第45話 ヴェネトスの迷宮・第三層 星空の泉

「はっ!」


 ずぷっ、ぐちょん、ずぼっ。


 簡易結界の中、私はひたすらスライムの魔石を採っていた。

 採取方法はもちろん、ダラけたスライムに手を突っ込んでえぐり取るアレだ。


「イグニスー! こっちの十匹もお願いー!」

「は〜〜い! いまいく〜〜!」


 泉の周りには、イグニスとレッテリオさんが倒してくれたスライムが山になっていた。

 この結界の効果は四半刻ほど。素早く採取を終えなくてはならないので、私が魔石を採ってイグニスがスライム本体を簡易的に乾かし、そしてレッテリオさんが袋に詰める……という作業分担をしている。


「よいしょ……っと! よし! スライム完了〜! それじゃレッテリオさん、私は泉のほうに行ってきますー!」

「あ、うん。奥の方にはまだスライムの残りがいるから気を付けてね?」

「はーい」


 あとのスライム処理は二人にお願いし、私はさっそくロングブーツを脱ぎ靴下も脱いだ。いつもはタイツなのだけど、今日は水に入る予定だったのでチュニックの下はショートパンツにしたのだ。

 さすがにレッテリオさんの前でタイツは脱げない。出掛ける前ルルススくんに「泉に入るのにタイツでいいにゃか? 騎士さんの前で脱ぐのはちょっと恥ずかしいと思うのにゃ」と言われ気付いたので、ルルススくんには感謝しかない。


 以前の工房は女の子しかいなかったけど、今の工房は逆だ。イグニスとルルススくんどちらも男の子だし、レッテリオさんも男性。今まで抜いていた気をちょっと引き締めなければ格好がつかない。


 チラッと後ろを振り返る。



「……本当にアイリスの採取姿は男前だよね」

「えっ、レッくんほれちゃいそう〜? ふふ〜」


 ……うん? これ、あまり気にしなくても大丈夫そう……かな? やっぱりレッテリオさんは私を子供扱いしているままのような気がする。

 最初はちょっと気になったけど、変に女の子扱いされるより気楽で有難いかもしれない。


「ローブも脱いじゃお」


 裾をベルトに挟んではいるが、屈むとさすがに濡らしてしまいそうなのだ。イグニスにお願いすれば乾くけど、自分で対処すれば良いことまで甘えてはいけない。

 ローブを脱げば脚も肩も盛大に剥き出しとなるが、ここには私たちの他にはスライムしかいない。気にすることはない。


「よーし! 採るぞー!」


 私はスライムのいなくなった泉に、そっと足を踏み入れた。




「――きれい」


 膝下ほどの水深。ひんやり冷たい泉には、藍色にも見える深い緑色の水草が茂っていて、白くて丸い、小さな花が咲いていた。


 これが採取目的の素材。

 湧き出す水の中、白の可憐な花をつけるこの水草は『星ノ藻ほしのも』と呼ばれている。この『星空の泉』の由来は、深い色の『星ノ藻』とその花が生い茂る様子が、まるで星空のように見えることからである。


「すごい……泉の全部が『星ノ藻』だ……。しかも――」


 私は水中の藻を摘み、花も触って確かめる。


「すごい高品質。こんな浅層でこの品質って、やっぱりスライム効果なのかも……」


 今まで使ったことのある星ノ藻は、錬金術研究院から買ったものだけだった。

 実は星ノ藻は、ここヴェネトスが産地として有名なのだ。でも品質がとても高いので、産地でもそこそこの値段となる。見習いの練習用なら、他素材とまとめて輸送され割引も利く研究院から買った方が安かったのだろう。


「大事に使おう」


 腰のベルトから小刀を抜き、根や中央の茎を傷付けないよう注意して採取を始めた。

 星ノ藻は限られた場所にしか生えないが、繁殖力は旺盛で上手にやれば同じ株から何度も採取ができる。


 花が落ちないよう慎重に、だけど時間は限られているので手早くそして優しく刈り取る。

 私は採取した星ノ藻を左手で持ち、手から溢れそうになると紐でくくり、それを三回繰り返し泉から上がった。


「アイリス、そろそろ結界の効果が切れ……」

「あ、レッテリオさん! 見てください! 星ノ藻! ここすっごく良い採取場ですね!」

「うん。スライムさえ上手く退治できればね……。でもその前に、脚も肩も出しすぎ! ローブ羽織って、 ほら! 風よウェントゥス!」


 ヒュッ、と足元から風が立ち、濡れた手足の水を飛ばしてくれた。レッテリオさんてば器用だ。


「ありがとうございます」

「あと俺に手伝えることは?」

「あ、星ノ藻の処理は私がやるので……イグニスとスライムを運んでちょっと待っててください」

「了解」




 さて。レッテリオさんに叱られてしまったので、星ノ藻より先に服をあらためよう。子供扱いは気楽だと思ったけど、過保護にされてしまうのは大人として(十五才成人だからね!)ちょっと不満だ。


「まあいいか。それより星ノ藻だ」


 私はあらかじめ用意しておいた竹製の容器と海綿、保存紙ラップを取り出した。

 そして海綿に水を含ませ星ノ藻を束のまま包み、その上から更に保存紙ラップで包んで竹容器へ。こうすれば乾燥する事なく持ち帰ることができる。

 『星ノ藻』は生のまま使うのが基本だ。乾燥させた方が良い場合もあるのだけど、乾燥星ノ藻を作るには手順を守らなければ良い物は作れない。

 ちなみにこの藻の部分も、花の部分も、様々な薬に使うことができる。その使用目的も様々で、薬草の組み合わせによりその効果を上げたり、高位の魔力回復ポーションの素材としても使われている。


 だが星ノ藻は清浄な水の中でしか生きられない。この水草は森の奥や険しい川の上流、そして迷宮内の泉など、限られた場所にしかないのだ。

 その為、需要に対しての供給が少なく、その値段はいつでも高い貴重品。


「ふふっ……『 星ノ藻』大量採取……! やった……!」


 ああっ! なんて贅沢!!

 帰ったらさっそく高位の魔力回復ポーションを作ってみよう! それからパンにも混ぜてみたいし、薬草ビスコッティとも比べてみたいから、あのレシピに星ノ藻を加えた『星ノ藻ビスコッティ』も焼いてみよう!


「あっ! ハーブティーみたいなお茶にしてみるのも良いかもしれない! 魔ポ効果が出るかな? それとも他の効果になるのか……ああ、生のままと乾燥させたのでも違うだろうしイグニスの力を借りるのと借りないとでも違いが出そうだよね? あーでもその前に大量のスライムをちゃんと干して処理しないと……」

「アイリス〜〜! うしろ〜〜!」

「……えっ?」


 ハッと後ろを振り返ると、向こう岸近くに居たはずのスライムたちがプカプカポヨポヨ、私に迫って来ていた。


「わっ」


 いけない。星ノ藻を手に入れたのが嬉しくてのんびりし過ぎてしまったようだ。


「アイリス! 結界もそろそろ効果切れ! 走って!」

「ッ、は、はーい! いま行きます!!」


 私は慌ただしくリュックに『星ノ藻』を詰め込み背負い、レッテリオさんとイグニスの元へと急いだ。


 戻った先の結界錬成陣は、光を失い欠けもう消えかかっていた。

 そして視界の隅の、プカポヨしている青スライムたちには心の中でお礼を呟いた。


 きっと良い保存紙ラップを作ります。星ノ藻も大切に使います、と。




「随分獲ったねー。スライムこれ……百近くあったよ?」


 白い小石道へ戻った私たちは、次なる泉へ向かい歩いていた。

 この道上なら安全だから……と、大量の乾燥スライム袋×二はレッテリオさんが持ってくれている。

 私も半分持ちますと言ったのだけど「その大きなリュックにまだ予備の食事と携帯食も入ってるんでしょ? あとこれ軽いけど、半分だとバランスが悪いし俺が待つよ」と、袋をヒョイっと担いでしまったのだ。


 ここは有難く甘えさせてもらって、私はこのリュックの中のパンとスープを、できるだけ美味しく提供することにしよう。厚意にはお礼を返せば良い。



「予想よりたくさんのスライムが居ましたもんね。うーん……もうスライムは『紅玉の泉』だけで狩れば良いかもしれません」

「そうだね。あまり獲り過ぎても良くないし……でもそれだとちょっと時間が空くね。アイリス、何か他にここで欲しい素材はない?」

「あります! 今回はスライム目的だったんでまた今度にと思ってたのがあります! 『玻璃立羽ハリタテハ』の羽を採りに行きたいです!!」


 玻璃立羽は迷宮にしか居ない蝶。そしてちょっと面白い生態をしている。


「運が良ければ『玻璃立羽の衣替え』に出会えるかも……!」


 玻璃立羽ハリタテハはその名の通り、水晶のように透き通った羽を持っていて、年に二度、その羽を『着替える』ように生え変わらせる不思議な迷宮蝶なのだ!

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