第3話

 下校時間。皆がワイワイガヤガヤと教室を出て行く中、窓際のその席で隼人はじっと息を潜めていた。

(早く出て行け。早く、早く……)

 毎日のこと。隼人は皆が教室を出て行くのを待ち、一人きりで帰る。

 誰もそんな隼人に声を掛ける者はいない……でも、今日は違った。

「磯原君!」

 一人の女子が彼に声を掛けてきたのだ。

 その時、その教室にいたのは隼人と声を掛けてきた女子……美希と二人だけだった。

「誰?」

 隼人は訝しげに眉をひそめた。

「あ、ひっどーい! クラスメイトの名前、覚えてくれてないの?狭山 美希よ」

 美希は頬を膨らます。

「クラスメイト、かぁ」

 隼人は宙を見上げた。

「僕、そんなのには興味ないから。狭山さんに限らず、きっと誰の名前も出てこないよ」

「えっ……」

 美希は驚いた。

 クラスメイトに興味がない……そんなクラスメイトがいるなんて、理解できなかった。

 何故なら、彼女にとっては同じクラスの生徒は例外なく『友達』だったから。

「ねぇ、どうして?」

 美希は隼人に尋ねた。

「どうして、興味ない……いつも、一人でいるの? だって、友達が沢山いたら楽しいよ」

 すると、隼人は溜息を吐いた。

「楽しい……か」

 彼は無関心そうな目を美希に向ける。

「僕は、煩わしい」

「煩わしい?」

 首を傾げる美希に隼人は続ける。

「そう。友達なんて、つくればつくるほどに煩わしい。ワイワイガヤガヤ、うるさいし、面倒だし。友達なんて、少なければ少ないほど……いない方が楽なんだよ」

「私は、そうは思わない!」

 美希は隼人を睨んだ。

「友達は多ければ多いほど、楽しい。どうして、そんな意地張ってるの? あなたがみんなと話して仲良くなろうとさえすれば、あなたもみんなと友達になれるのに」

 隼人はそんな彼女を見て、もう一度深く溜息を吐いた。

「僕と狭山さんは……正反対だな。僕は反比例男子、狭山さんは比例女子」

「反比例男子? 比例女子??」

 頭に「?」の浮かんでいる美希に隼人は頷いた。

「僕は友達なんてものの数が多いほど、毎日が苦痛になる。友達の数と一日の過ごしやすさが反比例するんだ。だから……狭山さんとは正反対なんだよ」

「何それ……意味分かんない。意味分かんないけど、面白い」

 どうやら、隼人のそんな理屈が美希のツボにハマったみたいで、彼女は吹き出した。

「何だよ、そんな可笑しい?」

 そんな彼女に、隼人の顔は思わず綻んだ。

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