願い
鯨飲
願い
仕事をリストラされてしまった。
さらに、奥さんとは別れることになり、金を貸していた友達とは音信不通になった。
悪いことが続いている。この悪い流れを断ち切らなければ、人生がこのままバッドエンドを迎えてしまう。
そんな暗い気持ちを抱え、地面を見つめながら、俺は面接会場から自宅への帰路を歩いていた。
あまり、前を見ずに歩いていたからだろうか、気づけば見知らぬ土地に立っていた。
知らない道路に立っていると、何だか不安な気持ちになる。
帰りたい場所があるわけではないが、とにかくここから早く離れたいと感じた。
家の方向を確認もせずに俺は少し早足で進み始めた。
目的地は決まっていないが、とにかく俺は、何かに引き寄せられるように歩いていた。
そして、小一時間ほど歩くと、俺は鳥居の前に立っていた。
当然だが、見知らぬ神社だ。
俺は、これも何かの縁だと思い、参拝してみることにした。
中は、閑散としていた。
朽ちかけの本殿や、水が枯れている手水舎など、まるで廃墟のような光景が、目に入ってきた。
「何だか、ご利益なさそうだなぁ」
そう思って、元来た道を戻ろうとしたとき、
誰かの声が聞こえた。
「少し待たれよ」
ここ最近のストレスで幻聴が聞こえるようになったのか、いよいよ俺もやばいな、そう思っていると、
「幻聴ではない」
はっきりと聞こえた。
あろうことか、俺の思考を読んでいる。
恐る恐る、声のする方を向いてみた。
すると、そこには賽銭箱の上に座っている薄汚れた人狐がいた。
狐の耳だけ生えている人間ではない。人型の狐だった。
思わず、俺は聞いてみた。
「あなた、誰ですか?人ではないようですけど」
「神様じゃよ。この神社のな」
「大丈夫ですか?」
「何がじゃ?」
「いや、この神社ボロボロなので」
「失礼な奴じゃのう。まぁ、真実だから何も言い返すことはできんがの」
神様ではあるが、少しみすぼらしい姿に、俺は親近感が湧いた。
「ここって、何の神社何ですか?どんなご利益があるんですか?」
「金運上昇じゃよ。まぁ、神社のご利益なんて大体一緒じゃよ」
金運か、今の俺にぴったりだな。
「まあ、確かにそうじゃな」
また思考を読まれた。
「じゃあ、お参りしていこうかな」
「それは、ありがたいのう。でも、ただお参りするだけじゃつまらなくないか?」
「神社ってお参り以外に何かすることありましたっけ?」
「折角、儂が見えているんだ。特別にお主の願いを直接聞いて叶えてやろう」
「そんなことできるんですか?」
「お主、ちょくちょく失礼じゃな。神を甘く見るなよ」
「じゃあ、お願いします。俺の願いは、」
「あぁ、ちょっと待て。願いを叶えるには条件がある」
「賽銭のことですか?」
「まぁ、それもあるが、そうじゃない」
「じゃあ何ですか?」
「願いを一つ叶えるごとに、お主の中で一番大切じゃないものを失う」
「一番大切じゃないもの?」
「そうじゃ。まあ、それは人によるがな」
まぁ、大切じゃないものなら無くなっても別にいいか。
「分かった。じゃあ願いを言っていいですか?」
「よかろう」
「お金をください」
「いくらじゃ?」
「100万円です」
「その願い承った」
気づけば、俺の手には100万円の束が握られていた。
「おお!本当に100万円だ」
「ほほ、儂のこと、見直したか?」
「はい!疑ってすみませんでした!」
「よいよい。こちらとしても久し振りに仕事ができてよかったわ」
俺は、すぐに家へと帰った。そして一人でオードブルを注文し、それをビールで流し込んだ。
久しぶりのご馳走だった。
少し落ち着いたあと、俺は鞄の中を整理した。すると、朝にはあったはずの、今日受けた面接会場までの地図が無くなっていた。
確かに、いらないものだな。
腹を満たした俺は、新たな決意をした。
それは、新しい仕事を始めることだ。
といっても、この歳では再就職は難しい。
そこで、俺は株を始めることにした。
元々証券会社に勤めていた経験を活かすことにしたのである。
株を始めて一ヶ月後には、一億円の資産を有していた。
あの神社に金運アップのご利益があるおかげだろうか?
資産が増えた俺は、とにかく色々な贅沢をした。高級クラブで遊び耽り、株を始める前は、食べたことも無かったような、高級ディナーを毎晩のように堪能した。
もちろん、散財するだけではなかった。
今後のことを考えてきちんと五千万円ほど貯金していた。
しかしながら、とうとう俺は貯金している分以外は使い果たしてしまった。
そこで、俺は再びあの神様にお金を貰いに行くことにした。
どうせ、失うのは大したものじゃないし。何回でもお金を貰うことが可能だ。
再び俺は、あの寂れた神社へと向かった。
「こんちには」
「おお、久し振りじゃな。何か用か?」
「また、お願いがあって来ました」
「なるほどな。どんな願いじゃ?」
「前と同じで、100万円欲しいです」
「承知した。お主は、大切でないものを失うが、それでもいいんじゃな?」
「はい」
「相分かった」
俺の手には、100万円の束がが握られていた。一回目と同じ重みだ。
「ありがとうございます」
「それじゃあの」
神様は、願いを叶えて、すごく満足そうな顔をしていた。
いい笑顔だった。
家に帰って、俺は再び、株の運用を始めることにした。
その準備として、資金を確認するために自分の銀行口座を確認した。
残高は0円になっていた。
「続いての特集です。地方の寂れた神社が、創建当時の姿を取り戻すという奇跡の再建を果たしました。今となっては、金運アップを求めてたくさんの参拝客が訪れる人気の神社になっています。その秘訣を取材しました」
願い 鯨飲 @yukidaruma8
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