第17話 ホスト探偵


「羽泉ちゃ~ん、今日なんか調子いいじゃん~」


 昼休み。

 コンビニで買った焼肉弁当を突っついていると、急に肩を揉まれて声をかけられた。


「なんかいいことでもあったん?」

「大久保先輩。べ、別に何もありませんよ」


 キャスターつきのチェアーごとグルリと回転して振り返ってみると、俺が入社してからお世話になっている大久保先輩の姿があった。

 茶髪のロンゲと軽薄な顔立ちに、赤みがかったオシャレジャケットを羽織った姿は、さながらホストのようだ。

 そんなチャラい見た目に逆らうこともなく、俺を『羽泉ちゃん』と呼び、いつも軽い口調で話しかけてくるのがこの大久保先輩である。


「相変わらず分かりやすいね羽泉ちゃん~ドモりすぎっしょ~」

「ド、ドモってないですよ!」


 ドモりながら反論する俺を見て、大爆笑して隣の椅子に座る先輩。

 俺ってば、どうして喋るほどに墓穴を掘ってしまうんだろうか。今のは確かにドモってた。自覚症状アリだ。


「そ、そういえば! 大久保先輩が言っていた、『申すバーガー』に行ってきましたよ」

「マジ!? メチャウマだったっしょ!」

「はい。美味しすぎてビックリしました」


 先輩の大好きな『申すバーガー』に話題転換を試みると、やはり先輩は大きく食いついてきた。

 先輩は『申すバーガー』のヘビーユーザーであり、本人曰く、週に12回は通っているとか。一週間は7日しかないワケだが、どうやら平日は朝と夜で2回も『申すバーガー』を食べるらしい。完全なる中毒だ。


「でも羽泉ちゃん、注文できたん? あれハードル高いっしょ?」

「ええ、まあ。友達が注文をしてくれたので」


 俺がそう答えると、先輩の目がキラリと光った。


「友達ねぇ……羽泉ちゃんが友達の話をするなんて、珍しくない?」

「そ、そ、そんなことないですよ。俺にだって、友達の一人や二人います」

「へぇ~、朝から一緒に『申すバーガー』に行く友達ねぇ……入社してから一回もそんな友達の話、聞いたことないけどな~?」


 マ、マズイぞ!

 チャラい外見で軽く見られがちだが、大久保先輩は30代前半で管理職の内定が出ているスーパーエリート。出身大学も某有名な私立大学だったりして、こう見えてかなり頭がいい人なのだ。


「そういや、先週の金曜日は大変だったな~羽泉ちゃんが帰っちゃうから、代わりに俺が残業したんよ?」

「うっ、それは、すみません」

「残業代が美味しいから全然いいんだけどさ。羽泉ちゃんがあんな帰り方するのも珍しいよね~」


 顎に手を当てて、推理をする探偵のようなポーズで考え込む先輩。

 俺は残業を頼まれると断れず、よく課長から便利に使われがちなところがある。

 先週の金曜日も残業させられそうな雰囲気を察したが、ベーズのTシャツが楽しみだった俺は、課長から声をかけられる前に脱出したのであった。まさか、こんな形で皺寄せがくるとは、想像もしていなかったぞ。


「羽泉ちゃんさぁ……」


 どう言い訳をしたものかと考えていると、ついに答えへと辿り着いたらしいホスト探偵が、俺をピシリと指さしつつ口を開いた。


「女、できたっしょ」

「えぇっ!?」


 オンナデキタ。

 ちょっとよく分からない言葉だ。メソポタミア語かな。メソポタミア語なんてものが、あるのか知らないけれど。少なくとも日本語ではないはずだ。だって意味が分からないから。


「その顔は、現実逃避してる時のヤツだね。炎上プロジェクトに放り込まれた時によく見たわ~」

「ち、違いますよ!」


 嫌なことを思い出させないで欲しい。


「羽泉ちゃんの現実逃避フェイスは置いといて~」

「誰の顔が現実逃避フェイスですか!」

「つまりさ、彼女できたっしょ?」

「ま、まだ彼女なんかじゃないです」


 雨宮は彼女じゃないから、嘘は言っていない。

 先輩に雨宮のことがバレてしまえば、面倒なことになるに決まっている。「早く彼女を作りなよ~」とか毎日のように言ってきている先輩だし、女の子と同居しているなんて餌を与えてしまえば、これまで以上に攻撃が激しくなるに違いない。


「あらやだ! まだ・・彼女じゃないってことは、好きな女の子が出来たのね!」

「ち、違っ!」


 わざわざ俺の言った『まだ』という部分を強調しながら、噂話が好きな主婦のような仕草でクネクネしている先輩。

 くっ、確かに『まだ』とか言ってしまったのは失態だ。これでは、友達が異性であると言ったようなものじゃないか。


 どうして俺は、『まだ彼女じゃない』なんて言ってしまったのだろう。


「だっはっはっ! いいねぇ、羽泉ちゃん! 青春してるねぇ!」


 何が面白いのか、腹を抱えて笑う先輩。

 いままで異性の友達ができたことがないと公言していただけに、バレればこういう反応されるって分かっていたはずなのに。完全に油断していた。


「今日はデートあるのん?」

「……いいえ」


 家に帰ったら雨宮と会うけど、これはデートという定義には当てはまらないはず。


「なるほどね、本日もデートの予定ですよっと」

「否定したじゃないですか!」


 なんで? ちゃんと『いいえ』って言ったよね?


「だっはっはっ! そのは否定の間じゃないっしょ!」

「……」


 そんな『間』とか、陽キャ言語で離されても分かりません。

 不機嫌な顔を作る俺を見て、さらに笑い声が大きくなる先輩。話せば話すほど、墓穴を掘っていく気がする。


 俺はグルリと回転して先輩に背を向け、焼肉弁当をつつく作業に戻ることにした。先輩に対してするような態度じゃないが、あっちが悪いのだから関係ない。関係ないったら、ないのだ。


「さってと」


 焼肉弁当をつつく俺の後ろ姿を見て、しばらく笑っていた先輩だったが、ようやく飽きたようだ。

 椅子から立ち上がり、大きく伸びをする。


「そういうことなら仕方ない、今日も稼ぎますかね~」


 よく分からないことを言いながら、先輩はどこか楽しそうに歩き去っていった。

 そしてオフィスに響く、昼休憩の終わりを告げるチャイム。


「……まだ半分も、弁当が残ってるんですけど」


 俺の深い溜息と呟きは、周りで鳴り始めたキーボードを叩く音にかき消される。

 釈然としない気持ちで焼肉弁当を片付け、俺もキーボードを叩く一人になるのだった。

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