第2話 幼馴染――信楽鳴
足音だけで誰が来たか分かるのは、腐れ縁の弊害というやつだろう。
「こらーセンー! どういうことだー!」
バンッという音とともに入ってきたのは、親の顔ほど見た幼馴染の顔だった。
「鳴、もう少し落ち着いて入ってきてくれるか……? 心臓に悪いんだが……」
「えーい、センの心臓なんて知ったことではない‼」
「お前、人の臓器はもうちょい大事にしてくれ?」
「うるさーい!」
どこどこどこ、とお祭り騒ぎである。
そのお祭りを一人で繰り広げているのだから、
「それより、どういうことだー!」
「お前それしか言わないのか⁉」
そう言い返すと、鳴は栗色のポニーテールを左に右に揺らして、こちらに近づいてくる。
「とぼけるなー! 引越しの件だー‼」
「とぼけたつもりはない」
裸足でガシガシと寄ってくる。
真っ白な脚に血行の良いピンクの爪が見えて、幼馴染だというのに思わず邪な目で見てしまいそうになる。
胸だけはまだ発展途上のようだったが、すらっと生えている真っ白な脚や肉付きのよい太もも、長いまつげなど色気は本人の自覚なしに振りまかれている。
「それより、引っ越しの件か」
彼女の下半身から目をそらして、彼女の質問に意識を向ける。
引越しというと、さっき相坂さんが言っていた話のことか。
てかもうこいつに伝わったのか、早すぎるだろ。うちの機密保持は一体どうなってんだ。
「一体どうして引っ越しするんだー! むきー‼」
「一体どうしてと言われても……」
むきーって自分で言ったぞこいつ。ただどうやらこの様子では、引っ越すという事実だけ知っていて理由は聞かされていないみたいだな。
まあどうせ、母親辺りが口を滑らせて「続きは
さて、どうしたものか。相坂さんにはあの任務(?)のことは誰にも言うなと言われているし。
とりあえず適当にごまかすか。
「親が『そろそろ一人暮らしをしたらどうだ』って言ったんだ。お前は家事ができないダメ男になるぞってな」
「まあたしかにこのままではセンは家事ができなくてろくに一人では生きていけない引きこもりニートになってしまうけど……」
「誰もそこまでは言ってないがな‼」
そんなに言われる筋合いがあったか? いや、あったんだろうな……。情けないことに。
「でも、今になってそんなこと、のぶ代さんが言わないよね?」
「――――うっ」
さすがに鋭い。やはり頭の悪い俺が適当にでっち上げた言い訳は、学年1位には通用しないか。
なんでこいつ体育会系の見た目してるくせに頭もいいんだろうな。理不尽だ。
そしてそんなことを考えていた俺は、背後に回った鳴に気が付けなかった。
「こらー嘘を言ったなー! 羽交い絞めの刑だおらー‼」
「待て待てやめろおおおぉぉぉおおお」
何の躊躇もなく、鳴は俺の首に足を回した。
そしてこの羽交い絞めの刑、よく鳴にやられるのだが……難点が二つある。
ひとつは普通に痛いこと。いやもうめっちゃ痛い。何回もやられてるけど、やられる前は背筋が冷える。
そしてもう一つは肉付きのよい太ももがそのままダイレクトに俺の鼻とか口とかに当たるのだ。
……下半身をどさくさに紛れて布団の中に隠す。
「待て、落ち着け鳴」
「本当のことを言う気になったか!」
「分かった言う言う!」
俺が観念したように言うと、するりと解放される。
ふう、危うく意識まで落ちるところだった。
「…………仕方ない。正直に言うしかないようだな」
そうやって一息つくと、俺は鳴の耳元に近づいて。
真っ白な耳を覆うように、そして囁くように言った。
「隣の家にいる鳴の着替えがエロすぎて、勉強に集中できないから、だ」
「―――――――――ッ⁉」
俺がそう言うと、鳴はぞくぞくと背中を震わせた後、ずさりずさりと俺から距離を取る。
その顔や耳は真っ赤で、体も気持ち小さくなっているように見えた。
「すまんな、こういうことは言いたくなかったんだが」
「そ……それなら、うぅ……し、仕方ない……ね…………」
必殺、18禁の言葉攻め。
鳴はあまりにもそういうエロ系のコンテンツを知らないため、こういった話にめっぽう弱い。
だからこういう言い訳をされると、それは嘘だよねとかどうしてなのとかそういった深掘りをすることができなくなるのだ!
……うん、最低だ。
「うぅ…………」
鳴は自分のスカートのすそや胸を押さえて、そして自分が悪かったかのように縮こまっている。
「というわけで、引越しはするけど。これからも教室ではよろしく頼む」
「そ、そうだね…………。うん、また連絡するから何かあったら言ってね…………」
そう言ってむざむざと引き下がる鳴を見て、すまないと謝っておいた。
――――――――――――――――――――
『梨花、お疲れだったね』
「お疲れだったね、じゃありませんよ。なんで私があんな男の世話をしないといけないんですか」
『まあまあ、ボーナスは弾むからさ』
「お金で解決できると思ったら間違いですからね、松江総理」
その夜、相坂梨花は自分の雇い主に一本電話を入れていた。
「第一、嘉瀬真理をコントロールするなんて無理ですよ。彼女に政権を脅かされたくなかったら、彼女におとなしくお金を積むなりすればいいじゃないですか」
『むしろそっちの方が危険だと思うんだよねえ。彼女には高校生を楽しんでもらって、こっちには関わらせないようにするっていうのは名案だと思うんだが』
「……まあ、一理あります」
梨花自身も、自分の言った案が有効だとは全く思っていなかった。
嘉瀬真理という人間を見ていると、お金で動くような人間ではないとわかるからだ。
『それにしても君だって酷いじゃないか。彼に嘉瀬真理のことを『ポンコツ』だと教えるなんて』
「それは事実でしょう? 彼女自身もポンコツだという自覚はあると思いますが?」
『違う違う。かわいそうなのは『彼』の方だよ。とぼけないでくれたまえ』
電話の先から口角が上がった様子が想像できた。
総理の言わんことを分かってわざと梨花が論点をずらしたことをあっさりと見抜かれている。
総理は少し息を溜めると、そこからゆっくりと話した。
『今までずっと嘉瀬真理が所有していた彼女の隣の部屋が、ちょうどこのタイミングで彼女の手を離れた。ちょうど私たちが彼に接触したそのタイミングで、だ。その意味を理解できないほど、君も馬鹿じゃない』
「……………………」
『まあたしかに彼女が
「……彼が知っても、何の意味もないですから」
梨花は自分の行動が咎められたという意識があって言い訳のように言うが、対して総理のほうは『たしかに』と彼女の言い分を認めてからこうつなげた。
『それを言ったら私が総理大臣になったことさえ、今の状況を作るための準備だとも思えてしまうからね。彼女のことは考えたらきりがないさ。ポンコツと思っていた方が幾分か彼もやりやすいだろう』
梨花は総理の馬鹿げた仮説を否定することはしなかった。
否定できる材料がどこにもなかった。
『あ、そうだ。これは私からのアドバイスなんだが』
そして電話を切る直前。
総理はころっと声音を変えて梨花に言う。
彼女も彼女でつかみどころのない人間だなと梨花は思ったが口にはせず、雇い主の最後の言葉を待った。
松江はそれからゆっくりと間をおいてから、言う。
『あまり彼に思い入れすぎないほうが良いよ。やめておいたほうがいい』
それは梨花の頭の中で理解するには困難な内容だった。
何をもってそんな助言をするのか、いやそんな警告をするのかが、梨花にはわからなかった。
『君が彼の周りにいる厄介な女の一人にならないことを祈っているよ』
そう言って松江は電話を切った。
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