第43話 ヴェネトスの迷宮・第二層 食べ過ぎランチと試食(後編)

 ◆


「で、 腕の調子はどう? アイリス」


 食後のお茶を飲みつつ……いや、迷宮でくつろぐのもどうかとは思うけど、レッテリオさんがふしぎ鞄から温かい紅茶をだしてくれたので有難くいただいてます。うん、美味しい。


「そうですね……腫れは変わらないけど痛みは多少マシになった感じがします。ほら、ミミズ腫れにはなってないですよ」


 ローブを脱いで二の腕を見せた。

 糸が巻き付いた跡はくっきりハッキリ付いて腫れているけど、見た目ほどの痛みはない。動かすことはできるけど腕を上げるのは難しい程度だ。

 薬草を混ぜ込まない、パンだけでの回復量はこの程度ということなのだろう。でも逆に言えば、ダメージが蓄積していく迷宮内において、この程度とはいえ食事で回復できるのは小さくはない。


「いや、腫れが思ったよりひどい。冷やした方が良いんじゃない?」


 レッテリオさんは手袋を外し、赤く腫れ上がった腕に触れ状態を確かめる。


「うん。骨は大丈夫そうだね、よかった」


 あれ、レッテリオさんの指がひんやりしていて気持ちが良い?


「すごい熱もってますね……。んー……じゃあ湿布の前に『コレ』試してみましょう!」

「まだ何かあるの?」


「た〜べる〜!」


 リュックに潜っていたイグニスが、丁度のタイミングで『薬草ビスコッティ(魔ポ付き)』を抱えモゾモゾと顔を出した。


「はいは〜い! どうぞ〜」


 ビスコッティはイグニスの身体の半分以上大きい。だからイグニスは、抱えるようにして歩いているのだけど、その足取りはヨタヨタふらふら頼りがない。

 それに、その短くて細い可愛い脚での二足歩行は難しいようで、でも一生懸命に歩く姿は堪らなく愛らしい。


 ……まあ、顕現しててもイグニスは飛べるんだから、こんな苦労はしなくて良いのだけどね? きっとやってみたいお年頃なのだろう。

 ということで、私は敢えてイグニスの頑張りを見守っている。さあ、早く私の元へビスコッティを運んでおくれ!




「どーぞ~めしあがれ〜〜」


 ザクッ。パリ。


 かじると小気味良い音がして、それからふわっと香ばしさが鼻に抜けていく。コリッと歯を楽しませてくれるのは胡桃だ。

 うん。一日置いたら味が落ち着いたのか、なんだか昨日より美味しく感じる。あと紅茶と合う。


「レッテリオさん、どうですか? オーダーにはなかったけどお試しで作ってみたんですが……?」

「美味しい。あと、これ……ね? サンドウィッチも蜂蜜ダイスもじわじわだったけど……」


 レッテリオさんは嬉しそうな顔で、だけどちょっと困惑しているような目でビスコッティを観察している。


「そうですね……昨日は分からなかったんですけど、これ回復速度が速いです。腕の痛みがもう引いてきましたし熱も……ほら」


 肩に掛けていたローブの下、腕の赤みと腫れはほとんど引いていて、痛みも和らいできている。


「あと、魔力も徐々にですけど予想より回復してます。魔力回復ポーションを作るよりかなりお手軽ですし、これなら補助的に使えそうです」


 はぁ〜っと、レッテリオさんが大きな溜息を吐いた。


「これも是非、お願いしたい。でもこれは騎士団にじゃなくて迷宮探索隊にだけで。こんなのまだ大っぴらにしない方が良いだろう?」

「そうですね……ある程度のレポートができたら先生に報告してみようと思うので……それまでは内密な感じでお願いします!」

「了解。んー……アイリス、一人前どころか有名錬金術師になっちゃうんじゃないの?」

「私は一人前になれたらもうそれだけで……!」

「やだなぁレッくん〜。このままいけばアイリスは~有名錬金術師じゃなくてサンドウィッチ屋さんかおかし屋さんだよ〜!」

「それならイグニスはパン屋さんになっちゃうんだからね!?」


 イグニスほどパン焼きが上手なサラマンダーはいないだろう!


 パキン、サクサク。

 ビスコッティを砕く音が迷宮の風に乗る。


「ぼくパン屋さんかぁ〜……」


 私たちのランチタイムはそろそろ終了です。



 ◆



「第三層は湿地帯だから靴が濡れるのは覚悟してね。あとローブの裾も汚れちゃうと思う」

「あ、そうですよね」


 ローブの丈は足首くらいまで。確かに湿地帯では汚れるだろうし、それよりもきっと邪魔になってしまう。

 それならと、私はローブの裾をたくし上げ、ポーチなどが付いているベルトに挟み込んだ。ちょっと不恰好だけどもたもたするより全然良い。


「ぬれたくつとかは〜あとでぼくが乾かしてあげるからね〜」

「助かるよ、イグニス」




 そして降りて行った、第三層。

 広がる光景に言葉を失った。


「すご……い!」


 ぬかるんだ草原は、見渡す限りの花畑に流れる小川とそよぐ風。それからヒラヒラ飛ぶ蝶とぽよぷよ跳びはねるスライム。

 薄紅、白、薄紫、黄色に青色。色とりどり大小様々な花々と、同じくとりどりのスライムたちが作るこの層は、美しさとシュールさが同居していた。


「ここにいる魔物はスライムがほとんど。第3層は言わばスライムの王国かな」


 こんな所にまだ見ぬ王国があった……!

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