかけて、スカイの腕が震えていることに気付いた。

なるべく静かに、それでも、肩で息をしているスカイ。


そうだ。まずはスカイの治療をしなきゃ……。


スカイの左肩はまだ潰れたままだったし、焼けたような痕が走る背中も、繰り返し叩きつけられたような頭も、依然血まみれのままだった。


青い髪というのは、血に染まったところで紫になるわけではないんだな……と、右手に握ったロッドの光で照らし出されるスカイの髪を見つめる。

それは、スカイやデュナがどんな状況に追い込まれても、自分らしさを失わない事と重なるようだった。

スカイの肩に手を伸ばして、祝詞を唱えるべく口を開こうとした時、頭上から力強い声が響く。


「スカイ君、無事か!?」

聞き覚えのある、この声は……。

「「ロイドさん!?」」

私の声に、スカイの声が重なった。

「私達は大丈夫です! けど、盗賊崩れの人達が……!!」

自分の発した声は、自分でも驚くほどに震えていた。

「ラズ君!? どうしてそんなところに……」

「瓦礫に潰されてる人が大勢いるんです!!」

私の叫びに、ロイドさんが頭上で指示を飛ばす

「すぐ教会に連絡しろ!! ありったけのヒーラーを集めて来い!!」

返事をした男達の声にも、やはり聞き覚えがあった。

おそらく、あの猫背の男とぼんやりした男だろう。


ヒーラーというのは治癒術を扱う人たちの事だ。

遠ざかる二つの足音に幾分かホッとする。


盗賊ギルドの人でも、足音を立てて走るんだなぁ。

それとも、私に聞こえるようにわざと……?

「今そっちに行くから、君達はそのまま動かないでいるように。いいね?」

「はい」

優しい口調ではあったが、どこか有無を言わせない圧力を感じる言葉に、大人しく従う。


「スカイ、怪我治すね」

「おう。助かるよ」

今、私に出来る事といえばこのくらいしかない。

スカイに向き直り、その砕けた肩に手をかざすと、いつも通りの手順で祝詞を数度唱える。

肩を治して、背中を治して、最後に頭へと手をかざす。

「精神足りてるか?」

「うん、まだ大丈夫」

大分少なくなってはいたが、もうあと三回ほどは唱えられそうだ。

「いっ……てて……」

小さな声と共に、スカイが身じろぎする。

普段、治癒中もじっと耐える事が多いスカイが、声を上げるなんて珍しい。

やっぱり疲れているのかな……。


頭は、出血ほどの傷でもなく、一度で治ったようだった。

血の張り付いた髪を掻き分けて、スカイが傷口のあった場所に触れる。

「あ……治っちまったか」

ほんの少し残念そうな、困ったような顔で頭に触れているスカイ。

「? 治したよ……?」

なんだろう。治しちゃいけなかったとか……?

そんなことはないと思うんだけど……。

「や、なんでもない。さんきゅ。助かったよ」

ぶんぶんと頭を振りながら、スカイが慌てて感謝を口にする。

いつもの黒いバンダナも完全に外れてしまった頭は、その動きに合わせて、青い髪をなびかせた。

「思ってたよりフサフサだなぁ……」

「は?」

つい口から零れてしまった言葉を慌てて掻き消す。

「あ、ううん!! なんでもない!!!」

「お、おう……」

スカイが私の勢いに圧倒されて退いたのをいい事に、視線をフォルテに移動させる。

フォルテはまだぼんやりと空中を見つめたまま立ち尽くしていた。

「……フォルテ……」

そこへロイドさんが到着する。

来る途中、通り道の安全確保と瓦礫撤去をしながらここまで来たらしい。

なるほど、それでこんなに時間がかかったのか……。


ロイドさん達は、捕らえた盗賊崩れからアジトの場所を聞きだした後に起こったこの地震で、囚われているスカイ達が心配になって来たのだと話してくださった。

地上もそれなりには揺れたらしいが、ここほどではなかったようだ。


その話にホッとする。

これで、地上にまで被害者が出ては…………。


……えーと……被害者?


待って……。なんだか、これは……。


仮に、ここで瓦礫に潰れた男達が被害者だとして、その、加害者は誰になる……?

まさか、それって……。


――………………フォルテ……?


気付きたくなかった事実に、私は言葉を失った。



ロイドさんとスカイが、奥の部屋へと続く道の瓦礫を撤去しようとしている。

あの細い道は、今や完全に崩れた岩で塞がれていた。


私の足元には、当分目を覚ましそうにないデュナが眉間にしわを寄せたような表情で横たわっている。

その下には私の、穴の開いたマントが敷いてあった。

いつまでも立ち尽くしていたフォルテは、手首に巻かれた縄を解こうと手を取った拍子にかくんと意識を失った。

今は、私の腕の中で眠っている。


その小さな足首に巻きつけられていたはずの縄は、切られたような形跡もなく、ごく自然に解けていた。

その自然さが、あまりに不自然すぎて恐ろしかった。


規則正しい寝息をたてているフォルテの、小さな額にそっと手を当ててみる。

ふわふわのプラチナブロンドが、グローブを外した指に掛かる。

ここに、ほんの少し前まで、あの紋章が浮かんでいた……。


「あれぇー? ラズちゃんこんなとこで何してんの?」

場違いなほど軽い口調で声を掛けられて振り返ると、入り口あたりに聖職者達の姿が見える。

声の主である猫背の男が緊張感の無い様子でひらひらと手を振ってみせる。

「スカイの姉ちゃんはまたノビてんだ? 無茶するとこは姉弟似てんだなぁ」

こちらを覗き込みながら、瓦礫の間をひょいひょいと身軽に抜けてやって来る男。

「よーし。今度こそ俺が宿まで運んで差し上げようじゃないか」

デュナを見下ろして、元々口元に浮かべっぱなしの悪戯っぽい笑みを濃くする青年に、ロイドさんの指示が飛ぶ。

「おい、ディルこっちを手伝え!」

「ぅえーーーー? 俺はこの子達を……」

あからさまに不服そうな声をあげて反論する猫背の男の声に、ロイドさんの言葉が重なる。

「ボゥロ、スカイ君達を送ってやってくれ」

「ああ、分かった」

「なんだよケチ!!」

静かに頷いて、穏やかな笑みを浮かべたままこちらへ向かってくるぼんやりした男性とは対照的に、猫背の男がぷりぷりと憤慨しながら、それでも指示通りにロイドさんの元へ向かった。

「俺まだ手伝……」

スカイの言葉を遮るように、ロイドさんが優しい声で諭す。

「スカイ君も、今夜はもう休むんだ。

 明日の訓練は休みにしよう。こちらもこの件でごたついてしまいそうだしな。

 明後日、皆でおいで。それまでに、その男から事情も聞いておくよ」


と、近くに縛り転がされているバンダナの男を指した。

バンダナの男は、運良く瓦礫の隙間で伸びていた為ほぼ無傷だった。


「あ、ロイドさん。その男、バックステップ使ってた」

スカイが思い出したように言う。

「ふむ。それなら受講者のリストがまだ全員分残ってるな……」

「あとさ、俺、出来たよ、バックステップ!!」

「おお、凄いじゃないか」

一度だけだけど……と小さく付け足すスカイの頭をわしわしと撫で回して

ロイドさんがその瞳を細める。


ぼんやりした男性が、そうっとデュナを抱え上げると、スカイも慌てて駆け寄ってくる。


スカイの血まみれの服では、

フォルテを背負うとフォルテの服まで汚れてしまいそうだったので、

床に敷いていたマントをスカイの背にかける。

「ラズは寒くないか?」

「うん、平気」

スカイがフォルテを背負うのを見て、デュナを抱えるぼんやりした男が私達に声を掛ける。

「じゃあ行こうか」

「「はい」」

私とスカイの返事。

スカイが「はい」なんて言うのがちょっと新鮮に思える。

「足元気をつけて」

穏やかに微笑むぼんやりした男が、デュナを横抱きにして足元が見えないにも関わらず、危なげなく瓦礫の間を抜ける。


一度振り返ってロイドさんにお礼を言う。

深々と頭を下げると、ロイドさんはゆっくり頷いて答えてくれた。

本当に、今日はロイドさん達にはお世話になりっぱなしだ。


いつまでも温かい瞳でこちらを見守っていたロイドさんが、

その後ろで、棒切れで器用にひょいひょい……梃子の原理だろうか?

あまりにサクサク瓦礫を撤去していた猫背の男に

「俺一人に全部させる気か」と文句を言われている。

なんだか盗賊ギルドの人って皆意外と器用なんだよね……。

スカイもそうだけど……。

「おお、すまんすまん」とロイドさん。

仲の良さそうな二人のやり取りを耳にしながら崩れ掛けの部屋を後にする。

部屋のあちこちでは祝詞が唱えられ、血の臭いは随分薄れていた。


誰も、この地震が人為的なものだなんて思ってもいないだろう。


私にも、まだ確信があるわけではなかったが、もしそうだったとして……フォルテがこの地震のきっかけだったのだとして、フォルテはその責任を問われる事になるのだろうか。


ふいに、デュナの言葉を思い出す。

強制的に幸運が発生する事によって引き起こされる、運のバランス作用……。

デュナは、幸運と不運は常に同量でないといけないと言っていた。


それはつまり、フォルテが強制的に幸運を起こした分だけ、誰かが不幸になるという……?


大きくかぶりを振る。

よく分からないままにあれこれ推測するのは止そう。

詳しい事はデュナが起きたら聞くことにして、私は、この地震で死者が出ない事だけを強く祈りつつ宿へと戻った。


----------


「あ、見てラズ、これ綺麗ー♪」

フォルテが、細かな細工の入った小さい宝石箱のようなものを拾い上げて言う。

「本当だね」

小さな両手の平に乗せられてキラキラ光る小箱。

それに負けないくらいキラキラと瞳を輝かすフォルテに笑顔を返す。

私達は、また窃盗団のアジトに来ていた。

ボロボロの室内は、床にも壁にも崩れないよう魔術補強がされていて、あちこちに魔方陣が浮かんでいる。


最初は盗賊ギルドでロイドさんに話を聞いていたのだが、そこでデュナが窃盗団壊滅についての報酬は無いかと話を切り出した。

「残念ながら、懸賞金をかけてたわけでもないしなぁ……」

デュナに詰め寄られて困ったロイドさんが

「そうだ。現物支給ってのはどうだい?」

と、私達をここへ連れて来たのだった。


「これ、全部盗品なんだ?」

瓦礫の隙間からあれこれ引っ張り出していたスカイがロイドさんを振り返って言う。

「まあ、大方そうだろうな。盗難リストにあるものは返品してゆかねばならないが……」

と、ロイドさんが手元の書類をめくる。

そこには、被害届けの出ている品物と元の持ち主、被害に遭った際の詳細等がびっしり書かれていた。

「何か欲しい物はあったか?」

ロイドさんの問いに、熱心に物色していたデュナが振り返る。

「宝飾品は、届けが出てないものでも足がつくかしら」

「そうだな。換金するなら、どこにでもありそうなものをいくつか、ここから離れたところで売るべきだろうな」

真剣に問うデュナに、真面目に答えるロイドさん。

しかしその会話は、まるで悪事の相談のようだ。

うーん。だって盗品だもんね……。

私も、いくつか気になる品はあったものの、元の持ち主がいた事を思うと素直に欲しいとは思えなかった。

ふと、顔を上げた先、瓦礫で見えなくなっている部屋の角に、気になるものがあったのを思い出す。

そうだ、ここに確か……。

瓦礫の隙間から覗き込む。

こんなところに置いてたら、取り出しにくそうだなって思ったんだよね。

そんな印象が残っていたからか、私はそこに大きな冷蔵庫が立っていた事を忘れていなかった。

「ロイドさん、冷蔵庫って盗られた方がいらっしゃいますか?」

私の声に、ロイドさんが書類をめくる。

スカイが「冷蔵庫?」とこちらに駆け寄ってきた。

「えーと、冷蔵庫冷蔵庫……と。……盗品の申請はされてないな。それにするかい?」

種類から目を離してこちらを見るロイドさんが、温かく微笑む。

「ここにずっと置いてあったんだな。

 ほら。移動させるとこんなに床の色が変わってる」

スカイが、いつのまにか瓦礫を避けて、ほんの少し冷蔵庫をずらして見せた。

「中はほとんど空みたいだけど、ちゃんと動いてはいるみたいだな」

そのまま内部を点検している。

フォルテも一緒に中を覗き込んでいた。

ということは、窃盗団の人達がここで長く使っていた品物なんだろうか。

「その大きさの冷蔵庫なら、価値的には十分だわ」

デュナがこちらに来て満足そうに頷いている。

十分というか、十二分過ぎる気がするけれど……。

「本当に、こんな高価なものいただいちゃっていいんですか?」

ロイドさんを振り返ると、大きな頷きが返ってきた。

家にこんなに大きな冷蔵庫が来たら、今回のようにフローラさんを長期一人にする時も、冷凍庫と併用して相当保存食のバリエーションが増やせるだろう。

「嬉しそうね」

ポンと肩に手を乗せられるとデュナが私を面白そうに覗き込んでいる。

頭がレシピでいっぱいだった私の口元は、いつの間にかゆるんでいたらしい。

「貰える物は遠慮なく貰えばいいのよ」

デュナが、ヒビの残った眼鏡をキラリと反射させて言う。

「どうやって持って帰るかだよなー……」

自分が背負う事を考えているのか、スカイが首を捻っている。

それをさすがに家まで持ち帰るのは難しいと思うけれど……。

「出立に合わせて、こちらで馬車の手配をしておこう。

 帰りはそれで戻るといいよ」

ロイドさんのありがたい申し出に、デュナがすぐさま問い返す。

「馬車代はどうなるのかしら?」

短く刈り上げた頭に褐色の腕を回すと、ロイドさんは苦笑を浮かべながら答えた。

「謝礼として、盗賊ギルドで持とう」


金属板が紡ぎ出す一筋の旋律。

フォルテが貰ってきたあの小さな宝石箱は、オルゴールになっていた。

そろそろ見慣れてきた宿の部屋で、フォルテはベッドの上に転がってオルゴールの音を聞きながら、こっくりこっくりと舟を漕いでいた。

そこへスカイが帰ってくる。

「ただいまー」

「おかえり」

ちょっと遅れて、フォルテもぽてぽてと寄ってくる。

「スカイ、おかえりぃ……」

まだ眠そうに目を瞬かせているフォルテの頭をスカイがポンポンと撫でた。

「おう、ただいま」

あの後、私達は買い物をして宿に戻ったけれど、スカイは技の練習をしに盗賊ギルドへ行っていた。

「もうちょっとでモノに出来そうなんだけどなぁ。明日か明後日にはってとこかなぁ……」

悔しそうに呟くスカイ。

その表情に、本当は今日中に技を体得してしまいたかったのだろうな、と思いつつ声を掛ける。

「怪我したところはない?」

「おう。さすがに怪我はなくなったな」

ニッと笑って腕を振り上げてみせるスカイを見上げて、フォルテがやっと思い出したという顔をした。

「あ、のね。スカイ……」

「うん? どうした? フォルテ」

軽く俯いて口ごもるフォルテに、スカイが優しく返事をする。

「スカイに……聞きたい事があるんだけど……」

「そういや前にもそんなこと言ってたな。どうした? 何でも聞いていいぞ?」

視線を合わせるべく、フォルテの前に屈み込むスカイ。

「どうして……スカイは盗賊になったの?」

人好きのする、スカイの爽やかな笑顔が途端に凍りつく。

「ど……、ど、うしてだろうなぁ……?」

……まさか、誤魔化すつもりじゃない……よね?

スカイの泳ぐ目が、私の視線に捕まって、仕方なさそうにフォルテに戻る。

「なんて言えばいいかな……」

考えあぐねた風に頭を押さえるスカイを、フォルテが心配そうに覗き込む。

「そう、詐欺にあったんだ」

「詐欺?」

その言葉に、フォルテが首を傾げた。

「俺は、剣士になるつもりだったんだよ」

「へー」

「だから、学校を卒業したら、すぐトランドへ向かったんだ」

「うん」

トランドはこの国で唯一の城下町だ。

つまり、この国で騎士団が存在するのはここだけだった。

当然、騎士を目指す人達の第一歩である剣士のギルドがあるのも、トランドだった。

「ねーちゃんはまだ自分のパーティーで忙しかったし、俺は乗合馬車でトランドまで行ったんだけどさ、その馬車に、盗賊ギルドの人がいてな」

「うん」

律儀にひとつずつ相槌を返すフォルテを前に、一筋の汗を流しながらスカイが説明を続けている。

「その人が、俺が剣士になるって話を聞いたら、なんか物凄い熱烈にスカウトしてくるんだよ」

数日、同じ馬車で過ごしてスカイの器用さや身のこなしを良く見ていたらしいその人物が、スカイには剣士より盗賊が向いていると、才能があると、丸一日近く説得したらしい。

「けど俺は、父さんのような聖騎士を目指してたからさ、悪いんだけど……って断り続けてたんだけど、しまいにはその人泣き出しちゃってさ」

「ええっ」

「病気の娘がいるとかで、命が危ないらしくて、紹介料がもらえたら薬が買ってあげられるのにとかさ」

「わぁ……」

「それで、気付いたら俺、盗賊になってたんだよな……」

自嘲を唇に浮かべて、スカイが、窓の外へ視線を投げる。

遠い目をするラベンダーの瞳に、夕焼けの色がほんのり差し込む。

「ええと……その……ひ、人助けだったんだね」

フォルテがなんとかフォローしようとする。

ぎこちなく笑ってみせるフォルテに視線を戻すと、スカイは小さく俯いた。

「俺も、最初はそう思ってたんだよ……」

青い前髪で、スカイの目が隠れる。

「けどな、盗賊ギルドで正式に登録を済ませて、ロイドさんに志望動機を聞かれてさ、正直にこの話をしたら『ああすまん。それは作り話だな。あいつの悪い癖で、才能ある人材を見つけるとなんとしてもギルドに加入させてしまうんだ』なんて……言われ……て、な……」

最後の辺りはなんだか涙声にも聞こえてしまいそうな、微かに震えた声。

そう、スカイが盗賊になった理由は実に単純で、要するに、泣き落とされたのだ。盗賊ギルドのスカウト要員に。嘘泣きで。

「そ、そうなんだ……」

フォルテがおろおろと視線を彷徨わせる。

「あ、それじゃあ、盗賊を辞めて剣士になるとか……?」

ぽんと小さく手を叩いて、フォルテが提案する。

「最初は俺もそう思ったんだけどな。まあ、ロイドさんとか、ギルドの人達が皆いい人でさ」

そうして一年の修行から帰ってきたと思ったら、スカイは盗賊になっていたのだ。

顔を上げて苦笑するスカイ。

諦めの色も濃かったが、そこにはいつもの人懐こい笑顔があった。

「うん、ロイドさん、優しい人だった……」

フォルテも、それに同意する。

「実際、俺、盗賊向いてるみたいだしな」

部屋の入り口辺りで微笑み会う二人に、奥からデュナの声がした。

「スカイ、帰ったならさっさとシャワー済ませなさいよ。ご飯が食べられないでしょ」

「へーい」

スカイが返事をして立ち上がる。


その背中を見送って、私とフォルテは、夕飯の配膳に取り掛かることにした。

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