第2話 鼠
その死刑囚は死への恐怖心が薄れるにつれ、生ある時を思い起こした。
己の罪を意識し、悔いた。
しかしその悔いは事件に対する悔いではなく、己の過去と未来への悔いだった。
「死刑に処する」
冷たく事務的なこのひと言は、死刑囚には何の意味も持たなかった。
それどころか、人を殺したことへの後悔の念を跡形もなく捨てさせた。
鼠が食べ残したチーズひと欠片ほどの反省心さえも捨てさせた。
その恐ろしく事務的な声は、ひんやりとした空気の漂う場を直線的に走った。
そしてその言葉の矢は、じっと聞き入っていた傍聴人たちのざわめきを呼び起こした。
そのざわめきは、皮肉にも死刑囚の緊張感を和らげさせた。
刺すような視線を全身に感じて、肌に痛みを感じていた死刑囚の、心のざらつきを消し去った。
しかし次の瞬間、その緊張感と心のざらつきを、至極懐かしいもの
━冬眠を終えた蛙が、暖かい春の陽射しの下に出た歓びにも似る━
と、感じた。
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