1話

 彼の名前は田中正司まさし。何処も変哲の無い、無駄に広い草原にポツンと一つだけある農村で農家を生業とする少年。


 少年は今日もある目的の為に、汗水垂らして畑を耕し、金を稼いでいる。


 そこに一人のお爺さんが正司に近づいて来た。お爺さんは薄い見るからに貧乏そうな服を着ており、足腰が悪く杖が無ければ今にも転んでしまいそうな程で、杖でバランスを保とうとしている。


「あぁ、正司やぁ……今日も良く頑張っとるのぉ……。そいと、飯はまだかぁ……」


 正司は農家として働いているが、お爺さんの飯を作る係ではない。ましてやお爺さんとは赤の他人である。そう、お爺さんは既にボケており、最早、誰が誰なのか分かっていない。しかし、正司は放っておくのも腹を空かすお爺さんの前では罪悪感を感じる為、仕方が無く言われる通り飯を作っている。


 と言っても、正司が作れる物は育てた野菜を適当にぶち込み、適当に調味料を入れ、煮込む。鍋しか作れない。だが、朝昼晩同じの物でも喜ぶお爺さんの姿を見て、正司は良しとする。


 さて、当たり前のように正司はお爺さんに飯を振る舞っているが、元々お爺さんに飯を作っていた人間はいるのか? と、度々考えるが、ボケたお爺さんの記憶は既にあやふやで、正直言って分からない。


「全く……お爺さん。いい加減思い出さないかなぁ?」


「あぁ正司……飯はまだかのぉ……」


 何という事か。空腹、満腹の感覚も忘れる始末。正司はこの生活にだんだんと嫌気がさしていた。とある目的を果たす為には金が必要。しかし、お爺さんの飯を担当していては食費がどうしてもかさむ。


 ただし村を出て行く訳にもいかず、長く農家をしているが、外で出ていける金も準備も出来ていない。正司は決断を迷っていた。


「今さっき食べたよね。机の上に置いてあるそのお皿。お爺さんのだよ?」

「む……? 正司。儂に飯を作らんとはいつからじゃ」


 お爺さんのこの性格に関しては正司は最初はイライラしていたが、もう慣れた。いや、慣れるしか無かった。ここで反論すると、毎度お爺さんを殴りかね無い程ヒートアップするからだ。こんな時の正司の必勝法は。


「じゃあ帰るね。また明日」

「おぉい! 飯、飯は誰がつくるんじゃああああ!!」


 この展開に慣れている正司は叫ぶお爺さんを後に清々しい気持ちで家に帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小説リレー Leiren Storathijs @LeirenStorathijs

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ