価値取扱い、異国交換屋
名来ロウガ
其の一
森羅万象、一切合切には価値というものがございます。写真1枚でも、人によってはただの紙切れ、しかし、とある人には人生を変える宝物。
ただもしも、あなたがその価値を手放して、何かを得なければならないのなら。
どうぞこちら、 「異国交換屋」が承ります。
興味を持っていただいたお客様、よろしければこのまま話を聞いていただければと存じます。
自分で言うのもなんですが当店は一風変わった店ですので、来店を希望されるお客様はいくつかルールを守っていただく必要があります。
まず初めに、誠に申し訳ないのですが、当店にはすべての方がお越しいただくことは出来ないようになっております。お客様にとっての価値を渡していただく店ですので、興味本位のお客様に関しましては来店をご遠慮ください。
では、心から交換の方をご希望されるお客様。当店への来店方法をお伝えします。手順は簡素でどなたでも行えるものでしょう。
1つ。まず上を向いてください。空でも、天井でも、例え宇宙でも。どこでも構いません。
2つ。まばたきを2回、ゆっくりとした後にそのまま目を閉じていてください。
3つ。上に扉があるのをイメージしながら、ノックを3回お願いします。
4つ。ノックが終わったらゆっくりと4つ数えて。終わりましたら目を開いてください。
以上をこなしていただいた方で、心の底から当店への来店を希望されている方には目の前に木の扉が現れているはずです。
決断していただけましたらそのまま扉を開けて、お入りください。
どうぞ、本日最初のお客様ですね。ようこそいらっしゃいました。
早速あなたにとっての価値を、と言いたいところですがその前に。店内でのルールを2つほど。
『お客様が店内で口を開くことができるのはこちらからの質問に対してのみ』と『交換後はそのまま退店する』というものでございます。
ルールと銘打ってはおりますが、そもそものお話どちらも破ることができないようになっておりますのでお気になさらずに。頭の隅にでも入れておいていただければと思います。
なるべく、こちらから話は切り出しますので肯定、否定は首を振れば結構です。どうしても言いたいことがあればお客様から権利を使って話してください。
それでは、本日最初のお客様、欲しいものと差し出していただけるものをお伺いできますか?
「えーと、サッカーボールがほしいです!こっちのクローバーと交換してください!」
とても元気のいいお客様ですね。そちらのクローバーはあなたにとって宝物ですか?
「そうです!四つ葉のクローバーなんですけど、小さい頃にお守りにって友達のタケルくんからもらったんです」
四つ葉のクローバーと言えばお守りにはピッタリですね。それでサッカーボールが欲しいというのは?
「えーと、そのタケルくんってすごいサッカーが上手いんです!ドリブルもパスもシュートも全部!周りのみんなの誰よりも上手いんです!……でも、お父さんが交通事故で死んじゃって……サッカーを続けるのが難しくなっちゃったって聞いたんです」
なるほど。あなたが欲しいのではなく、お友達のためにということですか。友情が美しいのは喜ばしい限りですが、そのために宝物のお守りを交換に出しても平気なのでしょうか?
「本当はちょっとイヤだけど……タケルくんがこれをくれた時に一緒に教えてくれたんです。四つ葉のクローバーの葉っぱには違う意味もあるんだぞ、って」
それぞれ希望、信仰、愛情、幸福、ですね。幸福が4枚目の葉にあると言われてるいるのと、クローバーの全体的に三つ葉の方が多いので四つ葉が見つけにくいことから総じて幸運の象徴となっているわけですが……それだけではない、というお顔をされていますね?どうぞ、続けてください。
「タケルくんも普通はそう、って言ってたんですけど、本当は、4番目の葉っぱにはお金持ちになるためのおまじないが込められてるって言ってました。そんな時にここのお店の噂を聞いたんです。他のお店じゃお金にならないけど、ここのお店ならもしかして、と思って……お小遣いじゃ、ボールもスパイクもどっちも買えないし……だから、大切なモノだけど、タケルくんのためにだったら交換に出そうかなって思ったんです」
幸福の象徴が富というのは小学生くらいの友人にしては随分としっかりとされていますね。あなたぐらいの方ですとまだまだ決まってない、とかよく分からないというお客様の方が多いと思うのですが。
いやはや、時代は移り変わるとは言いますがこの店を営んでいると色んな時代を感じることができて飽きませんね。閑話休題、それでは交換の本題に入りましょう。
ああ。そんなに緊張しなくても結構ですよ。交換の方は承諾させていただきます。
理由についてはシンプルにお話を聞いた上でお断りする理由が特別にないと感じたからですね。色んなお客様とお話をしますが、基本的にはこういった形で特に問題なく成立するのですが。
では、そちらのクローバーはお預かりしますね。こちらで箱の方に入れて大切に保管させていただきましょう。
お渡しさせていただくサッカーボールですが、全くの新品ではないことをご理解ください。代わりにですが、こちらのボールには私の方からおまじないの方をかけてあります。
手入れの方を怠らないように、大事に使えばとても長持ちするという、そんなおまじないです。クローバーほど多くは詰め込めませんでしたが、よろしければタケルくんにお伝えくださいな。
お客様もご不満がないように見えますので、この後は退店していただきますが、最後に私、もしくはこのお店になにか仰りたいことがありますか?
「えーと、タケルくんにおまじないのことはちゃんと伝えます!それと、せっかくだからまたここに来たいんですけど、来ても大丈夫ですか?あと、タケルくんとか他のみんなにも教えてあげたいです」
大変嬉しいお言葉なのですが、おそらく両方とも、それは叶わないかと思われます。
当店にお越しいただいたお客様の中で再度ご来店いただいたお客様は1人もいらっしゃいませんでしたから。
加えて当店に来ることができるお客様は交換を切望されている方のみ。ひょっとしたらお友達の中にそういう方がいるかもしれませんが、おそらくそういった状況の人には既に風の噂が行き届いています。ですからお客様がお伝えせずとも問題はないかと思いますよ。
それでは本当に最後ですが、お名前をお伺いしていませんでしたね。名字は結構です。お名前だけお聞かせ願えますか?
「ユウキです!」
ありがとうございます。ユウキ様。あなたの手を離れた価値は、きっとどこかで誰かの糧となるでしょう。同様に誰かの手からあなたの手に渡ったそのサッカーボールはあなたの人生に華を添えるかもしれませんし、もしかしたら遠い思い出の1ページにすらならないかもしれません。その価値を決めるのは、ユウキ様ご自身であることをどうか、お忘れなく。
それでは、本日のご来店。誠にありがとうございました。どうぞ、悔いのないように、お帰り下さいませ。
いかがだったでしょうか?お客様、ユウキ様にはあまり多くのことを語っていただいてはいませんが、必要なことは伺えたのではないかと思われます。
正直に申し上げますと当店、「異国交換屋」は道楽で行っております。手数料をいただくことはありませんし、もし万が一交換が成立しない場合でもそのままお帰りいただいています。
故に、ただただ価値を交換するということはありません。必ず、お客様にお話をしていただいた上でお客様に必要だと思う物を提示させていただくという流れです。
今回のように、お客様自身で自分が望んでいるものの全容が掴めているケースというのは実際にはあまり多くありません。
自分の夢、目的を見失っている方や、悲観的なことが起きてしまったお客様の中には半ばやけっぱちになってしまってるいるお客様もいらっしゃいますので、その辺りは気を付ける必要がございます。
さて、そうこうしている内に次のお客様がいらっしゃったようですので、ご案内させていただきましょう。
空いておりますので、そのままお入りください。
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