幕間 SIDE R
相坂梨花には2つの顔がある。
ひとつは成瀬千太をサポートし、相坂梨花のサポートをするという世話焼きの顔。
恋愛経験の少ない千太をフォローするのに、毎日準備を進めている。
ついさっきお風呂から出た梨花は、千太の体調管理を考えて筋トレのメニューを考案していた。
「やっぱり腹筋は大事だよね~。でもいざというときに抱っこできたりするといいから、腕の筋肉も鍛えさせなきゃな~」
頭にタオルを巻きながらゆっくりとゲーム感覚で考えていく。あれも鍛えたほうがいいこれも鍛えたほうがいいとメニューは増えていき、それぞれの内容ももう少しきつくしたほうが良いかなとどんどん過酷なものになっていく。
……筋トレを実行する本人の気持ちについては、頭から抜けているようだった。
「怪我したときにすぐお姫様抱っこして、みんなに見られてる中駆け抜けてくれる…………うん、いいな……」
……梨花は理想の高い女だった。というか、夢見る乙女だった。
理想の恋人像は身長180センチ以上でイケメンで、そして優しくふわりと自分を包み込んでくれるような王子様だった。
というのも、昔読んだ漫画に影響をされているらしい。
だがそんな男など、世の中にはほとんどいないだろうと思ってしまっているが。
しかしそれでも、と。自分の友人の顔を思い浮かべてため息をつく。
「それに比べて、真理は……。あんな男のどこがいいのかしら……?」
だからこそ、友人の嘉瀬真理が千太に恋をしているというこの現状が全く理解できなかった。
真理は誰がどう見ても太鼓判を押すほどの美少女である。
女である梨花でさえもうっかり恋をしてしまうほどの美少女だし、何より性格もいい。
その圧倒的なまでの包容力で疲れた梨花に優しくしてくれる時もあるし、真理が他人の悪口を言っているというのは少なくとも梨花は聞いたことがなかった。
仲良くなったのは高校1年の時。政治的な理由で真理に近づいた梨花だったが、馬が合うと分かってからは普通に友達になれた。
高校2年でクラスが分かれてしまったのは残念でその時は大きく彼女と関わることはできなかったのだが、それでも月に一度くらいは会って話していた。
だが、その1年で大きく変わってしまった。
真理は突然どこの馬の骨とも知らないあの男を好きになり、それしか考えられなくなってしまっていた。
それはもう病的なほどに、会うたびに彼の話ばかり出てきてそれが梨花にとってはすごくうんざりするほどに。
だから、総理の命令で彼を監視しろと言われた時には、とうとうモテすぎて真理の目も曇ったと思った。いや、冗談抜きで。
「モテる女にはモテる女なりの悩みがあるのかねえ」
彼女が変な男に引っかかったのを不憫に思った、ちょうどそのタイミングで彼女の携帯が鳴った。
鳴ったのはプライベート用の携帯だ。仕事の連絡ではないらしい、と梨花は判断した。
携帯を取って乱雑に電話の応答ボタンを押した。
仕事相手じゃなければ、そうそう気構える必要もない。
と、思ったのだが。
「ねえ、梨花! もしもし梨花!」
「…………」
弾んだ声が聞こえてきた時点で、すぐに梨花は電話を切りたくなった。
ああ、これは疲れるやつだ、というのがこれまで幾度となく繰り返された経験により瞬時に理解されてしまったのだった。
「なに、真理」
「聞こえてるの梨花! もしもし!」
「返事したでしょうが‼」
大声で返すと、ああいたんだ梨花、と真理は落ち着く。
否。
「ねえ、聞いて聞いて‼ 今日ね、今日ね、千太くんが会いに来てくれたの!」
テンションが高い。現在進行形で下がっている梨花とは対照的に、もうすでに頂点まで来ている。
はあ、と梨花は天を見上げた。このパターンは話が長くなる真理の典型的パターンだった。
「へえ」
「それでねそれでねっ! おすそわけですって言っておでんもらっちゃった‼ すごいよ、千太くんの手料理だよ!」
それは私の手料理だ、と否定したい気持ちをぐっとこらえる。
恋は盲目だ、多分言っても信じない。
「それでね、玄関前で結構話しちゃったんだけど……」
「?」
(いや、待て待て。あなた、全然話せてなかったけど?)
どうやら真理の頭の中では何回も会話のキャッチボールを交わしたと認識しているらしい。
実際に行われていたのは千太からの球にボールを取り損ねている真理、という図だったが。
「すごくない⁉ お隣さんだよ、どんな確率⁉」
「はは……」
そんなことを心の中で思っていると、話は千太が隣に引っ越してきたことに移ったらしい。
確率については工作されたものだと多分真理も分かっていると思うのだが、どうしてこんな素で驚く反応ができるのだろうか。
まあ、仕組んだ本人である梨花は乾いた笑いしか返せなかったのだけど。
「えーすごいよねー! お隣さんってことは、これから一緒に料理したり買い物に出かけたり。……一緒に寝たり、その先まで……」
「同棲かボケ」
「え? なんていった?」
「いや、そんなことがあったらいいねって」
「ああ、なんだ」
危なかった、危うく本音が出てしまうところだった。
(なんでどいつもこいつも隣人ということに夢を持っているのだろうか……)
一緒に寝たりとかどう考えても隣人とすることじゃないだろ、と心の中でツッコミつつ彼女の言ったことが彼女のしたいことなんだなと頭にメモしておく。
てか、普通にエッチなことまで考えてるのかよ、と梨花は素で驚いてしまった。
(もういっそのこと一回くらい同衾させてしまうか……)
投げやりな発想に転じそうな梨花はぎゅーっと自制心をかけて、真理の話を聞く。
それから30分ほど真理の話が続いた。とはいっても内容は「千太くんがこんな顔をしていた」とか「千太くんがこんなことを言った」とか千太くん千太くん千太くんだった。
梨花は途中から適当な相槌を打っていたが、真理は気にした様子もなく話し続けていた。
「ほんと真理はその千太くん? って子が好きなんだね」
「え⁉ い、いや…………そう……見える…………?」
見えないと思っていたら、今まで彼ののろけに聞かされていた数百時間を返してほしいんですが。というか、どっちにしても返してほしいんですが。
「じゃあまた連絡するねー! またね!」
「ほいー」
それで話はおしまいだった。ようやく解放される、と梨花は思った。
だが、先ほどまであんなことを考えていたからか。
話が長くなる危険性があったのにもかかわらず、梨花はもう一つ質問をしていた。
「なんで真理は、そんなに彼のことが好きなの?」
それは今までに何度もしていた質問だった。同じことを疑問に思ったのは今回が初めてではない。そのたびに、梨花はなんとなく質問してしまうのだ。
そして毎回返ってくる答えは同じ。
「? 彼が私を特別扱いしないからだよ?」
前にも言ったじゃん、と言われ、そうだったかなーと返す。
たしかに、何回聞いても返ってくる答えは一緒だった。
そして残念なのは、それが自分にとって何の参考にもならないということだった。
特別扱いされすぎている真理だからこそ出てくる、好きになる理由だったからだ。
「まああとはあれだね。…………普通に顔がタイプ…………」
「うん、やっぱ目が曇ってるね‼」
「ええ⁉」
あんたならもっといい男がいるでしょうが、とやっぱり思う。
「じゃあそろそろ寝るね」
「あ、うん。おやすみ、梨花」
「おやすみ~」
電話を切ってソファの上にぽいと投げ捨てる。
そしてそのまま自分の体もソファの上に投げ出す。
――なんでみんな恋愛をするんだろうな。
相坂梨花には二つの顔がある。
もう一つは真理の友人としての、ささいなことに悩む年頃の女子高生としての顔だ。
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