第83話 第二回 迷宮探索へ!

「えーっと『携帯食セット』ヨシ! お鍋にフライパン、食器、水筒二つ、【プロメテウスの火ランプ(改)】も入れたし……野営用のブランケット、敷き布、一応の着替えもヨシ。あとは採取用の【常若とこわかの食料袋】と【ふしぎ袋(中)】……こんなもんかな?」


 リュックの中身の最終点検だ。【重量軽減】のリュックとはいえ、荷物は最小限にするべき。


「んーでもまだ余裕あるな……あ、【携帯調合セット】も持って行こうかな?」


 ポーション類などの、基本的な錬成調合ができる簡易調合器具のセットだ。これがあれば万が一ポーションが足りなくなっても作れるし、拠点で留守番をしている間に、採取した素材を試してみることもできる。


「うん。これは錬金術師として最低限必要な物だよね! そんなにかさばらないし……うん、持って行くべき!」


「言い訳にゃ?」

「アイリスもそういうとこ〜錬金術師らしいよねぇ〜」


「……イグニス? ルルススくん? 私は錬金術師として同行するんだから、調合セットは必要なんだよ!」


 後ろでコソコソ話していた二人を振り返り、私はにっこり笑って言う。そして棚の【携帯調合セット】に手を伸ばし、素早くリュックに突っ込んだ。


 今回はランベルトさんの契約精霊、水の精霊ウンディーネのコルヌがいるから水の心配はないと言われている。それに目的地には水場もあるらしい。

 ――それなら。

 水の精霊ウンディーネのお水と迷宮のお水で調合を、それも迷宮の中でやってみたいじゃない!?


 最近は試験に向けたレポートを書くのも楽しくなってきたし、色々なことを試してみたい。


「ふふっ、楽しみ……!」


 あ、勿論、気は抜かない。油断は禁物だと前回で学んだからね。


「えーっとあとは……杖、ヨシ! 小刀といつものポーチ……中身もヨシ!」


 私は腰のベルトに付けたそれらを触って確認をする。

 今日の探索予定は三十五層から。私は安全地帯の『転送の間』でお留守番だけど、前回は第三層までだから一気に深い所に潜るのだ。準備に気は抜けない。


「んん~? アイリス~このリュック小さくな~い~?」

「うん、ちょっと小さめのにしたの! 前回のは大きすぎて動きにくかったでしょう? それに今回、私は採取目的じゃなくて携帯食の使い勝手チェックだからね」


 とはいえ【ふしぎ袋】も持ったしある程度の採取はできるはず。せっかく迷宮深部に潜るんだから、機会は逃さない!


「そうにゃね、動きやすいのが一番にゃ。もし沢山採取してアイリスが持ち切れなかったら、ルルススの鞄に入れてあげるから安心するにゃ!」

「え! いいの!?」

「いいのにゃ。今回ルルススが迷宮に行けるのは、イグニスとアイリスのおかげにゃからにゃ~!」


 ルルススくんはご機嫌で、ふにゃにゃん! と鼻歌まじりでクルリと回る。


「はいはい! お喋りはそこまでよ~! もうそろそろ時間でしてよ?」

「ほらほら! アイリス、これはおれたちから! 持ってけよ!」


 裏口の扉をバーン! と開け、レグとラスとハリネズミ隊が駆け込んできた。


「あ! それ……鈴梨すずなし!? わ~嬉しい!」

「うふふ! 昨日森の奥で見つけましたのよ。今の時期のとっておき!」

「一口サイズだからな! 迷宮で摘まむにはもってこいだろ!」


 レグとラスがくれた鈴梨とは、葡萄のようになっている小さな梨だ。森の奥で取れる夏~秋の果物で、ちょっとの体力回復効果もある。

 両掌にこぼれるほどの大きさで重さもズッシリ! 水分たっぷり艶々ですごく美味しそうだ。


「ありがとう。レグ、ラス。ハリネズミ隊のみんなもお留守番よろしくね」


「おうおう! 任せろよ!」

「畑のお世話も工房のお世話も心配いりませんわ。……それからね、アイリス」


 レグとラスはふわりと、私の顔の高さまで浮かびその丸い目で見つめ言った。


「もしも、もしも危険があったら、わたしたちを呼んでね」

「え……?」


「わたしたちは畑仕事のお手伝いや採取がしたくて顕現してますけど、呼んでくれたなら、どこでもすぐに駆け付けますわ」

「おれたちだってアイリスの契約精霊なんだぜ! 大地の精霊ノームの力が必要な時は遠慮するなよな!」


 そして足元では、ハリネズミ隊のみんなが「畑は自分たちが守る!」とでも言うように、短い腕を掲げ私を見上げている。


「くふふ~レグとラスの針って固そうで~強そうだもんね~!」

「おれの針は固いだけじゃないぜ!」

「わたしは大地の術も得意ですのよ!」


「……うん! ありがとう。頼りにしてるね、みんな!」



 ◆



 レグとラスに見送られ、イグニス、ルルススくんと三人で工房を出発した。

 カーンカーン……と朝八刻の鐘が鳴り始めた。レッテリオさんたちとの待ち合わせは八刻半だから、ルルススくんの歩幅に合わせてゆっくり歩いても十分間に合うだろう。


「あ、もうすぐ街道に出るね」


 今日は迷宮入口で落ち合うことになっているので、街へ続く大きな道ではなく、前回、白玉檸檬の木を見つけた近道を使ってきたのだ。

 ここからは人も増えるし馬車も通るので気を付けないと――。


「えっ、なんか……人も馬車も多くない!?」

「まだ朝八刻すぎにゃのに大混雑にゃ! イグニス、フラフラ飛んでちゃ危ないにゃよ」

「そうだね~アイリスの頭に乗ってる~」


 渋滞とまではいかないけど、車列は途切れずひっきりなしだ。速度も歩く方が早いくらい。


「もしかして……お祭りのせいかな?」


 ランベルトさんは迷宮混みあうと言っていた。ということは、ヴェネトスの街へ来る人も多いのだろう。


「こんにゃに人が来るお祭りにゃったんにゃね! 珍しい物が見れるかもしれにゃいにゃね」

「そうだね! 立派な馬車の隊商もあるし、海向こうの国っぽい人もいるし……お祭り、絶対行こうね!」


 ランベルトさんはお祭りの準備で忙しいって言ってたけど、やっぱり祭り当日も騎士団はお仕事なんだろうか? 結構大きなお祭りみたいだし、誰か知ってる人に連れて行ってもらえたら心強いんだけど――。


「アイリス~お祭り~レッくんと一緒にいきたいねぇ~!」

「えっ!?」


「あれぇ? アイリスは一緒に行きたくな~い?」


 おかしいな? とイグニスは首を傾け戸惑うように尻尾を左右にゆらゆら。


「そうだね、一緒に行けたら楽しそうだけど……」


 誘ってみてもいいのだろうか? でも、連れて行ってくださいってお願いしたらレッテリオさん断り難いんじゃ……? いやその前にきっとお仕事で忙しいだろうし……。


「にゃっ、アイリス馬車が来てるにゃ! 危ないのにゃ」


 ルルススくんの手で草の茂った街道脇に引っ張られた。

 いけないいけない、ぼんやりしてたら轢かれてしまう。


「……んっ? あれって?」


 迫って来ていた馬車の御者台に座っているのは、商業ギルドのエマさんだ。


「あらっ、アイリスさん! もうお出掛けですか? あ、街へ行くなら乗って行きます?」

「いえ、今日は迷宮に行くんです! エマさんは? こんな早くからもうお仕事ですか?」

「そうなの~もう日焼けしちゃって……はぁ」


 エマさんが来たのは街とは逆側だ。商業ギルドって朝九刻からじゃなかったっけ?

 それに随分大きな箱型の荷馬車だ。一体中には何が入っているのだろう? と見ていたらエマさんが笑った。


「ふふ、やっぱり錬金術師さんね。大きすぎる馬車のからくりが気になっちゃった?」

「え! あ、はい、そこも気になったけど……ギルド職員って輸送もするんだな~大変だな~……って思って」


「ああ、それはこの時期だけよ。中の荷を見てみて?」


 エマさんが御者台後ろののぞき窓を開けた。


「わ~お花だねぇ~! いっぱい~!」

「わ、ほんとだ。『待宵草まつよいそう』ですね」


 荷台の中は真っ白な『待宵草』が詰め込まれていた。何本かの束ごとに――多分【上保存紙上ラップ】だろう、保存紙ラップで包まれているので、切り花だけど瑞々しさを保っている。


「そうとも言うけど、ヴェネトスここでは『王女の白ばら』って呼ぶことが多いかな」

「『王女の白ばら』?」


「あ、ルルスス知ってるにゃ! 二百年くらい前のお姫様のお話にゃったっけ」


「あら、アイリスさん知らない? お祭りもこのお話を元に始めたんだけど……あ、はい、これ! 祭りの案内冊子! 三日前までにギルドに申請してくれれば店も出せるから、是非どうぞ! 良い場所はもうないけど、気軽な自由市場枠ならまだあるから。あと……はい!」


 エマさんは荷台から『待宵草』――『王女の白ばら』を数本取り出して、私に差し出した。


「お祭り行くでしょう? この花を知らないってことは貰ってないんだろうし……よかったら持って行って」

「え? ああ、ありがとうございます……。え? お祭りの必需品なんですか?」


「ええ、必需品よ? 一緒に行きたい人に『王女の白ばら』を渡して誘うのがルールなの。当日は女性は髪に挿したり、男性は胸に挿す人が多いわ。ほら、レッテリオ様と一緒に行くんでしょう?」

「えっ! エマさんレッテリオさんのこと知ってるんですか?」


 というか、『レッテリオ様』って……? あ、もしかして貴族でランベルトさんの従兄弟だってこと、街のみんなは知ってるとか? やっぱりランベルトさんにも様付けじゃなきゃダメだったかな……!?


「勿論。有名だもの、あの方。私は元々王都にいたから――っと、ごめんなさいね、後続の車が混んできたからもう出すわね。それじゃあお祭りで……! あ、『赤ばら』が欲しかったら――……」


 手を振りながら足早に馬車を出す。『赤ばら』って何のことだろう?


「……行っちゃった。最後なんて言ってたか聞こえた? イグニス、ルルススくん」

「わからな~い」

「きっと『赤ばら』って『騎士の赤ばら』のことにゃね。お話にでてくるにゃ。迷宮に行くまで『王女の白ばら』のお話してあげるにゃか?」


「うん、聞きたい! 私、工房にあった本は色々読んだけど、『王女の白ばら』のお話は聞いたことないんだよね?」


「にゃ、このお話は本にはなってないんにゃよ。禁止されてるにゃ」

「どうして? あ、でも話すのはいいの?」

「『人の口に戸は立てられぬ』にゃね。そこまで禁止するのは逆に面倒にゃのにゃ。旅芸人の歌なんかにもなってるんにゃけど、アイリスは聴いたことにゃい? 『白の野ばらを赤く染められるなら~』って歌にゃ」


「んー……?」


 旅芸人自体そんなに会ったことがない。唯一印象に残ってるのはあの、錬金術師を目指すきっかけになった一座だけど……。


「……歌は覚えてないけど、そういえば『待宵草』と『望月草もちづきそう』の花吹雪……錬金術師さんが降らせてたかも」


『望月草』は赤い野ばらだ。実は待宵草と望月草は同じ花で、花を咲かせながらその中央に『実』を付ける面白い植物だ。この実、月の光を浴びて魔力を溜め込み、満月頃に熟して赤くなる。

『待宵草』と『望月草』の実は錬金術の材料としても使うので、月が満ちる直前、『待宵』の頃と満月を迎えた直後の『望月』の夜には、森へ採取に出掛けることもある。


「そうにゃか。『王女の野ばら』のお話はにゃね~……」


 ルルススくんが話してくれた『王女の白ばら』はこんなお話だ。

 お忍びでヴェネトスに来ていた王女様が護衛のヴェネトスの騎士に恋をしたけど、身分が釣り合わないと自重し、ほのかな想いは自分の胸だけに秘めていた。しかし突然、隣国と戦争が始まってしまい、騎士は前線へ。王女は自分の魔力を込めた『待宵草』をお守りだと言い、騎士へ渡し見送る。そして月が満ちた頃、戦が終わり騎士は帰還する。そして――。


「――騎士は『無事戻りました』って赤く染まった『望月草』を王女様にお返しするんにゃ。『待宵草』に込められてた王女様の魔力の助力もあり、活躍した騎士は名を上げてにゃんとか王女様と結婚したんにゃ。めでたしめでたし~にゃ」


「へぇー……。それで、なんで本にするのは禁止なの?」


 確かに、きっと元平民だった騎士に王女様が降嫁されるのは、あまり名誉なことじゃないかもしれないけど……?


「本にするとにゃんでか発火するんにゃって」

「え?」


「王女様が炎の精霊サラマンダーと契約してて、その加護をもっていたせいかも……って言われてるにゃ。にゃんで燃えちゃうのかは分からにゃいんにゃけどにゃ」

「ん~~恥ずかしかったんじゃない~? だからそんなまじないをかけたのかも~? くふふ~!」


「……そんなことってあるの? 二百年も続く……まじない?」


 それってもう呪いじゃないの? 


「噂にゃけど、王女様は実は王女様じゃなかったとか、騎士は敵国の間者だったとか、二人を妬んだ宮廷魔術師がお話を残したくなくて『本が燃える』呪いをかけたとか……諸説あるのにゃ!」

「諸説……。ふしぎなお話だね……?」


 私は手の中の、三本の『待宵草』を眺める。

 お祭りで一緒に行く人に渡すのは、王女様のその逸話からなのだろう。あ、そうだ。エマさんお店も出せるって言ってたっけ! そろそろ練習の各種ポーションも増えてきたし……。


「あ、そうだ。【コーティング石鹸】売ってみてもいいかも? あ、ガルゴール爺にバスボムも送ってもらおうかな?」


 石鹸は前にレッテリオさんに売れそうだと言われていた。目が肥えた、王都で暮らしてた貴族が言うのだから本当かもしれない。祭りには色んな人が来てるみたいだし、バスボムも良い試験販売ができるかも!


「ふふっ、お祭り楽しみだね!」

「レッくん誘おうよ~」

「ルルススは珍しいもの探しするにゃ~!」


 そんな話をしている間に、私たちは迷宮の入口へと到着した。

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