第25話 わかっても、わからない事

翌朝、美海と郁美は木に向かって歩いていた。

純平はもう行かないというので、置いてきた。

二人きりで昨日の山道を迷わず歩けるか心配だったが、意外にも無事着く事が出来た。


「おはようございます。」


「これはこれは、おはようございます。一体なんのご用でしょうか。」


心なしか、ゴリラは昨日よりも話す事が上手になっている気がした。

何を話したいかと聞かれても、話しをする事が目的で特に何かを聞きたかった訳ではなかった。


「いなくならなくて済む方法は本当にないんですか?」


苦しまぎれの質問だった。


「私が消える理由2つあります。1つはこの山の木が若すぎる事。2つ目は、私の事を誰も知らない事です。昔、この山に生えている木は皆ここある切り株同じくらい大きな物でした。しかし、今、これと同じ規模の木は存在しません。多くの場合私達の力は年月に依存します。」


1つ目の理由は純平から生いた事と同じものだった。


「2つ目の理由はどういう事?」


美海が聞く。


「昔は、多くの人間が、私達の事を恐れていました。山は木材や食料の恵みを人間に与える場所でした。しかし、同時に人間の力の及ばない場所でした。山火事、土砂崩れ、獣。全てが人間に取って死の危険をはらんでいました。だから人間は、私達に対して、感謝と恐怖の感情を持っていたのです。しかし、それは人間が勝手に感情を持っていただけの事で、渡し達には関係ありませんでした。私達に取って重要なのは、意識される事なのです。私達は意識される事によって存在する事が出来るのです。」


二人はゴリラの言う事を理解しようと、頭をフル回転で黙って聞いていた。


「つまり、人間が山に対しての恐怖を無くし、木を切り倒しまくったのが原因ってこと?」


郁美が聞く。


「その通りです。」


3人の間に沈黙が走った。

純平が話を聞く事でゴリラがいなくなるのまでの時間を伸ばす事が出来ると言ったのは、ゴリラを意識する事が必要だったからだ。しかし、それは小手先の延命措置にしか過ぎなかった。問題の根本的な解決にはならなかった。


「人間が木を切るのを邪魔したりとかしなかったの?」


ゴリラは少し天を仰ぐ様な仕草をしてゆつくり答える。


「もちろんしました。しかし、人間はあまりにも数が多く、道具を使いました。私に出来る事は多くありませんでした。」


「ごめんなさい。」


自分がやった事ではかった。しかし、今の話を聞き美海は自分がやった事の様な申し訳ない気持ちになった。


「あなたのせいではありません。そういう運命だったのです。それともあなたは、私が山に近づく人間と徹底的に戦って、殺した方が正しかったとお考えですか?」


「そんな事ない。そんな事ないけど、でも違う。」


美海は自分の感情を整理する事が出来なかった。ゴリラの気持ちを優先する事が、今の自分の生活を否定する事だと感じていたからだ。


「ねぇ、私なんか変。こんな話をしているのに、私凄く冷静に考えてる。美海ちゃんの言いたい事わかるけど、それに全然共感出来ない。」


郁美は話しながらゴリラの方を見る。


「あなたの気持ちが私に入ってくる。あなたは、私達を話をしていても、話し合いをするつもりなんて無いのね。ただ連絡事項を伝えているだけ。凄く悲しい。」


「あなたは、共感性が強いのですね。それは、山の空気を吸っているからでしょう。確かに、私はもう決まってしまっている事について議論するつもりはありません。私には経験を次に活かす事も出来ません。だから、あなた方に伝えたいのです。」


今まで、ぼやけて見る事の出来なかったゴリラの顔に強い意志が見えた気がした。


「人間は争う事を否定しなががら、常に敵を求めて戦い続けている事は理解しています。」


そんな事無い。っと言おうとした美海を郁美が制する。


「しかし、それが間違えていることだとは私は思いません。山の植物も動物も自分の生活圏を維持する為に、常に水面下では戦い続けています。その事を忘れてはいけません。」


ゴリラは言い終えて二人の顔を見る。


「もっとわかりやすくい言葉にしましょう。歴史の中で、最も多くの問題を解決た方法は戦いなのです。その事を忘れて、盲目的に平和を信じる事は自分の未来に対して責任を放棄しているのと同じ事なのです。」


ゴリラの言う事はおそらく正しかった。しかし、それを理解して飲み込むには、二人の人生経験はあまりにも少なかった。


「子供にはこんな話ばかりしていても、退屈でしょう。時間が許すかぎり、外では聞く事が出来ない話をお話しましょう。私には余りある経験があります。」


それから2週間、二人は毎日ゴリラの所に通い昔の話を聞いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る