第5話 どうなる、チラリズム・モラトリアム
「チラリズム・モラトリアムゥ!?」
「うわぁ、ビックリした。ハイタツくんこそ、お風呂から上がるの早いじゃない」
一瞬だけ俺の大声にビックリして肩が跳ねたものの、雨宮はまるで何もなかったかのように話しかけてくる。
あれ、どうしてこんなに冷静なんだろう。もしかしたら、雨宮が見ているのは『チラリズム・モラトリアム』じゃないという可能性がなきにしもあらず?
「ハイタツくん、この『チラリズム・モラトリアム』っていう本スゴイね。こういうのが好きなんだぁ」
そう言いながら、茶髪ショートカットの美少女がスカートをはためかせて、パンツを大胆にチラリズムしているページを見せてくる雨宮。
うん、あれは確実に『チラリズム・モラトリアム』だね。何万回と見た雑誌だから間違いない。
しかし、何度見てもこの羞恥と期待が入り混じったモデルの表情とか、ベストタイミングで神風が作り出したチラリズムとか、幻想的とも芸術的とも哲学的とも言える素晴らしい作品なんだよな。
「あー、ハイタツくん。またえっちな顔してるよ?」
「し、しし、してないやい!」
俺は超真剣に多角的に芸術的な観点からこの一枚を批評しているだけで、断じて性的な趣味嗜好の介在はないのである。
勘違いしないでいただきたい、チラリズムはアートなんだ。
「そ、そそ、そんなことより! あ、あの、それは……」
冷静に考えてこの状況はヤバイ。俺の秘蔵コレクションが雨宮に見つかってしまった。それもよりによって、コレクションの中でも内容が超マニアックなものだ。
女の子ってこういう本に嫌悪感を抱くって聞くし、もしかしたら捨てられてしまうかもしれない。俺が長い年月をかけて集めてきた、血と涙の結晶たちが!
「ああー、そういうことね。別に捨てろなんて言わないよ?」
「えっ、でも女の子って、そういう本は嫌いなんじゃ……」
「うーん、確かにちょっと『うっ』ってなるけど……」
や、やっぱり……でもしょうがないじゃないか! 男なんだから!
男にとってえっちな写真を見るのは、女の子が小動物の写真を見るのと同じくらい、日常的で普遍的なことなんだ。一種の癒しの時間と言っても過言ではない。
人間の3大欲求のひとつに入るくらいなのだから、それを否定するのは人間という生物自体の否定にままならない。
そういう行為をしなければ、俺達だって生まれていないのだから。人類の歴史とは、すなわちえっちの歴史なのだ。
「ねえ、ハイタツくん。このページの女の子、お気に入りでしょ?」
ついに人類の歴史にまで思考が飛躍している俺の頬を突き、雨宮が見せてきたページに写るのは、健康的で笑顔のかわいい先ほどの茶髪のモデルだった。
「ど、どうしてそれを!?」
「この女の子が写ってるとこだけ、ページの端っこ折ってるよね?」
「……」
そう言えばそうでした。読んだ本でお気に入りのページがあると、ページの端っこを三角に折る癖が俺にはあったのだ。
しかし、よくも
自分が陰の人間だからか、この茶髪のモデルのように、太陽のような明るい雰囲気の女の子が俺は好きだ。
それに加えて、この子は体型までも俺のドストレート。オブラートに包んで表現すればスレンダー、直接的に言えば『ぺちゃぱい』というヤツ。
何を隠そう、俺は超貧乳派の人間なのだ。
「ねぇねぇ、この子とあたしってさ、ちょっと似てない?」
そんなことを言いながら顔の横に本を掲げて、写真の女の子と同じ表情を作る雨宮。
頬を桃色に染めながら指を口元に添え、伏し目がちな上目遣いで俺を見つめる茶髪の美少女が2人。そして存在しないことで存在感を発揮する、2対の
ふむ、これは……。
「たしかに! というか、
なんてこったい。俺が学生時代から恋焦がれ続けてきたパンチラモデルと、家に転がり込んできたJKが似ているとは何の因果か。
確かこのパンチラモデルは、この『チラリズム・モラトリアム』の出演をキッカケにして芸能界で大躍進を遂げた、世間も認めるスーパー美少女だったはず。
しかし雨宮は、その国民的スーパー美少女をも超える美少女にしてぺちゃぱい……!?
「まあ、ちっちゃいけどさ……うーん、これは素直に喜んでいいのかなぁ」
そんな俺の熱い視線を受けて、自分の胸をペタペタ触りつつ、なんとも複雑な表情を作る雨宮。同じモデルが写る他のページをめくっていき、いろんなポーズを真似しては、うーんと首を傾げている。
しばらくそうして首を傾げていた雨宮だったが、ふと思い立ったように顔を上げると、俺を指さしながらとんでもないことを言い始めた。
「よし! あたしの方がかわいいって言うなら、なるべくこの本は読まないこと! オッケー?」
「ええっ!? それとこれとは話が別だよ!」
女の子に「ペット飼ってるんだから、動物のかわいい写真なんて見なくてよくない?」と言ってるようなものだ。
例えワンちゃんを飼っていても、他の家の子も見たくなるだろうし、たまにはネコちゃんの気分になる時だってあるだろう。
「返事は『はい』か『オッケー』か『わかりました尊さま』のみ! オッケー?」
「な、なな……!」
なんと横暴な!
あぶな荘の202号室で独裁国家が誕生してしまうじゃないか!?
日本は民主国家だ!
独裁を許すな!
国民の声に耳を傾けろ!
聖書『チラリズム・モラトリアム』を義務教育に!
あぶな荘202号室民主国の臨時国会は大荒れである。いかにヒエラルキーのトップに君臨する美少女JKとはいえ、この民衆の反発は抑えられまい。
どれだけ蔑まれようとも、秘蔵コレクションは守り通さなければならない。譲れない男のプライドってヤツだ!
「いい子に出来たら、これとおんなじような写真を撮ってあげよっかな」
「わかりました尊さま!」
「切り替え早ッ!?」
『チラリズム・モラトリアム』をゴミ箱にダンクシュートする。慈悲はない。
「別に捨てろとまでは言ってないんだけど……」
「い、勢い余って……」
一時の性欲に負けて、ついつい捨ててしまった。
ど、どうしよう……今さらゴミ箱から取り出すのは、情けなくて仕方ないぞ……。
ゴミ箱の中でへたっている『チラリズム・モラトリアム』と雨宮を交互に見つつ、俺がオロオロしていると、「まったく仕方ないなぁ」と大きくため息をついて雨宮が立ち上がった。
それからゴミ箱まで歩いて『チラリズム・モラトリアム』を拾い上げると、パンパンと手で軽く払ってから俺へと差し出してきた。
「もう! 大事なモノは簡単に捨てない! それと、今度はもっと見つけづらい場所に隠すこと! オッケー?」
「わ、わかりました尊さま!」
「よし!」
『チラリズム・モラトリアム』を受け取りつつ、背筋を正して返事をする俺を見て、雨宮は大きく頷いてサムズアップした。
白くて綺麗な歯を見せながら、片目を瞑って親指を立てる雨宮は、おちゃめでとてもかわいかった。
「もう見るなとは言わないから、あたしにバレないようにしてね?」
「も、もちろんです、尊さま!」
なんて理解のあるJKなんだ。自分が苦手なものだというのに「大事なモノは簡単に捨てるな」って言えるなんて、年下なのになんだかすごいな。
こうやって真正面から話し合うことができて、俺の趣味を尊重してくれる雨宮となら、なんとなく共同生活も上手くいく気がしてきたぞ。
そうだよ! 『チラリズム・モラトリアム』という、大きな障害を乗り越えた俺達に、もはや敵なんて存在しない!
「それじゃ、そろそろ寝よっか? 布団ある?」
前言撤回。
まだまだ乗り越える障害はたくさんありそうです。
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