第15話 お泊り大作戦③

「本格的に降ってきましたね」

「う、うん、そうだね」


 二人で夕食用の買い物に行った帰り、スーパーから出るともう外はざーざーと音を立てて雨が降っていた。


 天気予報通りだったので傘は一本持ってきているが、相合傘のままではそこまでしのげない。これからもっと強くなるようなので俺たちは早足で家に向かった。




「あ、光った」

「――!」


 それから夕食後、さらに雨足は強くなってきて、時折雷の音が聞こえるようになった。


「先輩?」

「だ、大丈夫。雷なんて怖くないから、おへそなんて取られないから……」


 そう言いながら先輩はがっちりとおへそのあたりを大事そうにガードしている。


 ――ゴロゴロ。


「っ⁉」


 そして雷の音が聞こえるたびに背中をびくりと震わせている。


「先輩、雷苦手なんですか?」

「苦手じゃないけどぉ……きらいぃ…………」


 大事そうに熊のぬいぐるみを抱えながら、ソファの角にうずくまっている。

 頼りになるのは熊さんだけらしい。かわいい。


「じゃあ僕帰りますけど、大丈夫ですね?」


 時刻はもう19時を回っている。

 いくら先輩のご厚意に甘えたといっても、さすがに男女が二人きりでいていい時間ではない。


 ……のだが。


「……千太くんは、人でなし?」

「は、はい?」


 先輩は涙目で俺に不満の意を伝えてくる。


「こんなに雷落ちてるのに……わたしをひとりにするの?」

「ひとりにってそりゃあ……」

「……ふんっ。千太くんなんてもう知らないっ」


 ぷいっと頬を膨らませてそっぽを向いてしまう先輩。


 いや、知らないって言われてもなあ……。


「じゃあ、もうちょっとだけ。ここにいますから」

「ほんとっ⁉」


 俺が譲歩すると、ぱあっと笑顔になってこっちにやって走ってくる先輩。

 なんか微妙に精神年齢が下がっている気がする。


「さすが千太くん! そう言ってくれると思ったよ!」


 それについては言わされたような気がしたが……先輩の笑顔を見たらそれもどうでもよくなる。


「じゃあわたしがお風呂に入ってる間も、近くいてくれるね?」

「――ん、あれ?」


 だけど、次に先輩が口にした言葉はなんか思ってたのと違う。


 でも先輩は嬉しそうに着替えをもってお風呂場に向かってしまった。


「――ん、あれれれ?」





「千太くん」

「います」

「千太くん」

「います」

「――――せんたく」

「います」


 現在、地獄の精神修行中。


 先輩の入っているお風呂場の前で、することもなく待機中。

 シャワーの音は当然仕切りを貫通してくるので聞こえてくる。

 ちゃぷんとお風呂に浸かる音や、「んっ」というつやっぽい声も聞こえてくる。


「せんたくん」

「いますから安心して下さい」


 それでも俺は、脱衣所から離れることができない。


 一度試みたが、声が遠くなったところで先輩にバレて怒られた。

 いや冷静になってなぜ怒られてるのかよくわからんが。


 元凶なのはもちろん雷である。大自然に歯向かう方法がないのが悔やまれるところである。


「せんたくんせんたくんっ⁉」

「いますよ~」

「光った! いまぜったい光った!」

「気のせいですよ~」


 そうして俺は裸の先輩を横に、30分ほど苦悩することになった。




 こうして一度ギリギリのラインを責めると人の感覚というのはどうしてもマヒしてしまうらしく、先輩の「泊まっていくよね?」という言葉にうなずいてしまっていた。


 ――馬鹿なのか俺は……。


「さすがに部屋は別々ですよね?」

「だめ」


 ちなみに先輩はくまの耳が付いた茶色のパジャマを着ている。

 まさか俺に見せるために買ったわけでもないので、本当に先輩は熊が好きらしい。

 ちなみにポイントはお腹にある大きなポケットだと思う。かわいい。


 そんな流れで、俺は先輩の部屋にお邪魔することになった。


 いよいよこれで先輩の家はすべて踏破したことになる。


「ごめんね千太くん……」

「ああ、大丈夫ですよ。雷苦手なのはしょうがないので」

「本当はわたしが布団で寝るべきなんだろうけど」

「いやいや。家主に床で寝させるわけにもいきませんし。僕はこういうの慣れているので大丈夫です」


 たまに鳴の家に泊まることがあったが、彼女の家は和風なのでよく座敷に布団を敷いて寝ていた。


「でもなんか、楽しいねっ」


 先輩は布団からちょっと顔を出して、恥ずかしそうに笑う。ちょっとした修学旅行とかピクニック気分だ。気持ちはわかる。


 まあ先輩が楽しんでいるのならいいか。


「そういえば先輩、妹さんいるんですね」


 男女二人きりで同じ部屋で寝るという事態にいろいろと勘違いしそうになるので、話を振る。


「ん? あ、写真見たんだ」

「すみません勝手に。先輩にきょうだいがいるなんて知らなかったです」

「いいよ~。妹とはよくケンカしちゃうんだけどね」


 部屋には先輩とその妹さん、ご両親の4人で写っている写真が飾りつけられていた。


「同じ高校ですか?」

「うん、いるよ~。って、千太くんは話したことがあったはずだけど」

「え、そうなんですか⁉」


 それは知らなかった。素直に驚いた。


「まあ親が離婚して苗字が違うから気が付かなかったのかも」

「そうなん、ですか……」


 初耳の話だった。

 意図せず、先輩の話したくないであろう内容に触れてしまっていた。


「まあ3年前なんだけどね。ずっと仲が悪かったから、離婚になった時もそんなに驚かなかったけどね」


 先輩は悲しそうに笑う。

 その時のことを思い出しているのかもしれない。


「だから、なのかもしれないんだけど……。私が大人になったら、生まれてきた子供が安心していられる家族になりたいんだよね。子供が『またイチャイチャしてる』って呆れちゃうくらい、円満な関係にしたいんだ」


 おとぎ話に憧れる少女のように先輩は語る。


「そんな家族になりたいんだぁ……」


 そして言ってから、安心したように眠りについてしまった。


「すぅ……すぅ……」


 先輩が寝てから、俺は先輩の言っていたことを考えていた。


 子供が笑っちゃうくらい幸せな家庭か。


「たしかにそれはいいな……」


 今まではずっと付き合うまでのことを考えていたけど、付き合ったら当然その先があるのだ。

 そんな当たり前のことに今更気が付く。


「まあでも」


 深く考えたこともなかったけど、先輩とならうまくやれる、そんな予感がした。


 牛のように遅い進展をしながら、友達に笑われながら二人のペースで進んでいくんだろうなと思う。時々焦りながら、それでもじっくり。

 って、今の段階からそんなことを考えているのは、ただの勘違い野郎だけど。


「――ま、俺も寝るか」


 いい夢が見れそうだ、今日は。


 そう思って俺は安心してそのまま先輩と同じように寝れ……なかった。


「先輩の寝息が聞こえるだけで寝れないんだが⁉」


 結局寝るのは諦めて、先輩の寝顔をずっと見ていた。これくらいは許されるだろう。

 相好を崩してぐっすり寝ている先輩は、冗談抜きに無茶苦茶かわいかった。本当にかわいいなこの人。

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