アル未来

@kazushioraima

001.ロボと友達

 未来。

 人間と同じように住民登録した上で一人暮らししているロボット。それが私。

 そして今からするのは、同じ屋根の下で同じ釜の電気を食う家電の話だ。

 ロボットにとって家電はみんなペットのようなもの。

 餌は電気。元気なら完璧な仕事で返事をしてくれる。かわいい家族。

 人間にとってのペットと違うのは、怪我すれば主人であるロボットが自分で修理してやれること。

 ペットを飼う人が全員、獣医のようなものなのだ。

 ウチに来て十年経つ家電が壊れたのは、冬のある日の事だった。四角いかさばるストーブだ。最新式のやつと違って住人の体調に気温を合わせられない、ちょっと気が利かない古株。

 いつからか、一度スイッチを入れてやると燃料が切れるまで頑張り続ける頑固ジジイになってしまった。

 私ははじめ、焦らなかった。

 いつもみたいに直せると思ったからだ。

 けれど直せない。治せない。

 もはや取り換えなければならない部品は全てだった。すなわち、買い替えるしかないのだ。

 私はアームでしっかり挟んで、ジジイストーブをリサイクル用家電置き場に持って行くことにした。

 家電置き場は共同住宅の裏手にある。

 玄関を出てから最新式の四脚を披露して、階段を小気味よいリズムで降りる。

 すれ違った生身の住人に、空いた金属指の間でぱちぱち電流を鳴らして見せると、手を上げて「やあ」と言われた。低出力の電流挨拶で何かあったと悟ったのか、それ以上のやりとりなく住人は去っていった。

 家電置き場に着いた私は、ストーブをそっと置いた。

 一歩下がって、途端に私は哀しい気持ちになった。

 付き合いの長いストーブだったものだから、思い出が記録領域から溢れてくるのだ。

 普段なら自分で修理してやれば元気になってくれていたことも、現状を信じられない原因だった。

 冬に世話になったこともあれば、夏場に間違えてスイッチを入れてしまって、冬の余った燃料が空になるまで冷房と勝負し続けて困らされたこともあった。

 自室に戻ってからも、メモリにぽっかりと穴が開いた気分だった。

 何をしていても、部屋の隅に確保したままの、頑固ジジイのスペースを認識してしまう。

 まさか治せない日が来るなんて思いもしなかった。

 日常からいなくなる日が来るなんて、考えもしなかった。

 ふと気づくと、関節部からオイルが一筋垂れていた。

 気を落として体を走る電流を弱めてしまう事で起きる現象。ボディの温度も下がって、冬場は結構負担がかかる。

 さしずめロボットの涙だ。

 その日の夜は、オイル漏れをちびちび拭き続けていたら過ぎ去った。

 朝の清澄な冷気を感じて、私はついに新しいストーブを買うことにした。

 いつまでも別れを悔やんでいては、あの頑固ジジイに立つ瀬がない。私は冷静なロボットなのだ。

 ネット通販で選んだのは、最新式の、住人の体調に気温を合わせられる気が利くやつだ。

 宅配サービスはその日の昼の内に来た。

 迎え入れてすぐ、私はいてもたってもいられなくなって、新しい仲間を抱きしめた。

 これからよろしく。お前の前任者はこんなやつだったんだ。お前とも長い付き合いのつもりだからな。そんなことを脳内テキストデータに書きながら、他の家電にも紹介してやった。

 オイル漏れは時々あったけど、新米家電の傷一つないボディを撫でていたら、やがて出なくなった。

 夢中になって騒いでいたら、気付いたときには太陽が沈もうとしていた。

 燃えるような夕焼けを見ながら、私ことロボットは、隣の新型ストーブに元気よく電流挨拶をした。

 彼は黙って気温を下げてくれた。

 家電が壊れることは、共に過ごした旧友との永遠の別れであると同時に、新たな仲間を迎え入れるきっかけでもある。

 ロボットにとって、一期一会の大イベントなのだ。

 人間にとっては、果たしてどうだろうか。

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