第81話 迷宮の番人

「……迷宮探索?」


 それがレッテリオさんの……カストラ子爵のお仕事? あ、でもなんだっけ……そう、役割は『番人』って……。


「三年前、バルド副長が迷宮で強力な魔物と対峙した、それが異変の始まりだったんだ。俺はそれが判明した後にカストラ子爵位を継いで、まずは従兄弟であるランベルトに迷宮の調査をしてもらって、その間に色々と下準備をして……。一年半後、ヴェネトスに騎士として転属って形を取って、迷宮を調べ始めたんだ」


 ……情報が多すぎます、レッテリオさん。


 でも、そっか。ランベルトさんとは従兄弟だったんだ。だから上司部下っていってもあんなに気安い感じで……あ、でも本当は身分的にはレッテリオさんの方が上? になるのかな? 公爵家だし子爵だし……?


「『番人』なんていっても、カストラ領なんて惰性で書類にだけ記載されてたような領地なんだ。カストラ子爵の役割は伝わっていても、具体的に迷宮の異変をどう鎮めればいいのか、そもそも異変の原因は何なのか……古い記録以外何も残ってなくてね」


「そうなんですか……」


「最初は『領主の次男坊が迷宮遊びを始めた』なんて言われてなー。私は真面目に仕事してるっていうのに肩身は狭いし、自分が作っておけって言ったくせに、レッテリオにまで『半分趣味みたいな部隊』なんて言われるし。酷いと思わないか? アイリス」


 ……思います。レッテリオさん、それはちょっとランベルトさんが可哀想です。


「ランベルトだって『領内の警備より迷宮探索の方が面白くていい』って言ってたくせに、よく言うよ」

「レッテリオこそ、王都からこっちに飛ばされたヒラの騎士って設定だ……とか言って、『俺』なんて言って身軽さを楽しんでるくせによく言う……」


 ……レッテリオさん、こっちで俺デビュー? 前はランベルトさんみたいに『私』だったのかな? だったんだろうなぁ、きっと。今だって基本的にお上品だもんね。


「ふ〜ん。レッくんは迷宮がおかしくなった原因をさがしてるんだ~? だから『中心』が分かるぼくを連れて行きたかったんだねぇ~」


「うん。俺たちには迷宮の底……『核』の在りかなんて分からないからね。異変の原因はきっと『核』なんだ。それが動いているって言うなら、異変の危険度が上がっている状態じゃないかと思うんだ」


「にゃるほど~。でも本当ににゃんで迷宮がおかしくにゃったんにゃろね? 大した記録も残ってにゃいにゃんて……前の異変はいつにゃったんにゃ? ルルススは聞いたことにゃいけど」

「私もないな」


「俺も。記録を見る限り……異変は多分、初代のカストラ子爵の時だけなんじゃないかと思うんだよね。そこから代々、しばらくは迷宮を見張っていたみたいなんだけど……平和が続いたんだろうね。記録が途切れてたから」


 なるほど。

 迷宮を見張って異変を鎮めるのが仕事だったけど……『番人』なんて、異変が起きなければやることなんてないんだ。だから領地も委託して、子爵の地位は公爵家が保有だけして……。


 ――そうか。じゃあ、異変がおさまったら、レッテリオさんがここにいる理由は……。


「アイリス、随分難しい顔しているけど……大丈夫?」


「あっ、はい。大丈夫です。ちょっとまだ、ややこしいけど……一応、分かったと思います」


 レッテリオさんのことはちょっと置いておこう。今は迷宮の話だ。


 迷宮探索……もうあまり一緒に行けないのかな、とかちょっと気になるけど……。


「迷宮探索は急務であり、国主導でやってることなんだ。だからちょっと王宮内の人が関わってくるけど、アイリスはあまり気にしないで欲しい。今まで通り、修行をしながら好きな様に携帯食を作ってくれればいいんだ」


「……アイリス錬金術師なのにねぇ~。ぼくたちってば~またパンを焼いてほしいって言われてるよ~」

「パン屋さんやるにゃ? ルルススは応援するにゃよ」


「うう……ルルススくん、私が一人前になるまでは、パン屋さんはちょっと保留にしておいて……!」


 私はグラスを手に取ってソーダを飲もうとしたけど、いつの間にかコップは空。話を聞きながら無意識に飲んでしまってたらしい。

 ふと工房の置き時計を見ると、時刻はそろそろ昼三刻半。おやつには丁度良い時間だ。


「あの、レッテリオさん、ランベルトさん? ちょっと甘いもので休憩しませんか?」



 ◆



「アイリスどうぞにゃ~」

「うん、ありがと!」


 森桜桃もりさくらんぼのタルトを恭しく運ぶのはルルススくん。保管庫から掲げる様に出してそーっと運ぶ姿が可愛い。


 森桜桃もりさくらんぼがたっぷり乗ったホールのタルトを切るのは温めたナイフ。挟んだカスタードクリームも生クリームもくっ付かず綺麗に切れるのだ。


「つやつやにゃね~~イグニスが喜びそうにゃ」

桜桃さくらんぼすっごく甘かったもんね!」


 さて。イグニスもだけど、甘党らしいランベルトさんも喜んでくれるだろうか?



 ルルススくんとお茶の用意もしてテーブルへ戻ると、何やらイグニスが騎士さん二人の周りを飛んでいた。


「んん~レッくんたちのマントいいなぁ~」

「そうかな?」

「うん、かっこいい~……あっ、ぼくも迷宮探索隊だよねぇ~? たいちょ~ぼくにもマントちょうだい~!」

「同じマントがいいのか?」

「うん!」

「……わかった。作るように言っておく」

「やった~~!」


 イグニス、マントのおねだり……? そう言えばやけに「かっこいい~!」って言ってたもんね。


「あ、アイリス~! ぼくマントもらえるって~!」

「うん、格好いいの作ってもらえるといいね。ランベルトさんありがとうございます」

「いや、イグニスにご機嫌で協力してもらえるならこのくらいな。ところで……」


 あ、ランベルトさんの目が輝いてる。レッテリオさんは笑ってるし……やっぱり言ってた通り結構な甘い物好きなんだ?


「はい! 森桜桃もりさくらんぼのタルトです。採れたての森桜桃もりさくらんぼなんですっごく美味しいですよ!」



 三角に切ったタルトは、上には森桜桃もりさくらんぼが光り、断面からは甘さ控えめ新鮮卵のカスタードクリームが顔を見せている。ちょっと固めにしたのできっと食べやすいはず。


 フォークを入れると、タルト生地は程良くしっとり、サクリ。ボロボロ形崩れする事もなく、クリームも桜桃さくらんぼも一緒にしっかり連れてきてくれる。

 そして一口お迎えすると……。


「うん! 美味しい!」


「美味しい……。こんな大きくて甘い森桜桃もりさくらんぼ初めて食べたよ」

「味見の時よりおいしいね~! アイリス~!」

「ほんとにゃ~! ……んにゃ? 隊長どうしたんにゃ?」


 全員「美味しい」と森の恵みを楽しむ中、一人無言のランベルトさんに目を移すと……。あ、なんか額を押さえて項垂れてる!?


「えっ、ランベルトさん? お口に合いませんでし……た?」


「……最高に美味しい」


 ぽつりと言って、ランベルトさんは紅茶を一口。そして毅然とした顔で再び口を開いた。


「幼い頃からここに住んでるけどこんなに瑞々しくて甘くて美味しい森桜桃もりさくらんぼなんて初めて食べたしクリームは森桜桃もりさくらんぼの甘みを邪魔しなくてアッサリしてるし底の方のサクサクのクッキー地もいいし、美味しい! 甘さ優先の有名店よりも絶対に美味しい。アイリスは何で錬金術やってるんだ? 早くパティシエになってくれないか!?」


「本当に甘い物好きだな、ランベルト」


 うん、レッテリオさんの言う通り。タルトの美味しさ一息で言い切ってたもんね!


「……気に入ってもらえてよかったです」


 パティシエ発言については無視だ。この美味しさは森と牧場の力だからね! 私の技量じゃないと思う。


「も~~たいちょ~ってば~。アイリスが錬金術師だからこの森で採取できるんだからねぇ~?」

「レグとラスのおかげにゃね~」


 イグニスは尻尾でランベルトさんをペシペシ、ルルススくんはタルトをパクパク食べている。


「ねえアイリス、ところで『レグとラス』って……もしかして?」

「あ、そうなんです! 私の新しい契約精霊で! えっとレッテリオさんにも紹介――あ、駄目だ。いまハリネズミ隊で森の奥に遠征してるみたいです」


 心の中でレグとラスを呼んでみたのだけど、「今は忙しいんだぜ!」「新しい苗を探してるのよ」と遠回しに「行けません」と言われてしまった。


「ハリネズミの姿の双子の大地の精霊ノームなんです。今度の迷宮探索の時はこの二人にお留守番をお願いしようと思ってて!」

「へえ、大地の精霊ノームなんだ。ポーションの錬成なんかはすごく助かるんじゃない?」

「そうですよね。でもまだ……なんだかあの二人……畑仕事が好きみたいで。錬成っていうより素材の品質がすごくなってきてます」


 そうなのだ。レグラスコンビは一緒に錬成をするよりも、森での採取や畑仕事をする方が得意で好きらしい。それなら好きなことをしてもらおう! と、今は主に素材採取と生産をお願いしているのだ。


「面白い精霊だね……」

「私は是非お礼がしたいな……」


 森桜桃もりさくらんぼがよっぽど気に入ったのか、ランベルトさんはそんなことを呟きつつレッテリオさんのタルトにフォークを伸ばしていた。


「ランベルトさん、タルトまだありますから……」

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